好きなことを仕事にしたい。そう思いながらも、実際は会社員としてまったく別の仕事をしている人は多いのではないでしょうか?

 

服部文祥さんは登山家であり、作家であり、月刊の山岳雑誌『岳人』の編集者として会社勤めもしています。1999年からは、捕って、食べて、登る "サバイバル登山"という、自給自足の山旅スタイルを確立。テントなし、時計なし、ライトなし、食料は米と調味料だけを持って、シカを撃ち、イワナを釣って、道なき道を進み、山で過ごします。驚くのは、会社員として働きながら、月に10日は山に入り、ライフワークとしてサバイバル登山を実践していること。

 

現在48歳の服部さんに、今のスタイルで働くに至るまでの苦悩や、好きなことを仕事するために実践したことについてお聞きしました。

 

就職せずに生きていくことはかなり勇気がいる。僕はできなかった

服部文祥さん

 

大学時代はワンダーフォーゲル部に所属し、登山に打ち込んでいた服部さん。その当時から、夢は登山家だったと語ります。

 

「山登りだけで生きていきたい。トップクライマーになって山に登っていれば、次から次に金が入ってくる。そんな人生だったら最高だな、と若いころは本気でそう思っていました。でも、幼いころから、一般的な社会人とは企業に就職して月給もらっている人たちのことをいうんだよ、と学校で叩き込まれてきました。だから、その価値観を蹴飛ばして生きていくことにはかなり勇気が必要で、僕にはそれができなかった。それで就職活動をしたら、応募先の企業に僕が本気で就職しようとしていないことを見透かされてしまった」

 

平たくいうと、服部さんは内定がもらえなかったそうです。

 

「面接にすら進めず、早々に不採用通知が来る。結構しっかり山を登ってきたし、周りの大学生を見て『根性ねえな』と思っていたから、企業に就職しても戦力になれる自信があったんです。けれど、それほど甘くはなかった」

 

日本の社会で、評価されない人間。

そう思うとブルーになり、卒業後はどうやって生きていこうか、どうやってお金稼げばいいのか、どうしよう、どうしよう、と胃が痛くなるような日々を過ごしたと言います。

 

「食いぶちになることといったら、打ち込んできた登山しかない。そうなると、まずは超一流の登山家にならなければいけない。でも本気で登山家を目指せば死ぬかもしれない。5年本気の活動をして、生き残っている確率は5割ぐらいだろう。そう考えて、また暗くなりました」

 

日本社会の王道レールから外れて、独自の道を突き進むことを決意した服部さん。ところが卒業直前に、山岳関係の小さな出版社から声がかかります。

 

「死ぬのも怖かったし、見栄っ張りで世間体が悪いのも嫌だった。それで結局、山岳関係の出版社に社長の慈悲で就職させてもらい、働きながら登山をするようになりました」

 

K2山頂
K2登頂時の様子。服部さんは26歳の時に、世界2位の高さのK2登頂に成功した

 

書籍の営業をしながら、時々長めの休みをもらって山を登る。そんな日々が2年ほど過ぎたある日、服部さんにビッグチャンスが訪れます。

 

エベレストに次ぐ世界第2位、中国とパキスタンに広がる山「K2」(標高8,611m)へ日本山岳会青年部が実施する遠征に、知人の紹介で運よく参加できることになりました。そして、部隊は登頂に成功します。

 

「一般社会ではまったく知られていないと思うけど、山の世界でK2のサミッター(登頂者)は、それだけで水戸黄門の印籠的な威力を発揮する。それでかなり肩の荷が下りて、自分なりの登山をちゃんとやろう、と考えられるようになって。それまでは、『一流の登山家になれば人に認めてもらえる。そのためには、世界一のヒマラヤに登るしかない』そういう思い込みに支配されていました」

 

服部さんがK2の山頂に立ったのは、27歳になる直前のことでした。

 

サバイバル登山で「生きている」ことを実感する

昼サバ
29歳になって始めた「サバイバル登山」の様子 ©亀田正人

 

K2登頂後は『岳人』の編集部で働き始め、29歳の時、服部さんは「サバイバル登山」と自ら名付けた登山を始めます。そのきっかけのひとつが当時、登山界で人気を集めていたフリークライミングでした。

 

「フリークライミングは、岩を登るのに自分の手足だけで登りましょう、という考え方。やってみたら面白くて。日本の山も同じように道具を使わず、己の手足だけで登ったらどうなるんだろうな、と思いました。それがサバイバル登山へとつながったわけです」

 

酸素ボンベや固定ロープなどの道具を使い、大きな山に登頂するという「結果」よりも、自然に対して「フェア」を求める。そんな考えから、山を登るために本当に必要な装備を絞り込んでいった服部さん。裸は無理だからパンツは履こう、靴も必要……と道具を選定。食料は米と調味料だけ。食べられるものと食べられないものは、狩りをして自分の舌で味わい分け、自然を深く体験するようになる。

 

「サバイバル登山で学んだことはいっぱいある。中でも、『食べ物は自分や自分以外の誰かが、生き物を殺して得ている』と気がついた時は衝撃だった。そんな当たり前のことも知らないで30歳になっていたのか、と。あとはお金って人間が生活のために使う手段のひとつでしかなくて、役に立たないところではまったく役に立たないとか」

 

さらに、自分の存在というものをはっきり自覚したと語ります。

 

「山にいると、寒いとか、暗くて怖いとか、そういった身体感覚も敏感になる。自分が存在していて、生きていて感覚があるから寒いと感じている。それが存在としての絶対条件になる」

 

現代の日本は、生まれた時からおいしい食べ物や温かい布団があり、平和で清潔な環境が整っているのが当たり前。「生きている」ことに対しての実感が低いかもしれません。服部さんは登山を通して、生きようとする自分を体験しています。

 

1カ月に約10日間、サバイバル登山をする生活

夏サバ
サバイバル登山の様子。川が流れている場合は、イワナが重要な食料になる。釣れない日が続く場合もあるため、釣れる時に釣って燻製にしておく。©亀田正人

 

服部さんは月刊誌「岳人」の校了後、10日前後の休みを取って山に登る生活スタイルをほぼ毎月、18年間続けています。なぜ、そんな生活が実現できるのでしょうか?

 

「いろんな要素がありますが、自分がそういう人間だということを最初に宣言して入社している点が大きいかな。僕は1996年から『岳人』の編集部で働いていましたが、2014年に休刊になっている。60年以上続いている雑誌をそのままなくすのは惜しいということで、編集部を『東京新聞』からアウトドアメーカーの『モンベル』が引き継いだ。

 

その時に、モンベル創業者で現会長の辰野勇さんに呼ばれて、最初のうちだけでも手伝ってくれるとありがたい、という言葉をいただきました。それは、僕としても希望していたことだったし、ありがたく思ったけど、自分の表現もあるから時間を拘束されて働きたくない(笑)。なので、自分の登山と表現活動ができるなら、ぜひ僕としても岳人が世の中に残る手伝いをしたい、と伝えました。だから契約社員です。それでも給料は十分生活していけるほどはもらっているから、ずるいといえばずるいですね」

 

それは、服部さんが若いころに悩みながら出版社の営業で働き、働きながらも登山に挑みK2に登頂したという経験があったからこその待遇でした。

 

全員は一流になれない。それでも、やりたいことを思い切りやる

服部文祥さん

 

山が好きで、自ら取材しつつ山岳雑誌の編集者として働く。自分のサバイバル登山の経験などを執筆して記事を書く。服部さんのように、好きなことを仕事にしてみたい…そう思ってもなかなか前に進めない人は多いかもしれません。気持ちにスイッチを入れるには、どうしたら良いのでしょう?

 

「まず、自分がどういう人生を歩みたいのかを考えること。明確になんて考えられないけど、それでもこうなったら理想だな、という最大の野望を一生懸命に考えたほうがいいです。そして、それをちゃんと分析して、その野望に向かって一歩一歩努力する。

 

何も努力しないでなんとなく過ごして、後からあの時やっていたらできたかもしれないなと思うのは、意味がない。それよりも、その時に自分はこう判断して、その道に思い切って飛び込んでみました。でも、才能がなかったみたいです、チャンチャン!のほうが、僕は幸せだと思う」

 

一見、すべてうまくいっているように見える服部さんでも、登山家としての挫折はあったと言います。

 

「純粋な登山の能力では、一流にはなれていない。二流以上、一流未満。10年くらい前までは、本気になれば自分も一流になれる?と自分を騙していたけど、いま考えれば、できないよね。歳をとって、これ以上身体能力は上がらないし、今から本気で上を目指そうと思ったら、ものすごく時間とリスクが発生するから、もうモチベーションがないよね。振り返ってみても、若いころでもやっぱり登れなかったと思う。登山とは何か、と偉そうなことを言っているわりには、登山家として一流にはなれなかったし、これからもなれない」

 

自分のしたいことでお金を稼ぐのが一番いい

服部文祥さん

 

好きなことを仕事にすると、好きなことが嫌いになってしまうから、お金を稼ぐことと、自分のしたいことは分けたほうがいい、という意見についてはこんな持論を語ってくださいました。

 

「それは端的に間違えていると思う。自分のしたいことでお金を稼ぐのが一番いい。そのほうが、好きなことに対して目一杯の時間がかけられるしスキルもアップもする。好きなことと稼ぐことを分けたほうがいいと思うなら、それはそもそも本当に好きなことではないのでは、と疑ったほうがいいかも」

 

最後に、社会人として働く20代の皆さんに、働き方や生き方についての応援メッセージをいただきました。

 

「自分の持っている才能を発揮して何か手応えを感じ、人間社会で誰かに評価されることは、うれしいし、楽しいし、幸福感があると思う。評価されることがあると、それは自分の存在意義みたいなものにつながっていく。せっかく地球上に存在しているのだから、何らかのジャンルで自分なりの才能を発揮することを目指して活動したほうがいいんじゃないかな」

 

「好きを仕事にする」には、最初はちょっと勇気がいるかもしれません。ひょっとしたら、"安定"の生活を失うことにつながりかねません。けれど、働く時間は長いです。皆さんは、人生の中でどんなことに対して、時間を多く使いたいですか? じっくりと、働き方を考えてみてくださいね。

服部文祥さん

 

(取材・文:上浦未来/編集:東京通信社)

 

(オススメ記事)
「自分だけの輝き」を持て。丸々もとおから学ぶ唯一無二の肩書きを掲げる方法
サラリーマンやりながらラップをやっていた。KEN THE 390に聞く好きなことを仕事にする秘訣
家庭科の通信簿は3、ミシンも使えない…。そんな私でも「やりたいこと」を形にできた。泥臭くも戦略的なハヤカワ五味氏の人生

 

識者プロフィール

服部文祥(はっとり・ぶんしょう)
登山家。作家。山岳雑誌『岳人』編集者。1969年横浜生まれ。94年東京都立大学フランス文学科卒(ワンダーフォーゲル部)。オールラウンドに高いレベルで登山を実践し、96年世界第2位の高峰K2(8,611m)登頂。国内では剱岳八ツ峰北面、黒部別山東面などに冬期初登攀が数本ある。99年から長期山行に装備と食料を極力持ち込まず、食料を現地調達する「サバイバル登山」を始める。妻、二男一女と横浜在住。著書に、サバイバル登山のハウツー本『サバイバル登山入門』や都会でのサイバル生活を楽しむ『アーバンサバイバル入門』(ともにデコ)、2006年に発表した処女作『サバイバル登山家』(みすず書房)、最新刊の小説『息子と狩猟に』(新潮社)など多数。