「早めに出社したら、始業時間前に仕事を依頼された」「タイムカードを押した後、上司から呼び止められた」「昼休みに電話に出なかったら上司から叱責され腑に落ちない」など、働いている中で労働時間に関する疑問を抱いたり、戸惑ったりしたことがある人もいるのではないでしょうか。

 

昨今、過重労働の防止や正しく賃金を支払うためにも、労働時間管理の重要性が強く認識されるようになってきました。そこで今回は、そもそもの「労働時間」の基本的な考え方や、タイムカードの打刻時間と労働時間の関係などについて、社労士の榊裕葵さんからお話を伺いました。

 

基本となる労働時間の概念

まずは、「労働時間」の定義から確認をしていきましょう。法的な意味において、労働時間とは「客観的に見て、使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義されます。

 

より具体的に説明すると、次の時間が労働時間に含まれると考えてよいでしょう。

 

① 正常に勤務した所定労働時間内(休憩時間を除く)

② 使用者の命令により早出や残業、休日出勤をした時間

③ 使用者の命令はなくとも、客観的に見て使用者の指揮命令に入っていた時間

 

上記のうち、①と②については、1日8時間の所定労働時間と、上司からの指示で1時間の残業を行った場合、トータル9時間がその日の労働時間ということになります。

 

しかし難しいのは③の場合。「始業時刻前の清掃」「昼休みの電話当番」「始業時刻後に呼び止められた場合」などはグレーゾーンで、どこまでを労働時間に含めるべきかが問題になることが多くあります。こちらについては、後ほど詳しく掘り下げていきましょう。

 

労働時間とタイムカードの関係

よく問題にあがるのは、「タイムカードの打刻」=「労働時間」になるのかということ。

 

結論から言えば、「タイムカードの打刻」は「労働時間」ではありません。タイムカードに打刻された時間は、あくまで「その時間に出社した」「その時間に退社した」という出社・退社の記録であり、労働時間の定義である「使用者の指揮命令下」に入った時刻を打刻しているわけではないからです。

 

ただし、実務上はタイムカードに打刻された時刻が会社の所定始業時刻・所定終業時刻と近接していれば、その日は所定労働時間勤務したものと推定する、という運用が行われています。おおむね、15分以内のズレでしたら、労働基準監督署の調査が入った場合も社員側から特段の異論がなければ、早出や残業はなかったものと認定されることが多いようです。

 

また、残業代未払いの裁判においては、それを覆すような証拠が他にない場合、タイムカードに打刻された時間を基準として未払いの残業代の金額が計算され、その金額を支払うべき旨の判決が下されることが一般的です。

 

ですので、「タイムカードは労働時間の記録そのものではないが、労働時間を推定するための強い証拠能力を持った書類」と理解をしておくとよいでしょう。

 

こんなとき、どうする?「労働時間にまつわるトラブルとその対処法」

ここでは労働時間やタイムカードに関してよくあるトラブルとその対処法を4つ、具体例に基づいて説明していただきましょう。

 

1、早めに出社したら始業時間前に仕事を依頼された場合

20代のビジネスパーソンは、遅刻を避けるために始業時刻よりも早めに出社をしている方が多いのではないでしょうか。余裕を持って早めに出社し、始業時刻を待っていると、上司から「ちょっと急いでやってもらいたい仕事があるのだけど」と、声をかけられた経験のある方は少なくないでしょう。

 

この場合、通常の会社の就業規則や雇用契約書では「時間外労働」に応ずることが社員の義務となっており、「早出」も時間外労働の一種になるため、正当な理由がなければ始業時刻前に仕事に取りかかってほしいという上司の命令を断ることはできません。

しかし、この命令を受けた瞬間から「使用者の指揮命令下に入った」といえますので、始業時刻が午前9時で、上司から声をかけられたのが午前8時50分だったとしたら、10分間の時間外手当が発生します。

 

最近では、こういった「早出」もきちんと時間外手当にカウントする会社が増えてきていますが、始業時刻前に業務命令を受けたら時間外労働になることを認識していない会社もまだまだあるようです。もし、会社側に認識がないのであれば、上司や人事部に「始業時刻前に業務指示を受けたら、時間外労働にされるはずだと思うのですが」と説明し、時間外労働手当として反映してもらえるようにしましょう。

 

「対応できない」と言われたり、そもそも相談自体しにくい雰囲気であるなら、始業時刻前に業務命令を受けた内容を手帳にメモする、録音を残しておく、など退職時に「未払い残業代」として請求したり、労働基準監督署に相談したりするための「証拠」を残しておきましょう。

 

2、始業時刻前や終業時刻後に清掃活動が行われている場合

始業時刻は午前9時だけど、8時半に出社して清掃を行っている。あるいは、終業時刻は午後6時だが、ゴミ捨てなどを行っていると実際の退社は午後6時半になってしまう、というような状況をイメージしてください。

「掃除に参加してください」という業務命令が明確に出されている場合や、「今月は○○部が清掃当番です」など会社が作成した当番表に基づいて掃除が行われている場合は、確実に労働時間に含まれます。逆に、有志が自発的に掃除やゴミ捨てを行っているような場合までは、労働時間に含める必要はありません。

 

判断が難しいのは、「雰囲気」で清掃活動に参加せざるを得ないような場合。これは誰かが命令しているわけではないけれど全社員が当然のように掃除を行っており、自分だけ参加をしないことが事実上困難であったり、社長が率先して掃除を行っているため参加しなければ気まずかったりというような場合を言います。

 

上記のような場合は、「実質上は強制参加だった」と主張をすれば、裁判で勝訴できる可能性はあります。しかし、そのために会社と争うのは費用対効果としてあまり良いとはいえませんので、納得がいかなければ「社風が自分に合わなかった」と転職を考えてもよいかもしれません。世の中には「清掃によって社員の心も磨かれ、会社の業績も上がる」と考える経営者もいれば、「社員は本業に集中して、清掃は専門業者に任せるのが合理的だ」と考える経営者もいます。同じ価値観を持った経営者のもとで働くのが社員にとっても働きやすい環境だといえるのではないでしょうか。

 

3、昼休み時間中の電話対応

キャリアコンパス読者の中には、休み時間中など関係なく、率先して電話をとらなければならない立場の方も少なくないかもしれません。しかし、昼休みにまで率先して電話をとらなければならない義務はあるのか、という疑問を抱える人もいることでしょう。

食事をしていたり同僚との談笑に夢中になっていて電話を取らなかったり、取るのが遅れてしまい上司から叱責された経験がある方もいるかもしれませんが、休憩が前提の休み時間に叱責されるのは腑に落ちませんよね。

 

法的な意味において、休憩時間は「労働から完全に解放されていること」が絶対条件です。ですから、昼休みにかかってきた電話は、原則として一般社員は対応する必要がありません。2交代で昼休みを取得させたり、管理監督者や役員が電話対応したりするなど、会社側が体制を考え、昼休み中に一般社員が電話を取らなくてもよい職場環境をつくらなければならないのです。

 

また、やむを得ず一般社員が昼休み中に電話対応をしたら、昼休みの終了時刻を延長するか、別の時間に小休止を取らせるなどして、電話対応で取得できなかった分の休憩時間を埋め合わせる必要があります。どうしても埋め合わせができなかった場合は、電話対応した部分の時間外手当を支払い、金銭で精算する形になります。

「社員が昼休みに電話に出て当然」と思い込んでいる会社では、社員のほうから行動を起こさなければ環境を変えることは難しいかもしれません。「おかしい」と思っているのは自分だけではないはずですから、仲間を集めて上司や人事部へ改善の相談をしてみてください。それでも聞き入れてもらえなかった場合は労働基準監督署へ相談をし、労働基準監督署を通じて会社を指導してもらいましょう。

 

4、タイムカードを押した後に、上司から呼び止められた場合

そもそも、退勤中の部下をつかまえて質問をすることが、労務管理として場当たり的すぎるという問題点が根本的にはありますが、上司から声をかけられた以上、法的にはその日の労働時間が再開したと考えられます。ですので、タイムカードの打刻を修正したり別途残業申請したりして、質問対応をしていた時間を時間外労働としてカウントされるようにしてください。

 

このとき、「タイムカードの修正申告は社内手続が面倒だから別にしなくていいか」とか「ちょっと呼び止められたくらいで残業だと訴えたら上司から嫌われるかもしれない」などと思ってはいけません。社員が「まあいいか」と思ってしまうと、会社も「労働時間管理は曖昧なままでも大丈夫だろう」と考えてしまうかもしれないからです。

社員が自分の労働時間を正しく把握することの重要性に気づくことで、会社も「法律のルールに基づいて、しっかりと時間管理しなくては」と意識が高まり、良い意味で「労使の緊張感」が生まれ、職場環境も改善していくものなのです。

 

社員として意識しておきたい「労働時間に対する心構え」

ここまで、具体例を挙げながら労働時間やタイムカードに関する問題点や対応を述べてきましたが、社員の立場として心がけていただきたいのは次の2点。

 

1つ目は、「会社でルールが決まっているから」「上司からこの時間は労働時間にならないと言われたから」と受け身の状態でいるのではなく、どこまでが労働時間に含まれるのかを自分なりに考え、疑問点があれば会社に質問したり改善を図ったりしていくこと。

 

2つ目は、タイムカードの「役割」を正しく理解することです。タイムカードはあくまでも「出社」と「退社」の時刻を記録するためのものにすぎません。タイムカードと実労働時間に誤差があった場合は、実労働時間のほうが優先となります。

 

ただし、タイムカードは裁判等において客観的な記録として強い証拠能力を有しますので、タイムカードの打刻が正確でない場合(とくに打刻後に残業をさせられたり、タイムカードの打刻記録が社員にとって不利な証拠になりうる場合)は、自分の身を守るためにも、実労働時間を何らかの方法で正しく記録するようにしてください。

 

まとめ

労働時間の記録は時間外手当の計算に直結しますので、正しく労働時間を把握することは、時間外手当の支払い漏れを防ぐ第一歩となりますし、今月は何時間働いたのかがはっきり見えてくるので、過重労働の防止にもつながります。

 

労働時間の管理は、本来的には会社が責任をもって実施しなければならないことです。しかし、時間外手当の支払い漏れで損をせず、また、過重労働による健康被害から身を守るためにも、働き手の側も法的知識を身に付け、「自分たちの労働時間を正確に把握してもらわなければ困る」というメッセージを積極的に会社に対して発信していくべきではないでしょうか。

 

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識者プロフィール

榊裕葵(さかき・ゆうき)ポライト社会保険労務士法人 マネージング・パートナー
上場企業経営企画室出身の社会保険労務士として、労働トラブルの発生を予防できる労務管理体制の構築や、従業員のモチベーションアップの支援に力を入れている。また、「シェアーズカフェ・オンライン」に執筆者として参加し、労働問題や年金問題に関し、積極的に情報発信を行っている。