スマートフォン版で表示

現在、お知らせはありません。

弘兼憲史先生インタビュー前編
『島耕作』の弘兼憲史が語るサラリーマンから漫画家に「転生」するまで

このエントリーをはてなブックマークに追加

『島耕作』シリーズ、『新宿スワン』、『ハコヅメ~交番女子の逆襲~』――作者の実体験をもとにしたお仕事漫画は、そのリアリティが多くの読者の心を捉える人気ジャンルだ。

そこで、モーニング編集部では新しい漫画賞を創設した。その名も「〇〇だったけど転職したら夢の印税生活で賞」略して「転生賞」。その仕事に就いた人ならではのプロフェッショナルな視点を活かした漫画を募集する。

というわけで、サラリーマン時代の経験を活かして『島耕作』シリーズを描いてきた弘兼憲史先生にインタビューを敢行。漫画家に「転生」するためには、どんな技術や心構えが必要なのか?漫画家になるまでのいきさつや、仕事の経験を漫画にするための方法などを聞いてみた。

弘兼憲史(ひろかね・けんし)

1947年山口県岩国市生まれ。早稲田大学卒業。松下電器産業に勤務の後、1974年漫画家デビュー。
『人間交差点』(原作 矢島正雄)で第30回小学館漫画賞、『課長 島耕作』で第15回講談社漫画賞、『黄昏流星群』で2000年文化庁メディア芸術祭優秀賞と2003年漫画家協会賞大賞を受賞。2007年には紫綬褒章を受章している。
主な作品はほかに、『ハロー張りネズミ』『加治隆介の議』など多数。現在は『会長 島耕作』(モーニング)、『黄昏流星群』(ビッグコミックオリジナル)を連載中。

漫画家になるとは思えずサラリーマンに

――先生は子どものころに漫画家を志し、大学時代は漫研に所属していたと伺っています。大学卒業後に松下電器産業(現・パナソニック)に入社され、会社員になった理由を教えてください。

弘兼会社員になった理由は、漫画家にはとうていなれないと思ったからです。子どものころはずっと漫画家になりたいと思っていたから、誕生日のプレゼントは漫画道具一式でした。親に頼んで買ってもらったんですね。だけど、中学校に入ると現実が分かってきます。漫画家はなりたいからなれる仕事でもないと、そこであきらめました。

中高一貫の私立中学だったので、それからは高校受験がないのを良いことに、勉強よりも音楽や絵、漫画にのめり込んでいました。大学の受験勉強を本格的に始めたのは、高3の秋くらいからです。

――だいぶスロースタートですね。

弘兼ぼくは団塊の世代で、当時は入試の倍率が軒並み30倍くらいになっていたものですから、「どこにも入れないぞ」と先生に脅されて、やっとお尻に火がついて勉強を始めたんです。その時は、正月もクリスマスも返上ですよ。人生のなかで一番勉強しましたね。結果、早稲田大学に受かりまして、大学では漫画研究会に入りました。

――そこから改めて漫画家の道に進もうとは思わなかったのでしょうか?

弘兼そんな甘いものじゃないという現実がもう分かってますから。漫研に入ったからといって漫画家になれるとは思ってなかったです。漫画が好きな人たちが集まっている部室に行って、ウダウダと漫画談議をするぐらい。4年間、コマを切って漫画を描いたことなんて1回もないですよ。ただ、新聞の社会批評みたいな1コマ漫画を描いたり、早稲田祭で似顔絵を描いたりはしていました。似顔絵の時は一日に300人くらい来ましたから、もうほとんど顔を見ないで描くんです。

――顔を見ないで描く似顔絵ですか(笑)

弘兼見てたらさばけないですからね(笑)。 1枚100円だから3万円くらいの上がりが出たけど、全部その日の飲み代に消えました。当時にしたら3万円は30万円くらいの価値がありますから、相当なお金だったんですが。

大学時代でしたのはそのくらいです。ただ、せっかくほかの人よりは絵が描けるので、その技術を活かせる会社に入ろうと思って就職活動をしたんですね。当時、宣伝の御三家と言われていたサントリー・資生堂・松下電器を狙っていました。ところが最初に受けた松下電器から採用通知が来たので、あとはもういいやという感じで(笑)。だから、実際に就活したのは松下電器だけでした。そのころは漫画家になろうとは、まったく思ってなかったですね。

サラリーマン生活2年目で原点回帰

弘兼それで入社できたのは良かったんですが、ぼくが希望していた宣伝部門は1人か2人しか入れない。当時の採用人数は900人くらいで、理科系を除いても同期が450人ほどいて、絶望的な気分になりましたよ(笑)。まあ、営業所に行ったら宣伝企画がありますし、各事業部にも宣伝企画がありますので、宣伝関連の仕事ができるならどこでもいいやと思いながら、本社の販売助成部に希望を出しました。入社は4月で、6カ月の研修期間があったから、11月に配属が決まります。そこで、ぼくが希望していた販売助成部に決まったので、とてもラッキーでしたね。

それから、3年間ほど宣伝の仕事に携わりまして、ポスターやカレンダー、チラシ、ショールーム、広告塔、屋外広告、系列販売店の店舗デザイン、カラーリング……とあらゆることをやりました。それが、『島耕作』と同じ仕事です。『島耕作』のもとになった体験ができたので、思い返すと非常にコスパの良い3年間でした。36年間、まだ利用してますから(笑)。

――会社員時代に、漫画家になろうと決意したきっかけはあったのでしょうか。

弘兼現場で仕事をしていると、デザイン会社の人たちと付き合いができます。難波で飲んで、帰れなくなって、デザイナーの家に泊まるような生活をしていたのですが、彼らの中には、漫画を夜中に一生懸命描いている連中がいるんですよ。それを見て触発されましてね。自分はもともと漫画家になりたかったはずだと。それで、漫画家になろうと思い始めたのが、入社して2年目くらいの時です。

それで辞める機会をうかがっていたんですけど、当時の松下電器は、3年か4年くらい経ったら、ニューヨークのパンナムビルにあるアメリカ松下電器に出向することになっていました。その時25歳だったので、ここでニューヨークに行っていたら漫画家になる機会を逃してしまうと思って、部長に「会社を辞めたいです」と告げました。部長から「何をするつもりだ?」と言われて「漫画家になります」と答えたのですが、部長は止めなかったですね。ちょっとは止めてくれてもいいだろと思いましたが(笑)。3年と3カ月で円満退社です。

3年勤めれば、失業保険が6カ月間もらえます。周りの人が、すぐには漫画家になれないだろうから、失業保険をもらいながらやれと教えてくれました。その6カ月間は、漫画の基礎力をつけるために、名画座に通って1日4本くらい映画を見てましたね。

デザイナーと漫画家、二足のわらじでリスクヘッジ

弘兼それからフリーでデザイナー仕事を始めたんですが、仲良く付き合っていた連中から仕事が殺到して、あっという間に会社員時代の3倍くらいの月収になったんですよ(笑)。現在のレートで換算すると100万円以上になると思います。そのままフリーの仕事を続けても良かったんですが、漫画家になりたいという大きな望みがありましたから、仕事の合間にコツコツと漫画を描いて、小学館のビッグコミック賞に応募しました。そしたら第1作目で入選です。これまたラッキーですよ。

――それはラッキーなんでしょうか(笑)。

弘兼やっぱり、運がないと駄目ですからね。その後、2作目が佳作入選して、3作目が最終選考で落ちて、4作目がまた佳作をもらいました。3勝1分というところで、小学館の方から「漫画家になりたいならおいでよ」と声がかかったので、読み切りから始めることになりました。その時はフリーの仕事をいっぱい抱えていたので苦労したんですが、徐々に漫画の仕事を増やしていって、比率を逆転させていったんですね。非常にバランスよく収入が入ってきたので、お金に苦労した記憶はありませんね。

ただ、それはリスクヘッジをしていた結果でもあります。会社を辞めたのが25歳の時で、それから30歳になるまでの5年間に、一度も漫画が掲載されなかったら漫画家をやめて、デザイン会社を経営しようと思っていました。そういうリスクヘッジを考えながらやっていた。27歳の時にデビューですから、結果的に予定より3年ほど早かったわけですが。それ以来、今のように漫画を描く生活です。

――デビュー当時、編集者の方とは上手くやり取りできていたのでしょうか?

弘兼作品作りで意見が合わないことはありましたよ。仕方ないから言うとおりに描いて掲載されたものを読んでも、全然面白いと思わない(笑)。今でも「なんだよこのラスト」なんて思います。その時から、自分の考えは曲げないようにしようと思い、編集者との打ち合わせはやらない方針にしました(笑)。

――その時期に、今のスタイルを確立されたのですか。

弘兼『人間交差点』を連載した時には、かなり自信がついていて、編集者がなんと言おうと変えないようになってましたね。原作ものは原作者と意見が対立することもありましたが、最終的には自分で全部やり直しました。自分のわがままを通す意志をもって、これまでやってきたんです。

冷静に今の自分が置かれた状況を分析することで、弘兼先生は漫画家に「転生」するチャンスを自分のものにした。後編では、そんな弘兼先生が実践してきた創作方法の秘密に迫る。

取材・文/プロダクションベイジュ

写真/井上絵里子

取材協力/ぶどう酒食堂さくら

「doda」と週刊漫画雑誌「モーニング」がコラボレーション

すべての働く人にチャンスあり!自分の仕事を漫画にして、夢の印税生活をゲット! 漫画が描けなくてもOK!原作も大募集!

サラリーマン、派遣社員、パート、自衛隊員、医者、看護師、裁判官、弁護士、パティシエ、教師、料理人、警察官……なんでもOK!あなたの経験を元にした漫画作品・原作を募集しています。

あなたの作品が『島耕作』シリーズ(弘兼憲史氏)や『カバチ!!!』(田島隆氏)、『ハコヅメ〜交番女子の逆襲〜』のような人気作品になるかも!

詳しくはこちら

このエントリーをはてなブックマークに追加