最高の伴走者と出会い、
個性を活かす職種に就けました。

H. W.さん 30代 発達障がい(ADHD:注意欠陥・多動性障がい) 精神(3級)

転職活動期間
6ヶ月
転職回数
複数回
前職
一般事務職
現職
安全管理職

高専に進学するも中退、適性を探して出会ったDODAチャレンジ

私が注意欠陥・多動性障がい、ADHDと診断されたのは、18歳のときのことです。子どもの頃から飽きっぽく、整理整頓が苦手で忘れ物が多かったりしましたが、勉強はできるほうでしたし、多動の部分が少なかったため、周囲にはそれが障がいとは思われていませんでした。中学卒業後、高等専門学校に入ったのですが、授業についていけず中退し、その際にADHDと診断されました。 その後、飲食を中心としたアルバイトをしつつ群馬県の実家で暮らしていました。できればアルバイトではなく、長く安定して働きたいと考え、実際に就職したのですが、障害の特性でミスを頻発させてしまい、試用期間で退職したり、長く続かず自分に合った仕事を探し続けていたとき、2014年にDODAチャレンジと出会いました。

大変だったが恵まれた就活期間

私は一般就労も可能ですが、周囲のサポートを得やすい障害者雇用での就職を検討し始めました。しかし地元には希望する仕事が少ない上に、環境が変わることを就労先の方も懸念され、なかなか内定には至りませんでした。 そんなとき、以前契約社員として勤めていたアンケート調査会社の上司から声がかかったんです。「うちで一年契約で働きながら就活したらどうか」。幸い担当医の診察が東京でも可能だったため、埼玉で一人暮らしを始め、本格的に就職活動をスタートしました。残業も多く就活と並行するのは大変でしたが、DODAチャレンジでの面接対策やセミナーなどではあらためて自分を見つめることができました。 これまで障がいの特性のこともあり、仕事上で注意されることが多く、自分を認めることが難しかったのですが、前職の上司もDODAチャレンジの担当アドバイザーも経験を評価してくれたうえで、私に寄り添ってくださいました。最高の伴走者に恵まれたと思います。

適材適所の採用でやりがいを感じる日々

現在は建設業の会社で安全管理の仕事をしています。実は人事・総務での採用で一度落ちた会社なのですが、一次面接を担当された方が、いまの部署を提案してくださったんです。これまで細かいことにこだわる自分の特性をマイナスに捉えていたのですが、建築現場での安全を管理する現職では、それがとてもいい方向に作用するようになりました。 今後の目標は、事故や災害についてのデータベースをつくることです。同じ事故が繰り返されないように、どう現場に伝えていくか、いつも考えています。 会社にはおおらかな方が多く、私の障がい特性も受け入れてもらえており、恵まれた環境でのびのびと働けています。まだまだ勉強することが多いのですが、現場との意思疎通もできてきて、やりがいを感じる毎日です。

メッセージ

ずっと私は周りと何かが違うと思い続けてきました。18歳で診断がおりてからも長くもがき続けました。「なんでこんなことをやっているんだろう」「無駄な努力かもしれない」と当時は思いましたが、すべて必要なことだったと今では思います。いつチャンスが来るかはわかりません。そのチャンスに気づけるようにアンテナを張り、人との出会いを大切にしながら学び続ければ、道は拓けると信じています。