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須藤 シンジ

須藤シンジ(ソーシャルプロジェクト ネクスタイド・エヴォリューション代表)ハンディのある・なしで「分ける」概念を壊したい
混ざり合う世の中を目指して…

須藤シンジ
1963年生まれ。大学卒業後、株式会社丸井に入社。販売、バイヤー、宣伝、新規事業立ち上げなどを経験し高い実績を残す。次男が脳性麻痺で生まれたことから日本の福祉の在り方に疑問を感じ、自身が能動的に起こせる活動の切り口を模索。2000年に独立し、マーケティングコンサルティング会社フジヤマストアを設立。2002年に人々の意識のバリアをファッションとデザインの力で壊してしまおうという、ソーシャル・プロジェクト「NEXTIDEVOLUTION(ネクスタイド・エヴォリューション)」を始め、「ピープルデザイン※」という新しい概念を提唱。障がい者も健常者も区別なく混ざって共存できる社会を目指している。
※「ピープルデザイン」とはファッション性を重視し、同時に機能性を兼ね備えたデザインのことを言い、また、その他にも障がいのある人、ない人が混ざり合う社会を作るための行動などにも用いる。

次男が脳性麻痺のハンディを持って生まれたことをきっかけに、日本独特の「分ける」概念に疑問を感じ、障がい者と健常者が混ざりあう社会へと変革に挑む須藤氏。提唱する「ピープルデザイン」の普及により地域再生をも視野に入れる彼の言葉には、多くのビジネスパーソンが悩む「自分の適性とは?」「使命とは?」を見つけるための大きなヒントが隠されている。

「かわいそうな人」と分ける日本の社会に待った!を

須藤さん
京谷
「日本の福祉に変革を起こす」と果敢に挑む須藤さんですが、息子さんが障がいを持って生まれて、日本の福祉のどんな点に疑問を感じ、変革を思い立ったのですか?
須藤
息子は高校1年生。福祉の世界に当事者として入って15年になるけれど、「かわいそうな人を助けてあげよう」っていう前提がそこにはある。そしてそれを前提に物事や会話が進んでいくことが、「かわいそうな人」の立場に置かれた我々としてはつらかった。しかし、一方で「かわいそうな世界」に置かれ続けることが快適な人たちもいることが、だんだん分かってきたんです。
京谷
それはありますよね。でも須藤さんは「かわいそうな世界」におかれ続けることを選ばず、福祉の世界の変革に自ら乗り出したんですね。
須藤
制度を批判したり権利を主張する人の状態を批判するのではなく、自分が思う理想を自分の手でカタチにすることが一番早いと思ったんです。京谷さんがアスリートの遺伝子を武器にサッカーから車椅子バスケへと次のステップを上がったように、僕はそれまで培ってきたファッションやエンターテインメントの人がワクワクするものを作る、伝えるという仕事のエッセンスを武器に自分の理想とする未来作りのために動く、という道を選びました。
京谷
須藤さんの理想とする福祉の在り方とは、障がい者も健常者も区別なく混ざって共存できる社会ですよね。それを目指した背景とは?
須藤
息子を思う一人の親父としての思いですね。息子の将来を考えて、混ざり合うことが当然である社会の価値観さえできていれば、彼が一人で世間に出て生きていけるって思いました。でも、ハンディを持つ人にどう声をかけたらいいのか、皆さん分からないですよね?僕も息子が生まれてこなかったら永遠に分からなかったかもしれない。そこで、混ざり合うためには、ハンディのある人への接し方を演出して関わり方を世の中の人に見せてあげることが必要だと思ったんです。
須藤さん
京谷
須藤さんは海外で仕事をしたり暮らしたりする機会や経験がたくさんありますけど、海外と比較した日本の福祉ってどうですか?
須藤
僕は日本は一番素晴らしい国だって思っているんです。ただ福祉に対する概念、価値観っていう点では先進国の中で一番遅れているんですよね。日本は単一民族の島国だからかもしれないけど「普通」っていう概念があって、みんなが「普通」から外れないことにすごいエネルギーを使っている。そして「普通」から外れた人、例えばハンディを持つ人たちを「かわいそうな人」というように分けていく。この「分ける」ことが日本の特徴なんです。
京谷
3人の息子さんたちはニュージーランドの公立の小・中学校に通っていたんですよね?
須藤
17カ国くらいからいろんな人種の生徒が集まっている公立の学校に通わせました。そこではハンディを持つ息子が多少遅れることがあっても、それはそれで良しとして普通に扱うんです。また、息子が通っていた地域のスイミングクラブのコーチは、指導が的確で子どもたちの上達も早い優秀な人だったけど、彼女には両足と片腕がないんです。最初は子どもたちもビックリするんですが「なんで足がないの?」「義足触ってもいい?」とか聞くんですよね。そして義足を触りながら、「超かっこいい」などと言ってすぐに打ち解けてしまうんです。彼らは日常生活でハンディを持つ人と頻繁に接しているから何の違和感もなく混ざることができる。そんな姿を見て、要は“慣れ”だと、日本ではハンディを持つ人との接触頻度が極端に少ないから、ただ慣れていないだけだと思ったんです。
京谷
僕も自分の子どもの学校でいろんな行事に参加したけど、子どもたちは普通に声をかけてくれる。自分を知ってもらうためには、まず外に出て行くことが大事だと思っています。須藤さんの打ち出した「ピープルデザイン」は、ハンディを持つ人が心地よく身につけられるデザイン性の高いファッションを提供し、外に出て行くきっかけを与える。そしてファッションを会話の取っ掛かりとして健常者が気軽に声をかける。そうやって人の行動をデザインするんですね。

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