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長屋 宏和

長屋宏和  車椅子の自分だからこそできること

長屋宏和
1979年生まれ。14歳でカートレースを始める。F3レーサーとして活躍していた2002年、F1世界選手権の前座レースでクラッシュを起こし、頚椎損傷四肢麻痺の重度障がい者となる。05年、自身が車椅子生活を始めて感じたファッションへの思いを形にしようと、車椅子ユーザー向けのファッションブランド「ピロレーシング」を立ち上げる。10年9月には、東京・銀座三越に店舗をオープンする。著書に『それでも僕はあきらめない』(大和出版)など。

幼なじみが「お前ならレースに復活できると思う」と言ってくれた。

長屋さん
京谷
久しぶりだね。1年ぶりぐらいかな。あの時は家に来てもらっていろいろ話したけど、今日はこっちからインタビューさせてもらうからよろしくね。早速だけど、長屋君は、中学生の時に、カートチームに手紙を出したり、19歳でフランスのレーススクールに留学したり、F1ワールドチャンピオンっていう目標に向かって、迷わずに行動してきたよね。その行動の原動力って何なんだろう。
長屋
一番は、やりたいっていう強い思いを常に持ち続けたことですかね。どうしたらできるんだろうっていうことを考えて。それで母親に相談したら、「やりたいことならやればいい、協力する」って言ってくれたんです。「でも中途半端な思いならやらせない」って。チャンスをもらえたんだから、と思ってとにかくスタートしましたね。ぼくは、思ったら即行動なので。
京谷
お母さんすごいね。普通なら、何言ってんのあんた、みたいに言っちゃうとこだよね。長屋君は、3歳の時にお父さんを亡くしたんだよね。そして実は、お父さんもレースのライセンスを持ってたって。
長屋
そうなんですよ。でも、当時はまったくそういうことを知らずにレースをやりたいと思いました。そして、レースを始めて2、3年後に突然母親に言われて。驚きましたね。
京谷
蛙の子は蛙なんだね。お母さんは、長屋君がカートをやりたいって言った時、来るべき時が来たって思ったかもしれないね。
長屋
そうかもしれないですね。
京谷
中学、高校のころって、周りは勉強とか部活とかやってるよね。そういう中、長屋君はみんなと違う生活をしてた。周りの人がやらないことへのチャンレジに不安はなかった?
長屋
逆に、人と違うから楽しかったですよ。ぼく、中学、高校といじめられてたんです。学校に行くことっていうのは、いじめに遭うっていうことで、ほんとは行きたくなかったんです。でも週末、サーキットに行って、大人の皆さんとカートを楽しむ時間があったので、いじめにも耐えられました。もしレースをやってなくて、いじめを受けるだけの生活だったら、嫌な人間になってたと思いますね。レースという好きなことを見つけて、前向きになれる場をつくることができたので、嫌なことにも耐えられました。
京谷
カートが心のよりどころだったんだね。それからフランスに留学したりして。そしてレーサーとして日本で活躍していた2002年にあの事故だよね。映像を見たけど、半端ないね。ほんとよく生きてたよねっていうぐらい。事故を起こしてからは、寝たきりの闘病生活とか、過酷なリハビリ、レースができなくなった悔しさとかあったと思うけど、一番つらいって思ったことは?
長屋
事故の翌週にレースを控えてたんですよ。そのレースに出られなかったことが一番つらかったです。体が動かないとか、痛いとかっていうことよりも、周りのライバルに抜かれることの方がつらかったですね。
京谷さん
京谷
分かるな。おれも事故の後に天皇杯(全日本サッカー選手権)があって、そのテレビは見たくなかったもんね。自分がそこにいるはずなのに、って割り切れなくて。車椅子の生活になるっていうのはどうやって知った?
長屋
入院したころは家族や友達から、寝てればまた元気に歩けるし、時間がかかってもリハビリを頑張ればレースに復帰できるって言われてたんですね。でも、3カ月経ってもほとんど動けなくて。いつになったらレースができるようになるんだろうって思ってました。それでも家族や友達は大丈夫と言うので、直接、担当の先生に聞いてみたんです。そしたら、もう今の医学じゃ無理だし、一生車椅子だからって言われて。それを聞いた時はほんとにショックでした。それまで当たり前にできてたレースができなくなって、自分の夢も途絶えたと思いました。レースしか知らない自分がこれから何をすればいいんだろう、生きてて意味があんのかなっていうぐらい落ち込みました。
 
そのことをその日の夜お見舞いに来てくれた幼なじみに相談したんです。そしたら、「お前ならレースに復活できるっておれは思ってるよ、一生車椅子だなんて信じてないよ」って言ってくれたんです。その時、こんな風に言ってくれる人がいるのに、ぼくがネガティブに考えてたら申し訳ないと思いました。その日から、応援してくれる人たちのために頑張らないといけない、できることにはどんどんチャレンジしていこうと思いましたね。
京谷
多分、おれと一緒だと思う。それまで何でも一人でできるって思ってたけど、車椅子っていう現実に一人じゃ何もできなくて、その時に初めて、家族や友達のありがたみに気づいて。それから変わってくんだよね。
長屋
そうですね。レースやってるころってほんとに自分勝手で、周りのことなんか考えもしませんでした。でも、事故に遭って周りの方の温かさを感じられるようになれました。事故を起こして良かったとは思いたくないですけど、でも、事故を起こしたことで、人間として大きくなれたなっていうのは感じますね。

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