この夏、都会の喧騒(けんそう)を忘れてラグジュアリーな雰囲気を堪能できる貸切BBQ施設「ロックヒルズガーデン」が各所で話題となりました。昨年9月、川崎市幸区にOPENした同施設の創設者は、リクルート社に在籍中、営業MVPやTOPGUN AWARD受賞を数々と勝ち取ってきた渡邉知さん。

大手企業で高い評価を受ける優秀なサラリーマンだったにもかかわらず、その地位を捨て起業の道を選んだ渡邉さんは、1年が経過した今、「起業して幸せだと胸を張って言える」と語ります。その起業理由から、サラリーマン時代とは違う経営のリアルな苦労話、自身の経験を踏まえたキャリア論まで、余すことなくお聞きしました。

 

サラリーマンの働き方に疑問を持ち、人生を自分でコントロールしたいと思った

渡邉さんが代表を務める株式会社ファイアープレイスの事業内容は、一言でいうと「人と人がつながる場づくり」。「世界中の誰とでもオンラインでつながれる時代だからこそ、オフラインの価値は相対的に増していく」と渡邉さんはいいます。

 

「オンラインの規模がどんどん巨大になるなかで、オフラインでの体験や共感は今までよりも貴重な財産になるはずです。偶然の出会いや会話から生まれる『新しい気づき』もそう。『顕在化』した情報は何でもインターネットでつながることができますが、自分の頭にキーワードすら浮かばないようなこと、『潜在的』なニーズや出会いは、オフラインからしか生まれないと思っています」(渡邉知さん:以下同じ)

 

現在、ロックヒルズガーデンでは、地域の生産者から取り寄せた食材を使ったBBQや、参加者全員でこれからの働き方・生き方を考えるイベントを定期的に開催しているほか、東京で就職活動をする地域の学生に場を解放しているとのこと。今でこそコンセプトに沿った事業運営ができているものの、起業を決めた当初は事業内容が固まっていなかったのだとか。

 

「僕が起業したいと思った理由は2つあって、1つは『自分の働き方に疑問を持ってしまった』こと。会社はポジションと役割期待を与えてくれますが、それに応え続ける終わりのない螺旋(らせん)に疑問を持ってしまった。自分は何のために走り続けているのか、このままだと分からなくなってしまう気がして……。

2つ目は『人生を自分でコントロールしたいと思った』こと。自分の人生なのに、最近コントロールできていないなと。大きな企業・組織に属するメリットは多々ありますが、それよりも、一緒に働くメンバーや働き方、生き方、幸せの定義を自分でコントロールしたいと思ったんです」(同)

 

周囲の共感を得るには「ストーリー」が必須! 未来が見えなくなって悟った事実

ロックヒルズガーデンの屋上に作られたラグジュアリーなテント

 

強い思いを抱き起業へのかじを切った渡邉さんは、まず経営者の先輩に話を聞きに行ったそう。まさかここで運命を変える出来事に遭遇するとは夢にも思わずに……。

 

「起業しようとは思いましたが、何をやるかはその時点で不明瞭。ただオンラインビジネスには興味がなくて、同時にこれからはリアルなつながりの価値が増す、その周辺領域で挑戦したいという漠然とした思いだけがありました。ただ、事業をやろうにも、サラリーマンだった自分は何もかも分からない。そこで、一番身近な経営者だった高校の先輩に話を聞きに行きました。

多くのアドバイスをもらいながら、自分がイメージする場づくりをその先輩に話したところ、『ウチのビルを使ってみるか?』と(笑)。彼は不動産投資事業をやっていて、川崎にビルを購入したばかりだったこともあって『場づくりがしたいなら、ウチのビルの屋上を使って、どんな事業ができるか俺にプレゼンしてみてよ』と言ってくれたんです。思いもよらず、場所が目の前に降りてきました。『ここで挑戦して結果を出さなければ、次の仕事なんてくるはずがない』と思い、一念発起してお金で実績をつくりにいったんです。それがまさしく、ロックヒルズガーデンです」(同)

 

そこで渡邉さんが提案したのが、見晴らしのいい屋上を生かしたラグジュアリーな貸切BBQ施設。先輩と銀行に事業計画書を提出したところ、あれよあれよと話が進み、2015年9月、晴れてOPEN! しかしそこで待っていたのはあまりにも残酷な現実だったのです。

 

「3カ月目にしてようやく『やればやるほどキャッシュが減っていく事実』に気づきました。理由はシンプル、私の力不足です。飲食事業の経験もない、原価管理もできない、適切なメニュー開発もできなければ、オペレーションも分からない。深夜になっても皿洗いは終わらず、疲労はたまり、口座残高はみるみるうちに減っていく。恐怖感だけがどんどん膨れ上がり、精神的にも肉体的にも追い込まれていきました」(同)

 

そんな渡邉さんに、さらに追い打ちをかけたもの…それは、かつての同僚や友人から向けられた「疑問符」でした。

 

「昔の同僚や友人の数名から、『ビルの屋上でBBQ屋をやるために起業したの? お前のしたい事業が分からない』と言われました。そのとき初めて、自分の事業の原動力は『共感』で、『共感』を得るには『なぜ自分がやるのか』『どんな志を実現したいのか』というストーリーを丁寧に発信していくことが不可欠だと悟ったんです」(同)

 

身をなげうって協力してくれるメンバーとの出会いにより闇を脱出

「このままでは自分にも事業にも未来はない」。そう思った渡邉さんは、周囲へ向けて「助けてほしい」とSOSを発信。自分が苦手なこと、できないことを発信することで、現在社員として一緒に働くメンバーが集まり始め、事態は徐々に好転していったそうです。

 

「被災地の若手漁師たちと一緒にBBQを企画したり、地域の生産者と都市圏の消費者をつなぐイベントを開催したり、メンバーやパートナーと力を合わせて、ファイアープレイスらしさとは何かを考えながら人と人をつなぐ場づくりを繰り返すうちに、友人や同僚たちが『ようやく、お前のやりたいことが分かってきた』と言ってくれた。共感してくれる人が増えていくスピードに合わせて、事業も徐々に軌道に乗り始めました」(同)

 

ロックヒルズガーデンで開催したイベントでの一幕

 

新聞、雑誌、TV。大手メディアがロックヒルズガーデンをこぞって取り上げてくれたこともあり、今年のピークシーズンは4カ月連続で満員だったとか。「起業して一番うれしかったことは?」との問いに、渡邉さんは明るい笑顔でこのように答えてくれました。

 

「まだ何も成し遂げていません。ただ、今の立ち位置を確認できた瞬間が2度ありました。1度目は、それまで無償で事業を支えてくれていた現・CMO(マーケティング責任者)が、初めて私に給料を請求してきたとき。彼はもともと『ファイアープレイスがもうかるまで報酬はなくていい』と言ってくれていて、要は『やっと給料を支払える経営状態になった』と僕以外のメンバーが思ってくれたということです。あのときはうれしかったですね。

2度目は今年7月2日に1周年記念パーティーを行い、お世話になった大勢の方の前でご報告ができたこと。1年間の歩みを振り返るとともに、次の1年間の目標と精一杯の感謝の気持ちをお伝えし、自分が進むべき未来を再確認することができました」(同)

 

今、渡邉さんが思い描くのは前向きな未来。そして、新たな場づくり事業も見据えているとのこと。

 

キャリアは「1対1のトレードオフ」で考えず「分数化」すべき

人生を自分でコントロールしたい。そのために「起業」の道を選んだ渡邉さんが、紆余曲折を乗り越え手に入れたもの。それは“幸せの手応え”に違いありません。そこで経験を踏まえ、起業やキャリアアップを望む若手ビジネスパーソンへのアドバイスをお聞きしました。

 

「『キャリアを1対1のトレードオフ(一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態)で考えないこと』ですね。いきなり新しいフィールドに100%でチャレンジするのはリスクが高いし、何より今っぽくないでしょう(笑)。足して1になるように、今、目の前にある仕事を0.9にして、0.1のプロジェクトにコミットしてみる。0.9を0.7にして0.1を3つ作ってみる。自分が生きていた世界の外とつながる時間を確保してみる。その繰り返しが自分らしいキャリアにつながっていく時代だと思います。

もう1つ。これから、ほぼ全ての仕事はプロジェクトベースになっていく。社内、社外を巻き込んだチーム戦の中では、自らのポジショニングが重要です。自分は何屋なのか。何が好きで、何が得意なのか言えること、確立できることが大事です。僕は経営者というポジションになってから、得意分野はより得意に、苦手なことはより苦手になりました(笑)。これからも、自分ができないこと、得意ではないことを補ってくれる仲間と一緒に、チーム戦でがんばっていきたいと思います」(同)

 

 

最後に、やりたいことが分からないと悩む人に向けては、「会話の総量を増やそう」と提案してくれました。

 

「誰しも将来に迷いが生じる時期はあると思います。ただ、ぼんやりとでも事業を起こしてみたいという気持ちがあるなら、経営者と話す機会をつくるといいし、自分らしい生き方に悩んでいるなら自分らしく輝いている人と、転職に迷ったら転職して生き生きしている人と接するなど、会話の総量を増やすことが悩みを解決できる一番の手段じゃないかなと。

僕自身の判断基準でいえば、根っこにあるのは『自分が幸せかどうか』です。売上を上げて社会的な地位を築くことは、一般的に『成功』と呼ばれていますが、それが自分にとって幸せじゃなければ意味がない。世間の価値観ではなく、自分の価値観を大事にしています」

 

まとめ

激動の1年間を振り返りながら、赤裸々に胸の内を明かしてくれた渡邉さん。その表情は強い決意に満ちあふれているように見えました。今後、ファイアープレイスがロックヒルズガーデンをはじめ、どんな場づくりを展開していくのか、目が離せませんね。

新たなフィールドへの挑戦を考えている方にも、将来に漠然とした不安を抱えている方にも、きっと心に響くエピソードがあったはず。人生は決して楽しいことばかりの夢物語ではありませんが、理想の働き方、生き方を追求し一つ一つの課題をクリアしていくなかで、自分が理想とするステージへと近づくことができるのではないでしょうか。

 

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識者プロフィール

渡邉知(わたなべ・さとる) 株式会社ファイアープレイス代表
1999年(株)電通国際情報サービス(ISID)入社。人事部採用グループマネジャー、経営計画室勤務を経て、2008年より(株)リクルートへ中途入社。大手企業の人材採用・育成支援部門で営業活動に従事した後、2011年よりじゃらんリサーチセンター エリアプロデューサー/研究員。主として都市圏から地域への交流人口増をテーマにした社会課題に関わる。TOPGUN AWARDや複数回の営業MVPを受賞(2010年度)。2014年よりISIDオープンイノベーション研究所。ビジネスプロデューサーとして、主にICTを活用した地域コミュニティーづくりに携わる。2015年、(株)ファイアープレイス設立。東京都観光まちづくりアドバイザー。静岡県地域づくりアドバイザー。(株)さとゆめ社外アドバイザー。