今回話を伺ったのは、“自称・日本一インターネットで顔写真が使われている男”こと、無料写真素材サイト「ぱくたそ」フリー素材モデルの大川竜弥氏。

 

実はフリー素材モデルとして活動するまでに、ユニクロのアルバイト、ザ・グレートサスケのマネージャーを務めるなど、”やりたいこと”を形にしてきた異色の経歴の持ち主。そんな彼のキャリアを紐解きながら、”好き”を仕事にするためのヒントを探っていきたいと思います。

 

家庭の事情で専門学校を中退・・・。「社会常識を身につけないと!」そんな思いで始めた、ユニクロのアルバイト

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-- フリー素材モデルとして活躍されていますが、大川さんのキャリアのスタート地点はどこだったのでしょうか?

 

大川:えーと・・・最初はユニクロですね。高校を卒業したあと、映画の専門学校に行っていたんですけど、家庭の事情で突然働かなければいけなくなり、1年くらいで中退し、ユニクロで働き始めることになりました。

 

-- 様々な選択肢がある中、なぜユニクロで働くことを選んだのでしょうか?

 

大川:選んだ理由は「家が近かったから」ですね(笑)

 

真面目な理由を話すと、専門学校を中退したとき、「自分には社会常識が全然無い」と思っていたので、会社として教育がしっかりしている場所で働きたかったんです。

 

みなさんも知っていると思うのですが、ユニクロはマニュアルが徹底されていて、教育もしっかりしている。社会常識を身につけるなら、ここだろうと。それで、家から歩ける距離にユニクロがあったので働くことを決めました。

 

4年間働いたのですが、噂どおり教育がしっかりしていましたし、社会勉強をする環境としては最高でしたね。

 

2週間でHTML・CSSを勉強し、IT企業に入社。自分を突き動かしたのは「ITの時代が来る」という思いだった

-- 4年間働いた、ユニクロを辞めようと思った理由は何だったのでしょうか?

 

大川:ユニクロを辞めたきっかけは・・・お店が入っていたテナントがなくなったからです(笑)

 

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-- えっ!?

 

大川:ほんと、突然でした(笑)テナントが三越からヨドバシカメラになって、一時、お店がなくなったんです。まぁ、少し経ったらヨドバシカメラの中にもユニクロが入ったんですけど。

 

偶然にも、その出来事が自分のキャリアを考えるきっかけになりました。もちろん、他の店舗で働き続ける選択肢もあったんですけど、4年の間に賞も受賞していて、自分の心の中には「ある程度、ユニクロで働いたな・・・」という思いがあったんです。

 

あと、パッと「これからはITの時代だ!」と思って。人生の中で2回だけ思ったことがあるんですけど、その1回目がユニクロを辞めたタイミングでした。それでITの会社に行くことに決めて、家からの距離が近い会社を探し始めました。

 

-- また、家から近い場所ですね(笑)

 

大川:もう、満員電車に乗るのが嫌で、嫌で・・・。これには理由があって、高校生の頃の健康診断で「心臓がちょっと悪いから、精密検査に行ってきなさい」と言われて。それで、実際に検査してみたら「不整脈」。圧迫感のある場所や心臓に負担のかかるものはダメと言われ、満員電車やオバケ屋敷は避けなければいけない生活を余儀なくされましたね。

 

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大川:もちろん、ITの会社で働いた経験はことないので、「家から近い」、「未経験でもOK」という2つの条件を満たす会社を探し始めました。調べた結果・・・条件に合致する企業が1社だけだったので、そこを受けることにしました。

 

まずは、パソコンを購入することから始めて、2週間くらいでWord、Excel、PowerPointはある程度使えて、HTML、CSSも少しくらいなら・・・という状態まで仕上げました。面接で落とされたくなかったので。

 

面接は見事に受かって、入社日まで勉強していたんですけど、いざ入ってみたら、「Perl書いて」って言われて、「何じゃそりゃ?」と。最初は開発の部署に配属されたんですけど、すぐにディレクションの部署に回されました(笑)

 

-- そこからは、もうディレクターとして?

 

大川:結果的に、その会社には1年しかいなかったので、先輩の手伝いやライティングの仕事をしていました。

 

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-- ライティングの仕事ですか?

 

大川:企業の採用サイトを見ていると、新卒採用向けに既存の社員をインタビューするページとかあるじゃないですか?そういうのをやってました。他には不動産サイトのキャッチコピーやウェブサービスのQ&Aのページを作るとか、なぜかそういうものを任されてました。

 

あとは、飲み会の幹事ですね。この会社では、雑用とライティング、飲み会の幹事という役割のもと、1年間働いていました。

ユニクロの仕事を通して感じた「店長」への憧れ。IT企業から一転、ライブハウスの店長・ザ・グレート・サスケのマネージャーに

-- 1年って、結構早いですね。ITの波は来なかったんでしょうか?

 

大川:本当はもう少し続けようかと思ったんですけど、ライブハウスを運営していた会社の社長から、「店長やらないか?」って言われて。もともと、趣味でバンドを組むくらいには音楽が好きだったので、「やってみよう」と思いました。多分、ユニクロの仕事を通して、店長という仕事に対して憧れもあったのかもしれません。

 

ライブハウスの仕事は6年くらいやっていたんですけど、とにかく色々な仕事が経験できましたね。最初は店長からスタートして、親会社の業種が多岐にわたっていることもあり、ザ・グレート・サスケさんや15歳以下のグラビアアイドル達のマネージャーをやったり、レコーディングスタジオの仕事をしたり、色々やってました。

 

-- 店長の業務に加えて、マネージャー業務もやると。

 

大川:そうですね。ザ・グレート・サスケさんが岩手県知事選挙に出馬したときは、選挙のお手伝いをしてました。すごく楽しかったんですけど、この仕事が体力的に人生で最もハードな仕事だったと思います。

 

朝6時に起きて、深夜の3時くらいに寝る。その生活スケジュールをずっと繰り返してましたね。「グレート・サスケをよろしくお願いします!」って言い続けて声も枯れましたし、長時間トイレに行けないのは当たり前でした。

 

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-- ユニクロ、IT企業、ライブハウスと約10年くらい働かれて、その次は?

 

大川:30歳手前で、ライブハウスの仕事を辞めて。そのあとは派遣という形で、ヨドバシカメラのソフトバンクで契約スタッフとして半年間働き、フリー素材として活動することになります。

 

ソフトバンクの契約スタッフは、とにかく給料が良かったので働くことにしました。仕事を辞めた直後で、時間もあったので。基本、週5日働いていて、iPhoneの発売時期は朝から晩まで休みなく、働きました。給料に換算すると、月に約40万くらいですかね、けっこう稼げましたね。

 

-- 月に40万って、すごいですね!そこからフリー素材になった経緯って、何だったのでしょうか?

 

大川:実は交通事故にあって・・・。原付に乗ってたら、当て逃げされたんです。大怪我ではなかったんですけど、立ち仕事がツラくて、派遣の継続を切られちゃって。それで、「これからどうしよう・・・」と考えてたら、ふと、「もう一回、ITの時代が来る」と思ったんです。

 

競合がいないし、目立てば何とかなるだろう。そんな思いで始めたフリー素材モデルが自分の天職だった

-- 「ITの時代が来る」という思い、1回目と2回目で違いはありましたか?

 

大川:1回目は、「色んなノウハウを身に付けたい」という思いがあってITの仕事に就いたのですが、2回目のときは「何か個人で仕事をしたいな」という思いがあって。それでまた、「ITだ!」となったんです。

 

インターネットによって、仕事がすごく細分化されていったじゃないですか。仮に何か一つのジャンルで有名になることができたら、それだけで生活できるんじゃないかと。

 

それでFacebookやTwitter、ブログを始めてみたり、自分なりに色々と勉強を始めていたら、今でこそ頻繁に目にする「フリー素材サイトまとめ」という記事を目にして。「こんな業界があるのか・・・」と思いました。まだフリー素材モデルとして活動している人がいないな、と思って興味を持ちました。足成の飯田賢治さんなど、フリー素材のモデルをやっている人はいたのですが、自分から"フリー素材モデル"と名乗って活動している人はいなかったんですね。

 

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-- その業界の第一人者になれると。

 

大川:そうですね。色んなサイトがある中、「ぱくたそ」を選んだのはサイトのデザインもしっかりしているし、写真のクオリティが高かったから。当時、写真の枚数がまだ少なかったんですけど、個人で運営しているのに親近感が湧きましたね。他のサイトはどこも法人だったので。

 

あと、「ぱくたそ」の運営の人が、家が近かったのも大きいです(笑)すぐに「何でもやります」っていうメールを送って、運営のすしぱくさんって方にお会いし、フリー素材モデルとして活動することが決まりました。

 

-- フリー素材モデルに着眼したのって、何か考えがあってのことなんですか?

 

大川:全然難しいことは考えてなかったですけど、競合がいないのは大きかったですね。とはいえ、業界が狭いのでチャンスは少ないなと思ったんですけど、本当に目立てば何とかなるなと。

 

あと、「自分はこれをやっています」っていうのが欲しかったんです。例えば、インターネットの世界では何かの拍子に、名前が売れるかもしれない。でも、意外と何やっているのか分からないけれど、有名になっている人っているじゃないですか。そんな風にはなりたくないなと思ったんです。

 

フリー素材は、きちんと目に見える成果があるというか、写真がいっぱい溜まっていくので、「自分はこれをやっています」と胸を張って言えるなと。

 

フリー素材モデルを始めてからは、とにかくいろんな人に会いに行きましたね。ライターや編集者の人、デザイナーなど、フリー素材を使う人に会いに行き、自分のことを知ってもらって、「使ってください」って言いまくってました。

 

-- 認知してもらうために、とにかく動いて回ったんですね。

 

大川:最初は、「何やってんの?」とか言われましたし、昔からの知人にも、「頭おかしいんじゃないか?そんなお金にならないことをやって・・・」って言われましたよ(笑)でも、何とかなるだろうという思いはありました。

 

もちろん、見切りの早さ大事なんですけど、「1回やろう」って決めたら、ある程度続けたいじゃないですか。これは、フリー素材モデルの仕事に限らず、どの仕事でも言えると思うんですけど、継続しないと分からないこともあるので。3年働けとは思わないですけど、ある程度見切りをつけられるか、いけるんじゃないかって思えるくらいまでは、今の仕事を続けた方がいいと思います。

 

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-- 継続してきた結果、「フリー素材=大川さん」っていうイメージになりましたもんね。

 

大川:もう、死ぬまではフリー素材モデルとして活動しようかなとは思います。言ってしまえば、引退がないじゃないですか。60歳にならないと撮れないフリー素材もあるので、そういう意味では今の時間はすごく大事ですし、これからできることも、たくさんあると思っています。

 

-- まさに天職ですね。

 

大川:天職だとは、思いますね。これまで経験した仕事は、どれも嫌だなと思ったことがないんですけど、今となってはフリー素材が一番向いているなと思います。

 

運営者のすしぱくさんもそうですけど、カメラマンさんやモデルさんたち、みんなでやっている感じがいいんですよね。それでいて、なおかつ利用者から、お礼の声も届く。直接、お金になっているわけではないので、仕事と言っていいのかどうかわからないですけど、いい仕事だなと思います。

 

あと、この仕事をしていく上で大切なことはグレート・サスケさんから学びました。マネージャー時代、地方へ行ったとき、中学生の団体が、サスケさんを見て、「獣神サンダー・ライガーだ!」って言ったんですよ。

 

普通だったら嫌な顔をすると思ったのですが、それでも笑顔で対応しているんですよ。まあ、笑顔といっても、顔隠れていますけどね(笑)。それを見て、プロってやっぱりこうあるべきだなと。

 

「いつ、いかなるときも、グレート・サスケであれ」っていうのは、本人から聞いてた話ではあったんですけど、サスケさんを見て、仕事人としてのプロの姿勢が学べました。マスクマンとして超一流だなと。

 

まずは仕事を継続する、そして常に準備し続ける。それが”好き”を仕事にするための近道

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-- これまで色々な仕事を経験してきた大川さんですが、どうすれば”好き”を仕事にすることができると思いますか?

 

大川:まずは継続してみることが大切だと思います。先ほども言いましたけど、続けていれば見えてくることもありますし。そのためには、まず今の仕事が楽しいかどうかを見極めてください。楽しくなければ仕事は続けられないので。

 

あとは、人に感謝されるかどうか。とにかく楽しくて、人に感謝される仕事であれば、ずっと続けていけるかなと思っています。そうすれば、自分が本当にやりたかったことが見えてくるはずです。

 

あとは、常に準備し続けること。武田真治さんの『優雅な肉体が最高の復讐である。』という本の中に、「準備ができているものにチャンスは訪れる」という言葉があって。

 

要するに、仕事の依頼があってから準備をしていたら間に合わないと。誰も見ていないと思っていても、実は誰かが見ているものだから、いつ、いかなるときでも、いろんな仕事ができるように準備をしておかないと、チャンスはやってこないと書かれてあったんです。これは本当にその通りだと思いましたね。今の仕事を続けながら、常に準備もしておく。そうすることで、時間はかかれど、自分の”好き”を仕事にできていくのではないかと思います。

 

(取材・執筆:新國翔大)