読者の皆さんは、「会社から給料のダウンや労働時間の延長を打診された」、あるいは、「給与明細をもらったら基本給が減っていた」、「支給されるはずの手当が付いていなかった」というようなトラブルに直面したことはないでしょうか。

労働者の同意を得ずに、労働契約や就業規則に定められた労働条件を不利益に変更する「労働条件の不利益変更」。ビジネスパーソンにかかわる重要なことであるにもかかわらず、労働条件の切り下げが、どのような場合に許され、どのような場合には違法になるのかといった、あまり知られていないルールや意味、トラブルと対処法などを社労士の榊裕葵さんに詳しく伺いました。

 

そもそも労働条件の不利益変更とは?

労働契約の締結、変更、解消といった労働条件のルールは、「労働契約法」という法律で定められています。

「労働条件の不利益変更」とは、「労働契約等で定められていた給与等の条件を、使用者が、労働者にとって不利益な方向に変更すること」を指しますが、どのような場合に不利益変更が許されるのかについても、労働契約法の定めに従うこととなります。

「労働条件の不利益変更」は、労働者の生活に大きく影響しますので、厳しく制限がされています。労働契約法において労働契約の不利益変更が可能となるのは、次の2つの場合のみです。

 

条件1:労働者と使用者の合意により、不利益変更を行う場合

労働契約法第8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と定めています。

これを逆に読めば、「労働者と使用者の間で合意が成立しない限り、労働条件を不利益変更することはできない」ということになり、いちど結ばれた労働契約は、使用者が変更をしたいと思っても、労働者側の合意が得られない限り変更はできないということです。

有期契約であれば、契約更新のタイミングで契約条件を見直す余地はありますが、正社員のように無期限の雇用契約の場合は、原則として入社時の労働契約の内容が、退職時まで継続するということになります。

ですから、例えば「業績が苦しいので基本給を30万円から25万円に下げさせてほしい」というのは、あくまでも会社からの「お願い」であり、これに対して労働者が同意を与えなければ、基本給の引き下げは不可能ということになるのです。

 

条件2:一定の条件下において、就業規則の変更によって、間接的に労働条件の不利益変更を行う場合

労働契約自体の内容が変更されない場合であっても、会社が就業規則を変更し、適用される賃金テーブルの変更や、退職金の計算式を変更することで間接的に労働条件の不利益変更が行われる場合があります。

労働基準法では、就業規則の変更は、労働者代表の「意見を聞く」だけでよいとしていますが、労働契約法においては、当該変更が不利益変更に該当する場合には、その変更にあたって、さらに厳しい要件を課すことで、就業規則の変更による労働条件の引き下げという「抜け道」を防ぎ、労働者の保護を図っています。

では、労働契約法において、就業規則の変更による労働条件の不利益変更が、具体的にどのような場合に許されるとしているかというと、次の2つの場合ということになっています。

 

1つ目は、その就業規則の不利益変更について、不利益を受ける労働者全員の同意を得ることです。

労働契約法第9条において、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」と定められており、これを逆に読めば、就業規則の変更による労働条件の不利益変更は、変更によって不利益を受ける全労働者との合意があれば可能である、と解釈ができるのです。

 

2つ目は、上記労働契約法第9条の例外に当たるのですが、労働者の同意を得られなかった場合であっても、「社会的な相当性」があり「変更後の内容が合理的」なものである場合には、就業規則の変更による労働条件の不利益変更が有効になる場合があるということです。
該当する労働者全員の同意を得るというのは実務的にはハードルが高い場合も少なくないので、立法者もその点のバランスに配慮し、このような規程を入れたのだと想定されます。

例えば、「会社存続の危機なので、やむを得ず賃金規程に定められた基本給のテーブルを引き下げたため、全社的一律に職位や職種は変わらなくても基本給が下がった」というような場合が、労働者全員の同意を得なくても不利益変更が合法となる場面の一例ということができるでしょう。

なお、どのような場合に「社会的な相当性」があり「変更後の内容が合理的」となるかは、ケースバイケースなので、会社側が相当性や合理性があると考えたとしても、労働者側がそう思わなかった場合には、労使が対立することになります。

このような場合、話し合いによっても歩み寄りができなかったとしたら、最終的には裁判で決着をつけることになります。

なお、補足になりますが、労働組合が存在する会社に限っては、労働組合と会社が締結する「労働協約」は就業規則に優先する法的効力がありますので、労働協約で就業規則の一部または全部を上書きすることで、実質的に不利益変更が行われる場合もあります。

 

労働条件の不利益変更に関するトラブルと解決法の例4つ

ここで、労働条件の不利益変更に関するトラブルを具体的に見ていきたいと思います。代表的なトラブル例とその解決法を、4つ紹介します。

 

1.自分の合意が成立しないまま、会社が労働条件の引き下げを強行する場合

例えば、基本給30万だったのを25万円に引き下げることを会社から打診され、本人はそれを拒否したにもかかわらず、25万円で給与が支払われるようになってしまったという場合です。

前述したよう、合意が成立しないまま労働条件を不利益変更することはできませんから、法的には基本給30万円での労働契約が継続しており、毎月5万円が未払いになっていると考えます。

このような場合、あらためて会社に請求をしても差額を支払ってくれないとしたら、労働基準監督署に相談をして会社に行政指導をしてもらったり、弁護士に労働審判を起こしてもらうなどして、未払賃金を取り戻すことになります。

 

2.自分が知らないところで就業規則が変更されていた場合

「社会的な相当性」があり「変更後の内容が合理的」な場合には、労働者の合意を得ずとも、就業規則の変更による労働条件の不利益変更は可能だということを説明しましたが、「労働者の合意を得ない」ということと「労働者に周知をしない」ということは別問題です。

労働契約法においても、「変更後の就業規則を周知」することが、不利益変更後の就業規則が有効となる要件の1つとしています。つまり、不利益変更ができる就業規則の内容であっても、知らず知らずのうちに変更してはならないのです。

例えば、会社の経営が厳しくなり、退職金規程の退職金の計算式を労働者にとって不利益な形に変更したが、そのことを労働者に知らせておらず、退職した労働者が退職金を受け取った際に、想定していた金額よりも少なくてトラブルになるというケースです。

この場合には、周知がされていない変更後の退職金規程は法的に無効ということになり、変更前の退職金規程の計算式に基づいた退職金を受け取る権利があるということになります。

未受領となっている退職金の一部は、やはり「未払い賃金」ということになりますので、会社が支払いを拒否する場合は、労働基準監督署への相談や、労働審判を提起するなどして、取り戻すことになります。

 

3.入社時の労働契約で、「就業規則が変更された場合も、変更しない」という合意をしていた労働条件を変更させられてしまう場合

変更しない労働条件が変更されてしまうとは、例えば、地域限定社員という求人に応募して入社し、労働契約においても「転勤はない」と定められていたにもかかわらず、「就業規則の変更によって、当社には地域限定社員というカテゴリーは無くなったので、今後はあなたにも転勤の可能性がある」と、会社から言い渡されるような場合です。

このような、もともと当事者が変更を前提としていない部分の労働条件は、いかなる場合であっても、労働者の同意を得ることなく会社が変更をすることは、労働契約法上、不可能となっています。

上記の事例のケースでは、転勤命令を拒否することが可能ですし、転勤命令に応じないことで懲戒処分を受けた場合も、その処分は法的に無効となります。

仮に転勤命令を受けてしまった場合は、まずは上長や人事部などに転勤をする義務はないことを確認し、それでも解決しない場合は、労働基準監督署などに相談しましょう。

何が変更を前提としない労働条件なのかは、それぞれの事例によって具体的な判断となりますが、「社会的相当性」があり「変更後の内容が合理的」であったとしても、労働契約において、個別の合意がない限り変更できない前提となっている労働条件は、就業規則の変更によっても変更ができないということは、ぜひ覚えておいてください。

 

4.自分の意思に反して、無理やり「労働条件の不利益変更」に同意させられてしまう場合

例えば、法的な妥当性がないのに、過去の小さなミスを持ち出して「このままでは懲戒解雇になる」というような虚偽の説明をして、「解雇になりたくなかったら、この条件を受け入れるしかあなたには選択肢はありません」などと迫られる場面をイメージしてください。

このような場合には、本人の真意に基づく合意ではないのですから、民法上の「詐欺」や「脅迫」による取消や、「錯誤」による無効を主張して、不利益変更の合意撤回を求めることになります。

無理やりサインをさせられたとしても、新たな労働条件に基づく契約書が存在している以上、労働基準監督署も行政指導をすることは難しいと思われますので、このような場合は、弁護士に相談をして労働審判などで不利益変更の撤回を求める流れになるでしょう。

 

注意! 「労働条件の不利益変更」には当たらないもの

ここまで説明してきた「労働条件の不利益変更」と似てはいますが、それとは違う労働条件の引き下げの仕組みが2つあり、これらと混同しないよう注意が必要です。

 

条件1:就業規則等に定められたルールに基づいて行われる労働条件の引き下げ

例えば、就業規則に「人事考課はS、A、B、C、Dの5段階で行い、C、Dに該当する者は賃金テーブルに基づき基本給を引き下げる」というような定めがあり、その定めに従って基本給が減額となる場合です。

これは、あらかじめ定められた評価ルールおよび、会社の正当な人事権に基づいて行使される労働条件の引き下げですので、労働者本人の同意がなくとも有効ということになります。

 

条件2:懲戒処分による労働条件の引き下げ

故意や過失により会社に損害を与えた場合や、私生活上であっても犯罪を行い有罪が確定した場合などは、会社は就業規則に基づいて懲戒処分を行うことができます。

懲戒処分の結果として、例えば、役職を解任され、役職手当がつかなくなり給与総額が減少するというような場合は、本人の同意は当然必要ありませんし、労働条件の不利益変更にも該当しません。

 

まとめ

もし、自分が労働条件の引き下げに直面したとき、さまざまな条件やルールがあるように思えますが、逆に言えば、本人の人事評価に問題がなく、懲戒処分を受けるような行為もしていない場合には、労働条件の引き下げを会社の都合だけで行うことは「よほどのことがない限り」できない、ということです。

まして、経営者や上司の一存だけで労働条件が不利益に変更されるなど、あってはならないことです。

ですから、「労働条件の不利益変更」に同意を求められた場合、納得できる理由がなければ断ることは問題ありませんし、就業規則の変更によって間接的に労働条件が引き下げられた場合も、当該就業規則の変更に「相当性」や「合理性」が本当にあるのかを自分なりに考えてみて、納得ができなければ会社に確認したり、労働基準監督署や弁護士に意見を求めたりして、専門家の目から見てもやはり権利の濫用だと判断される場合は、行政機関や専門家の力を借りて不利益変更の撤回を求めましょう。

 

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識者プロフィール

榊裕葵(さかき・ゆうき) 特定社会保険労務士(あおいヒューマンリソースコンサルティング代表) 上場企業経営企画室出身の社会保険労務士として、労働トラブルの発生を予防できる労務管理体制の構築や、従業員のモチベーションアップの支援に力を入れている。また、「シェアーズカフェ・オンライン」に執筆者として参加し、労働問題や年金問題に関し、積極的に情報発信を行っている。