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不安だった私に30社も求人紹介がVOL.5

VOL.5

阿部 雄一さん(仮名)30代上肢障がい

  • 転職活動期間 2ヶ月
  • 転職回数   0回
  • 前職     社内SE
  • 現職     社内SE

長年在籍した会社を退職。20社応募も全滅-失意の日々から

以前は、大手繊維会社に20年近く勤めていました。ですから、辞めるとなると自分なりにいろいろな葛藤があります。きっかけは、ずっと情報システムの仕事に携わってきたのですが、その部門が分社化され、新会社では総務系の仕事になってしまったこと。担当する仕事もあったりなかったりで、会社にいるのが辛い状況になりました。当時の部長に相談しても、「このままの立場がずっと続くかもしれない」と言います。確かに繊維業界が直面する厳しさを考えると、自分のこの先の展望も描けない。40歳という年齢を考えたとき、今動かないともう動けなくなると思いました。そのときはショックだったけど、今思うと、部長のその言葉が、人生の大事な後押しになったのです。まず会社を辞め、それから転職活動を始めました。
ところが、これが上手くいかない。次々に20社くらい応募して全滅です。本当にへこみました。DODAチャレンジに登録したのは、そんな時期です。
その前は、かたくなに障がい者枠を拒否していました。ハローワークでも勧められていたのですが、やっぱり、「自分は障がい者だけど健常者としても見られたい。同じように働ける」という気持ちが強かったのでしょう。プライドとこだわりがありました。

抵抗があった障がい者枠での転職活動

でも、ちょうどその頃、自分の経験とピタリと合い、ここなら自分の力を発揮できると思った会社で断られてしまいました。面接では「重い荷物やPCを持てますか」と聞かれて、多分そこが引っかかったのでしょう。自分はもう転職できないのではないかと落ち込みました。まさに目の前は真っ暗。プライドなどと言っている場合ではありません。「その手もあるか」という感覚で、そのことで自分を変えられるならやるべきだと、いくつか障がい者専門のサービスに登録しました。
しかし中には、障がい者専門なのに、障がい者=事務職という扱いで、「あなたには事務の仕事しかありません」という会社も。情報システムの求人を紹介されないばかりか、私の意に反して、事務職の履歴書の提出を求められたり。他の会社も似たり寄ったりで、システムの仕事はないのかなと落ち込んでいたら、DODAチャレンジで、紹介できるシステムの求人が30件くらいあると言われたんです。
その頃、一般の応募、障がい者専門の紹介会社、ハローワークと、一気にあちこちに行って、私も情報過多になっていました。仕事が決まらないという焦りもピークでした。DODAチャレンジのキャリアアドバイザーの方に、まず情報を整理しましょうと言われて、ようやく私自身すっきりというか、落ち着いて物事を考えられるようになりました。そこからは、DODAチャレンジとハローワークだけに絞って、うまく進み、そのうちの1社に入社することになりました。

トラウマに負けなかった転職活動

振り返ると怒涛の日々でした。自分では気づきませんでしたが、かなりネガティブになっていたようで、親など周りの人は、ちょっと普通じゃないと思っていたようです。だから、希望していた情報システムの職で内定が出たときは、本当に嬉しくて頭の中が真っ白になるほど。
いろいろあったけど、結局自分は、「障がい者だから何々できない」と決めつけられるのが一番イヤなことでした。専門学校時代に、居酒屋のアルバイトを申し込みにいったら、「体が悪いの?」と言われて断られたことがあります。障がいを持っているだけでアウトというそのトラウマが、今回の活動中に、苦くよみがえりました。トラウマに負けそうにもなりましたが、でも負けなかったから今があります。
世の中には「障がい者=パート、事務」と見る会社と、今いる会社のように、戦力と見る会社があります。一人で活動していたら、このような会社は探せなかったと思います。二人三脚で進めているうちに、DODAチャレンジのコンサルタントの方とは、信頼し、軽口をたたきあうほどの間柄になりました。ありがたいことです。転職活動は、面接など一人でやることも多いから、決して甘えすぎてはいけません。相手にも自分にも甘えては駄目。でもパートナーとして、心の支えにするのはアリだと思います。一人でやっていると、企業から「採用」か「不採用」かと裁かれることばかり。不採用だったときに、何が原因だったのか、その間を埋めるコミュニケーションが、本当に心の支えになりました。

(取材日:2012年6月9日)

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