フランスと聞いて、あなたは真っ先に何を思い浮かべますか? 美食、ワイン、ファッション、芸術、そして……車! そう、フランスは日本、アメリカ、ドイツと並ぶ自動車産業の中心地としても有名なのです。

ルノー、プジョー、シトロエンといった、これらの車はすべてフランスの自動車ブランド。車好きでなくとも、どこかで耳にしたことはあるでしょう。

 

今回はそのフランスの地で、カーデザイナーとして活躍する山本卓身さんにお話を伺いました。日本、イギリス、フランスと3カ国を渡り歩き、カーデザイナーになる夢をかなえた山本さん。この職業を志したきっかけは、子どものころにこっそりと見た、山本さんのお兄さんが大事にしていたスーパーカーアルバムだったそう。

 

子どものころに憧れたランボルギーニ・イオタ
子どものころに憧れたランボルギーニ・イオタ

 

アルバムをめくる手を止め、幼心に感銘を受けたのはランボルギーニ・イオタ。

「自分もこんな車を作ってみたい!」その強い思いが卓身少年の未来を導いていきました。

 

挑戦の連続。エコカー選手権にスーパーカーで参戦

 

幼いころからカーデザイナーを目指すと決めていた山本さんには、一つの大きな目標がありました。

「見る人、特に子どもたちの目を輝かせるような車を作りたい。そしてそのデザインをきっかけに、人生が豊かになったり車に興味を持つ人が現れるカーデザイナーになりたい」。 どうすればこれを実現できるのか。山本さんの人生は、理想を実現するための挑戦の連続だったと言います。

 

入学した美大で、まず第一の挑戦にぶつかります。当時の山本さんは、大学のカリキュラムでカーデザインを学んでいたものの、自分がしたいことと授業の内容にギャップを感じていたそう。

そこで仲間と資金を出し合い「昭和シェル マイレッジマラソン」への参加を決めます。

 

昭和シェル マイレッジマラソン参加時
昭和シェル マイレッジマラソン参加時

 

大会名称を見ても分かるように、同大会は車の“燃費を競う”もの。1リットルのガソリンで、より長い距離を走れた車が優勝です。その大会に山本さんたちは燃費を無視したスーパーカーで参戦。なぜでしょうか? 目的は1つ。

 

それは「自分たちでデザインした車を実際に走らせる機会がほしかったから」。成績は散々でしたが、それでも山本さんたちは出場したことで心が満ち足りていました。

 

カーデザイナーは英プレミアリーグより狭き門

美大を卒業した山本さんは、東京のデザインコンサルティング会社に入社。車のデザインに関係する仕事とはいえ、カーデザイナーというわけではありません。

1台の車に何千億円もの資金を投入できる自動車メーカー内でカーデザインをしたいという気持ちが、心の中にある葛藤とともに大きく揺れていました。23歳で入社し4年、当時の日本では、カーデザイナーになるにはギリギリといわれる年齢でした。そこで山本さんは目標を実現すべく会社を辞め、カーデザイン分野では世界トップレベルである、英コベントリー大学大学院自動車デザイン学科へ進学を決めました。

 

 

同学科は半分がイギリス人、残りは海外約10カ国からの国籍で構成されており、なかには44歳からカーデザイナーを目指すクラスメートも。そこで山本さんは感じます。

「日本ではいたるところに『常識』が多かったが、それに縛られる必要はない」。ここに集っているのは年齢やバックグラウンド関係なく、ただ自分の夢を追いかけている人たち。そこで教授が放った言葉は、いまだに山本さんの耳から離れられないといいます。

 

「君たちは選ばれた人になりうる人材だ。カーデザイナーの数は英プレミアリーグのプロサッカー選手より少ない」

 

授業はもちろん英語。英語がネイティブではない山本さんにとって、語学面ではイギリス人にかないません。そこで新たに、1つの目標を自分に課しました。「デザインの授業ではすべて主席を取る」。

結果、1つ目の課題で主席、2つ目も主席、3つ目……となる前に就職が決まり、卒業要件が満たされ28歳で大学院を修了。山本さんをスカウトしたのは、産学協同プロジェクトである第2課題のスポンサーだった仏企業、PSAプジョーシトロエンでした。

 

カーデザイナーは本当の目的じゃない

夢がかなってフランスの自動車メーカーでカーデザイナーになった山本さん。しかし、ここでも理想と現実は異なりました。入社後最初に携わったプロジェクトはバン。その後も普通乗用車や商用車のプロジェクトが続きました。もちろんクルマの種類は問わずどのようなクルマでも完成までには厳しい競争と精査があります。

優秀な同僚デザイナーたちとの熾烈なデザイン・コンペティションの日々……そこには高次元での切磋琢磨があり実りの多いものでしたが、同時に違和感を感じ始めていました。そこで、あるとき山本さんはふと我に返り自問自答します。

 

山本さんが手がけたバンのデザイン
山本さんが手がけたバンのデザイン

 

「ようやく長年夢見ていたカーデザイナーになることができ、夢が現実になったが、本当にこれが自分の真の目的だったのだろうか? カーデザイナーを目指したのは、ランボルギーニ・イオタのような、夢を与える車を作りたかったからじゃないのか?」。

 

会社にスーパーカーの需要がないのであれば自分でつくり出せばいい。山本さんは仕事のかたわら、自分が会社でスーパーカーを作れる状況になるよう、企画を提案し始めました。

そこで注目したのはなんと…、テレビゲームです。

 

ゲームが夢をかなえてくれた

 

かつてのカーレースゲームは平面でしたが、1990年代後半から3次元コンピューターグラフィックスを使うことにより、立体的に見せるものへと変わっていました。その代表作が『グランツーリスモ』。同ゲームは世界で名の知れたスポーツカーがゲームに登場し、レーシングドライバーとして仮想体験ができることで人気を集めました。

 

今ではゲーム独自にデザインされた車も登場しますが、当時は現実に存在する車のみ。この点に注目し、山本さんは同ゲーム内に登場させるシトロエンの独自車をデザインする、という流れをつくったのです。

 

この企画は、今までの乗用車メーカーとしては考えられないような斬新なもの。しかし、このような提案をしても「クリエイティブであることを求められるし許される環境があった。これはシトロエンというブランドと、当時の僕のフランス人上司のもとでないと無理だった」と山本さんは回顧します。

 

山本さんは社内の別部署に異動し、ゲーム上ではあるものの念願だったスーパーカーのデザインに着手。そして生み出された車が「GT byシトロエン」でした。

 

どの角度から見ても渋く、カッコいい。GT byシトロエン

 

どの角度から見ても渋く、カッコいい。GT byシトロエン

 

どの角度から見ても渋く、カッコいい。GT byシトロエン
どの角度から見ても渋く、カッコいい。GT byシトロエン

 

山本さんのGT byシトロエンはゲームの中だけにとどまらず、2008年のパリ・モーターショーにて展示のためのショーカーとして実車化されます。ロンドン市内でデモ走行を行い、同年にはルイ・ヴィトン・クラシック&コンセプトカー賞も受賞したのです。

 

ロンドンの公道を走る山本さんの真っ白なGT byシトロエン。通りかかったイギリスの子どもたちが皆、目を丸くして見つめていました。「子どもたちのこの表情と笑顔……」。こみ上げる思い。ここでまた1つ、山本さんの夢がかなったのです。

 

ロンドンの歴史ある景色に映える、近代的なデザイン
ロンドンの歴史ある景色に映える、近代的なデザイン

 

不安があってもとにかく自分を信じる

GT byシトロエンの作製から数年、山本さんは『グランツーリスモ』を開発したポリフォニー・デジタルへと移籍。そして月日が経ち、2015年にジュネーブ・モーターショーを訪れたときのことです。会場内を歩いていると知らない青年から握手を求められました。

 

「お会いしたことありましたっけ?」と青年にたずねると、その青年は「GT byシトロエンのファンです。あの車に憧れてカーデザイナーになりました!」と答えました。GT byシトロエンが世に出て7年。知らぬ間にまた1つ、山本さんは自身の目標に到達したのです。山本さんは言います。

 

「自分は自分にしかなれない。自分がどこから来て今後どこへ行くのか。自分が信じたものを極めて勝ち取るしかない」

 

翌2016年、山本さんは在籍していたポリフォニー・デジタルから独立し、オーダーメードのハイパーカーデザインを扱う自らのブランド「Takumi YAMAMOTO design」を立ち上げました。

 

自分で自分をマネジメントする立場になった山本さんは「今がとても楽しい」と語ります。現在取り組んでいる企画の1つが、デビッド・ボウイに捧げるコンセプトカー「dbプロジェクト」。デビッド・ボウイは山本さんも大ファンのミュージシャン。ただ残念ながら彼は2016年に、肝ガンで亡くなってしまいました。

 

美しいフォルムの中からはロックが響く
美しいフォルムの中からはロックが響く

 

「本来だったら彼が生きているうちに作りたかったんだけど……」。この話題になったとき、前向きだった山本さんが少しうつむきました。

 

いつかやろうと思いつつ、過ぎてしまった時間。しかし過去を惜しみながらも、それを取り戻すようにまた1つ、今日も山本さんは真っさらなスクリーンの上に、新たなスーパーカーを描いています。

 

挑戦の日々から得るもの

新しいことを始めるときや現状を変えようとするときは、とても大きなエネルギーが必要です。また、周囲の雑音で、不安にとらわれてしまうことも多いでしょう。しかし自分の将来は、最終的には自分自身で切り開くしかありません。やりたいことがあるなら、国内であれ海外であれ、常識にとらわれずとにかく突き進んでみる。

自ら動かなければ夢が実現することはありません。それを山本さんは教えてくれました。

山本卓身さん"

 

(取材・文:加藤亨延)

 

識者プロフィール

山本卓身(やまもと・たくみ)
カーデザイナー。Takumi YAMAMOTO design代表。東京都出身。日本、イギリスを経て現在フランスを拠点に活動。エクステリア・デザイナーとしてPSAプジョーシトロエンのコーポレーション&アドバンススタジオおよびスティル・シトロエンに勤務。その後『グランツーリスモ』シリーズの生みの親、ポリフォニー・デジタルのヨーロッパスタジオ・デザインディレクターに就任。2017年Takumi YAMAMOTO design設立。ビスポークハイパーカーのデザインなどを手がけている。