超高齢社会を迎えている日本において、「医療」の分野には実にさまざまな課題があります。もちろん、進化し発達を見せる最新のテクノロジーで解決できる部分もありますが、患者という“人間”と向き合うのは、やはり“人間”。そしてそこで向き合う専門家は、医師や看護師といった以前からの医療従事者だけに限らず、今、本当に必要とされている新たな医療人が活躍しつつあります。

 

患者やご家族の生活に向き合う“看取りのエキスパート”。それが東京・板橋区のやまと診療所が育成する「在宅医療PA」です。やまと診療所が未経験者から人材を募集しているその職制は、国家資格に準じたものではなく、入所後も人材育成プログラムを施しています。在宅医療PAの仕事とは? また、その仕事のやりがいとは?――やまと診療所の院長・安井佑さん、そして、在宅医療PAとして働くスタッフの方にお話を伺いました。

 

多死社会を背景に「自宅で看取れる」日本になる

日本における最新の高齢化率(65歳以上の高齢者の割合)は「26.0%」。このうち前期高齢者の65〜74歳の割合は「13.4%」、75歳以上の後期高齢者の割合は「12.5%」です。さらに2060年には高齢化率が40%近くに達し、4人に1人が75歳以上になります。高齢者人口が増え続ける日本はたびたび「多死社会を迎える」といわれており、今20代の方も今後人の死に触れる機会が増えていくでしょう。

 

そんななかで、地域でさまざまな立場の人が助け合いながら、高齢者の生活を見守る「地域包括ケア」が社会的に注目されています。厚生労働省でも約800万人の団塊世代が75歳以上になる2025年をめどに、地域包括ケアシステムを構築している最中です。そして地域包括ケアの仕組みのなかで大きな意味をもつのが「在宅医療」。

 

東京・板橋区にある「医療法人社団 焔(ほむら)やまと診療所」は、その人らしい生き方を最期まで支え、自宅で自分らしく、最期まで生きられる世の中をつくる――との理念を掲げながら、板橋区・練馬区・埼玉県和光市エリアを中心に、地域の在宅医療を推進しています。

 

自宅で最期を迎えられる人は「10人に1人ほど」

「人生最後の時間が制限されるなか、多くの方は、『最期は自宅で家族とともに過ごしたい』と考えています。しかし実際のところは、在宅で最期を迎えられる人というのは10人の1人ほどの割合で、患者さんの最後の希望が届いていない。そうした状況が長らく続いているのが、今の日本の実情なんです」

 

自宅で最後を迎えられる人は「10人に1人ほど」

 

そう話すのは、やまと診療所の院長、安井佑さん。

 

安井さんの言うとおり、「病院で最期を迎える人」「自宅で最期を迎える人」の割合を比較すると、1951年には「病院9.1%」「自宅82.5%」だったのが、1970年代半ばあたりから逆転。近年(2014年)は「病院75.2%」「自宅12.8%」にまで差が広がっています。

 

「家族の最期を看取った経験のある人が少なくなっていますから、いざ自分が最期を迎えるときになっても、あるいは、再び誰かの最期を看取るときになっても、患者さん、家族の双方に経験値がない状態なんです」(安井さん、以下同)

 

そうした現実を背景に、やまと診療所では「PA部」という部門を設置しています。

PAとは「Physician Assistant」の略称で、医師の監督のもと医療行為を行うことができる、米国の国家資格が下地になっています。

 

やまと診療所のPA部には、日本でも珍しい「在宅医療PA」という職制が在籍し、安井さんら医師とともに、「患者のご自宅での看取り」のため、患者本人・家族を日々サポートしているのです。

 

在宅医療PAの仕事とは?

やまと診療所の在宅医療PAは、国家資格ではなく「いうなれば、在宅医療を進めるにあたって当診療所が編み出した工夫・機能」とのこと。では「在宅医療PA」とはどんなお仕事なのでしょうか。それを説明する前に、日本における既存の地域包括ケアの仕組みについて、安井さんのお話をもとに解説します。

 

既存の地域包括ケアの仕組みは、安井さんのような在宅医、そして訪問看護師、さらには介護保険の枠組みのなかで派遣されるケアマネージャー、ヘルパーなどで構成されています。そこに医療や介護にまつわるさまざまなサービスが付帯していますが、実際の在宅医療の現場について、安井さんは次のように話します。

 

「当診療所で診ている患者さんのおよそ半数は、がんの末期患者です。そうした方の場合、加齢や認知症の患者さんとは事情が異なります。ADL(日常生活動作、食事・移動・排せつ・入浴といった、生活するうえでの基本的な行動を指す)は低下していくのですが、ある一定の期間まではケアマネージャーさんたちでも十分にサポートできるのです。ただ、たとえば亡くなる直前の1カ月は医療的重症度が高く、ケアマネージャーさんたちがすべての主導権を握るのは難しいのが実情なんです」

 

かつ、そうした患者に適切なケアを施すためには、安井さんは次のようなサポートが必要になると言います。

 

在宅医療PAの仕事とは?

 

「まず、その患者さんがこれまでどのような人生を送ってきたのか。その歴史を知ったうえで、その時々の病状を鑑み、寄り添いながらこれからどうしていくか、共に未来をつくっていく――われわれはそれを『意思決定支援』と呼んでいますが、まずはその意思決定支援があるからこそ、それに向けた適切な『環境調整』や『在宅医療』を行えるようになるのです」

 

しかし「意思決定支援」「環境調整」「在宅医療」のすべてを担うことのできる医師はなかなかいません。そもそもそれを医師だけに任せていては、高齢者が増え続ける一方、すでに医師不足が叫ばれている日本において、やがて“医師の手”が完全に足りなくなってしまうでしょう。

 

「医師のサポートをしつつ、患者さんとのコミュニケーションを密にとるのが在宅医療PAの仕事です。在宅医療PAは、在宅医療の効率化を行い、地域の誰よりも患者の自分らしい生き方を支援できる存在。すなわち『意思決定支援』そして『環境調整』の部分の専門家であり、やまと診療所ではその担い手を育て、私たち医師部の人間とのパートナーシップによって在宅医療に挑んでいます」

 

在宅医療PAになるためのステップアップ

十数名の在宅医療PAがいるやまと診療所では「未経験者からでも育成していく」システム。そのため独自の人材育成プログラムも構築しており、そのプログラムは「見習い」に始まり、「A(アシスタント)」→「AA(アドバンスドアシスタント)」→「在宅医療PA」とステップアップしていきます。

 

【やまと診療所の在宅医療PA人材育成プログラム】

 

●見習い

医療人としての基礎的なスタンスとスキルを学びます。診療同行や院内での業務を通して、診療バッグや社内物品の準備、安全に車の運転ができるようになっていただきます。

 

●A(アシスタント)

医師やPAに対しての補助業務を行います。訪問診療がスムーズに行えるよう物品の準備ができ、介助を行います。また、診療補助(カルテ入力、処置の補助)も行います。診療補助業務を通して、患者・家族情報の収集を行います。

 

●AA(アドバンスドアシスタント)

患者・家族の意思決定支援や、それに基づく、患者・家族調整、地域事業者の調整業務などの能力を習得する期間です。患者・家族における、ありとあらゆる情報を収集し、調整をします。担当患者を持ち、PAになる為の練習をします。

 

●在宅医療PA(診療アシスタント)

患者・家族に寄り添い、「その人らしく自宅で生きることを支える」プロフェッショナルです。また、担当患者を責任もって受け持ち在宅医療の中心的な役割を担います。

 

※上記はホームページの情報から更新している最新情報です。

 

そこで在宅医療PAとして働くスタッフの方にもお話を伺いました。

 

2014年、当時はまだPA部もなく、医療の資格を持っていなかった西山千草さんは、やまと診療所に事務職として入所しました。

 

診療をより良いものにするため、同年にPA部が開設されるにあたり「誰かの人生の一部に、医療の資格を持っていなくても関わることができる」ことに感銘を受けて、在宅医療PAにチャレンジを決意。

 

西山さんにとっても診療所にとっても「ゼロから」医療人としての経験やスキルを積み上げることになります。そして、現在彼女は「ゼロから」成長した、輝かしきPA第一号として大活躍しています。

 

PAとして働いて、以下のような忘れられないエピソードも。

 

「担当の患者様の中に、重度の認知症を患うご主人を献身的に支える奥様がいました。ご主人は認知症以外にも心臓の病気があり、訪問診療以外にも訪問看護を入れた方が安心ではという医療者側の意見のもと、こちらの判断で訪問看護のサービスもスタートさせました。

しかし、しばらく経ったある日、私あてに奥様からクレームの電話があったのです。

 

話を聞いてみると、体が悪いからと看護師をつけてほしいわけではなく、奥様にとってはじっくり向き合ってなんでも話せる環境や人がいること、それが最も安心できることだと分かりました。こちらの判断で安心させようと思い対応したことが、奥様にとってはそうではなかったようです。

奥様が気兼ねなく話せる場を設け、医療リスクが高まった際には看護師を早急に導入する方針に変更。そこからまたいつものような笑顔が戻ってきました。

日頃からコミュニケーションを積極的に取り、思いを真剣に聞いていたからこそ本音を言ってもらえる。そして私たちはその意見に耳を傾け、希望を反映させなくてはならない。これが患者さんに寄り添うことだと、とても学びの多い経験となりました。

 

良いことも悪いことも、信頼関係がないと伝えてもらえません。その人らしい生活を送っていただくことを目標とし、患者さんと関わるPAは在宅医療において非常に重大な役割を担っている。それはやりがいに大きくつながっています」

 

やまと診療所で在宅医療PAとして活躍する西山さん
やまと診療所で在宅医療PAとして活躍する西山さん(写真提供:やまと診療所)

 

西山さんは「患者さんやそのご家族とコミュニケーションを積極的に取り、その方々が内に秘めている思いを聞いたうえで、在宅診療に関わる医師、訪問看護師、ケアマネ、ヘルパーなどと共に『課題解決』までを行えることが大事」と話します。

 

「患者さんやご家族は生活上でさまざまな課題を抱えています。これからはPAとして、その課題解決能力を高めたい。そのためには、制度の理解、事業所の特性、職種理解などの裏打ちされる知識が必要です。特に、現場でご家族などから質問があったときに、その場で即座に解を出すことが、その方の課題解決――最期を迎えるうえで“その人らしさ”を提供してあげること――にもつながります。これからもステップアップしていきたいです」(西山さん)

 

「望めばできる」を示していきたい

最後に再び、安井さんから、在宅医療PAを展開するやまと診療所の使命をお聞きしました。

 

「自宅で看取るということは、患者さん・ご家族双方とって『最期の大事な時間を共に生きる』ということ。われわれ医療の世界に生きる人間は、その価値を社会に投げかけていくと同時に、『実際にそれを望めばできるんだ』ということも示していかなければいけない」(安井さん)

 

「望めばできる」を示していきたい

 

私たちにとっても将来的には無関係とはいえない、家族の看取り。かけがえのない大切な人の最期の瞬間までを、家族が共にあゆむ。これからもその社会的なニーズは確実に拡大していくことでしょう。

 

やまと診療所は、医療の世界に携わる特定の専門家だけでこの課題に挑むのではなく、未経験者にも間口を広げ、共に課題解決をしていこうとしています。その試みがもっと社会に広く伝播されたとき、日本はどうなっているでしょうか。

 

仕事を通してさまざまな経験を積んでいく途中で「誰かのために何か、自分ができることをしたい」――そういう思いが芽生えたとき、もしかすると「医療」の世界が新たな道を進む選択肢の一つとなるかもしれません。

 

人を精神的にも肉体的にも支え救えるのは“人”。あなたの発する言葉一つひとつや優しい笑顔、そして温もりが誰かの生きる時間を輝かせるのです。

今後も在宅医療PAの皆さんの活躍に、私たちは期待せずにはいられません。

 

参考サイト:
平成27年版高齢社会白書(概要版)
在宅医療の最近の動向

 

(取材・文:安田博勇/写真:菊池貴裕)

 

(オススメ記事)
大企業幹部からNPOへ。ドクターストップで見えたセカンドキャリアの成功

 

識者プロフィール

安井佑(やすい・ゆう)
医療社団法人 焔(ほむら)やまと診療所院長。1980年生まれ。2005年東京大学卒業後、国保旭中央病院で初期研修を行う。2007年NPO法人「ジャパンハート」としてミャンマーの国際医療支援に従事。2009年〜杏林大学病院、2011年〜東京西徳洲会病院に勤務。2013年4月「やまと診療所」を開業。2015年に法人化。2016年に現在の東京都板橋区東新町に移転。