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京谷 和幸

京谷和幸(車椅子バスケットボール選手/DODAチャレンジ 障がい者リクルーティングアドバイザー)「俺が試合に出て勝っても意味ないだろ!?」って怒鳴ることもありました

京谷和幸
1971年生まれ。元Jリーガー(ジェフ市原・当時)。1993年、交通事故で車椅子生活になる。1994年、車椅子バスケットボールの千葉ホークスに所属。北京など三度のパラリンピックと、バーミンガムなど三度の世界選手権、2010年アジア大会では日本代表チームの一員。2009年からはDODAチャレンジの障がい者リクルーティングアドバイザーも務めている。

2010年アジア大会(中国・広州)に車椅子バスケットボールの日本代表メンバーの一人として参加。見事に優勝して金メダルとアジアNo.1の座を手に入れた。この「チャレンジャー」ではいつもはインタビュアーを務めているが、今回はインタビュー“される側”になってもらった。反省を次に活かす、チーム全体のパフォーマンスを上げる、そのための自分の役割を考えるなど、金メダル獲得の裏にあるエピソードは転職やキャリアにも通じるものがあるはずだ。

初戦で中国に負けたことが、結果的に金メダルにつながった

京谷さん
編集部
2010年12月のアジア大会では金メダル獲得、おめでとうございます。ちょっと振り返ると、まず予選1戦目でいきなり中国と対戦してまさかの敗戦(43対45)。その後の予選は2戦2勝で決勝リーグへ進出し、準決勝で韓国に勝利(72対48)、決勝では初戦で負けた因縁の中国を破って優勝(70対41)を決めたわけですね。
京谷
金メダルが獲れて、もちろんうれしいんですが、正直「ほっとした」というのが一番です。それまでも僕自身は日本がアジアNo.1だとは思っていたんですが、世界各国が参加するような大会の予選の順位って証明にならないじゃないですか。今回のアジア大会で金メダルを獲ったことで証明できました。
編集部
初戦で中国戦に負けましたよね。チームの雰囲気とか要因分析はどんなでしたか?
京谷
中国の広州市での大会だから完全にアウェーだし、普通の国際試合とは規模がまったく違うし。日本の国歌斉唱の後にまったく拍手がないとか、フリースローでは会場全体から一斉にブーイングが起こるとか、異様な雰囲気でした。国歌斉唱は他の国のときはちゃんと拍手が起こるんですけど。この規模の国際大会を経験しているのはチーム12人のうち僕を含めて3人しかいませんでしたから、経験の少ないメンバーは雰囲気にのまれました。中国には45点しか取られていないのに日本が43点しか取れなかった。シュートを打っても全然入らなくて成功率は20%台。技術や実力や体調のせいで負けたんじゃなくてメンタルが原因です。負けるとは思ってなかったのでメンバー全員にかなり危機感がありました。
京谷さん
編集部
チームの立て直しが難しかったのでは?
京谷
危機意識を抱えたことで立て直しの真剣さとか集中力が高まりました。負けた中国戦のビデオを見ながら敗因分析したんです。そもそも今まではビデオを見直すようなこともしてこなかったんですが。漫然と見るんじゃなくて、各自がダメなプレーにポイントを絞って見る。自分たちが抜かれてるシーンだけを集めて編集したビデオもあって、「ほら、このプレーの後に抜かれてるだろ?」「この選手ばっかり気にして、こっちを意識してないから抜かれるんだよ」とか、「ここでベースラインを割られた」とか、ビデオという“動かぬ証拠”を見ながら指摘されるから納得するんです。納得するから前向きに対策を考えて次の試合では同じミスはやらない。
編集部
日本代表クラスの選手だと、原因が分かればすぐに対応できるんですね。
京谷
そうです。それで、中国戦以降もすべての試合の後にビデオを見るようになりました。課題がクリアできてることを確認して、じゃあ次はここを改善しよう、これを試してみようというふうに積み重ねて、日を追うごとにいい試合ができるようになっていきました。中国との決勝が一番いい試合でしたよ。負け惜しみでもなんでもなくて、初戦で中国に負けたことが結果的には金メダルにつながったと思います。

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