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三田紀房先生インタビュー前編
漫画は商売だ! 『ドラゴン桜』
『アルキメデスの大戦』の三田紀房が語る
ゼロから漫画家になる方法

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モーニング編集部が新たに創設する「〇〇だったけど転職したら夢の印税生活で賞」、略して「転生賞」。漫画家になりたい仕事人のための漫画賞だ。けれども、仕事の経験をどうやって漫画にすればいいのか分からない。そんな疑問に応えるべく、仕事人から漫画家に転身した三田紀房先生に「転生」の秘訣を聞く連続インタビューを敢行! 「漫画はいい商売」と語る三田先生に、商売感覚を漫画に活かす方法から「売れる漫画の法則」まで、目から鱗の漫画術を聞いた。

三田紀房(みた・のりふさ)

1958年生まれ、岩手県北上市出身。明治大学政治経済学部卒業。 代表作に『ドラゴン桜』『インベスターZ』『エンゼルバンク』『クロカン』『砂の栄冠』など。 『ドラゴン桜』で2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。 現在、「ヤングマガジン」にて『アルキメデスの大戦』を連載中。

「漫画はいい商売だ」賞金100万円を狙って漫画家に

――先生は百貨店勤務と衣料品店経営を経て漫画家に転職するという異色の経歴をお持ちですが、最初に、ちばてつや賞に応募しようと思った動機をお聞かせください。

三田動機はずばり新人賞の賞金狙いですね。衣料品の家業を手伝っていたんですが、ほとんど収入がないんですよ。そもそもお給料が存在しない状態だったので。とにかく手持ちで自分の自由になるお金が欲しかった。それで賞金100万円を狙ってちばてつや賞に応募したんです。

――百貨店に勤務されていたときは、漫画家になるつもりはなかったんでしょうか?

三田まったくなかったですね。そもそも、ぼくはサラリーマンになりたかったんですよ。もし百貨店から転職していたとしても、サラリーマン生活をずっと続けていたと思います。親が元日を除いてずっと働いてるのを見ていたので、家業を継いで日曜日まで働くなんて嫌だったんです(笑)。背広着てネクタイしてカバン持ってサラリーマンをやる生活で十分という気持ちでした。

――しかし、それから実家に戻られて家業を経営することになったわけですよね。

三田そうなんですが、80年代は個人商店の業績がガタガタガタと雪崩を打って落ちていく時期でした。だから、半年もしないうちに分かってくるわけです。あぁ、これは長く保たないなって。

――お店の経営が悪化して転職を考えざるをえなくなったときに、漫画家以外の職業は考えなかったんですか?

三田地方都市の最大のデメリットなんですが、そもそも地方 には民間企業が少ない。サラリーマンになりたくてもその職場がほとんどないので、非常に難しいんですよ。別の自営業を始めるほかに道がないんです。

――漫画家になることに不安はなかったんでしょうか?

三田まったくなくて、むしろこれで食えるなと思いました。ちばてつや賞を受賞したあと、授賞式があるので東京に来てくださいと連絡があり上京したんです。そのとき、はじめて担当の方とお会いして、「何か描いたら送ってください」と言われたので、また描いて送りました。そうしたら、何号に載せますからと電話がかかってきて、掲載から2週間後にはもう原稿料が振り込まれていました。その時点で「これはいい商売だ」と(笑)。

――いわゆる漫画家の稼ぎ方を意識していたわけじゃなかったんですね。

三田そもそも、どうやれば雑誌に載るのか、そのシステムが分からなかったんですよ。描いて、載って、原稿料が振り込まれる。これをやればいいんだという感じでした。それで読切が載って、1カ月くらいしたら月刊で連載やりませんかと。そりゃ、やりませんかと言われたらやりますよ(笑)。当時は「アフタヌーン」が創刊されたばっかりだったから、描けそうなやつはとにかく載せろみたいな感じで、どんどん載せていった時代だったんですね。月刊連載が決まったときは、まだお店もやっていたので、店番をしながら原稿を描いてました。

――作業時間に困りませんでしたか?

三田地方の商店街って、たいしてお客さん来ないんです。日中はほとんどお店を開けてるだけで、暇な商店主がお茶飲んでタバコ吸ってる(笑)。ぼくも、朝に行って店開けて掃除したら、レジカウンターで原稿を出して描いてました。お客さんが来たら、さっと隠すんですけど(笑)。

何でも描いて編集から使いやすいやつだと認識されろ!

――百貨店や衣料品店経営といった社会人経験が、漫画に活かされることはありましたか?

三田フットワークの軽さですかね。家に戻って洋品店を手伝っていたときに、仕入れをやれと言われたので、朝一番の新幹線で上京して、都内の問屋を4軒くらい回っていました。これを最終列車が出る時刻までに終わらせないと、帰れなくなるんですよ。

――結構なハイペースですよね。

三田だから効率よく回るコツがあって、まず売れている店に行きます。渋谷とか原宿とか、うちと同じような業種の路面店に行って値札を全部ひっくり返しちゃう。すると問屋の電話番号が書いてあるので、いいなと思った商品の電話番号を暗記して、近くの公衆電話から「お宅のところに行っていい?」と聞いて行きます。そこで「社長、どっかいいところない?」と聞くと、また別の問屋を紹介してくれるんで、次はそこに行く。そういう経験があって、あっちこっち渡り歩くのが上手になったというか。

――段取りを立てるのがうまくなった。

三田そう、今描いている出版社……仮にA社が冷たいなと思ったら、じゃあB社に行こうとか(笑)。それでB社で描いてると、たまたま会ったC社の人に名刺をもらって、「じゃあうちでも」となったり。だからぼくね、言われればなんでも描くんですよ。

――特に描きたいものがあるわけではない?

三田「競馬の漫画を描かないか」と言われたら、競馬なんてやったことなくても描きますよ。これまでも料理漫画とか、いろいろやりましたから。

――デビュー当時から、フットワークの軽さを心がけていたんですね。

三田雑誌の編集部からすれば、ごちゃごちゃ面倒くさいこと言う新人より、やりますと言ってくれたほうが、「こいつやるんだな」って思ってくれるじゃないですか。それで、そこそこのものを描けたら、編集部からすると使いやすいやつなんですよ。納期はきっちり守るしね。その辺の商売感覚は役に立っていると思います。

漠然とした打ち合わせには意味がない

――『ドラゴン桜』が大ヒットしてから、先生はHow to漫画のような、広い意味での職業漫画をいくつか描かれています。そうした漫画のテーマはどうやって見つけてくるのでしょうか?

三田テーマは、ほとんどその場の思いつきですよね。『ドラゴン桜』も、たまたまモーニング編集部から「学園教師ものはどうですか」と提案があったんですよ。それだったら「三流高校から東大に行く話でどうですか」と返したら、「あー面白いですね」と言われて決まったんです(笑)。

――ほかの作品も思いつきで?

三田ぼくの場合、ほとんどそうですね。『アルキメデスの大戦』で戦艦大和の話を思いついたのも、たまたま国立競技場を作るかどうかでもめてた時期だったからで。「なんかさぁ、戦艦大和も海軍の中で推進派と反対派がいたんじゃない? そういうやつらがごちゃごちゃけんかしている状況って面白いと思うんだよね」と編集者に提案したら通って、じゃあネーム描きますと。

――ネームで苦しむことはないんでしょうか?

三田ぼくはネームに時間がかからないんです。新連載の場合、最初に3話くらい作りますけど、企画が立ち上がって1週間以内には1話目を出すので、通算で1ヵ月もかかりません。

――ネームに落とし込む作業を速くするコツがあるんですか?

三田ぼくはネームを設計図だと思っていて、だから、打ち合わせをすごく細かくやります。しっかり図面を引かないと設計図にならないので、漠然とした打ち合わせは絶対やりません。出だしのコマから何から、中盤はこう、引きはこうときっちり作る。どういう作品になるかわかるから、編集者も安心できますよね。

――打ち合わせの段階で、落としどころまできっちり作ってしまうと。

三田週刊誌の場合は、引きが面白ければ、読者はついてきてくれます。「この次どうなるんだろう」と、読者が続きを読みたくなるような引きを作ることが大事なので、しっかりと打ち合わせをします。設計図をちゃんと作っておけば、ネームで苦しむことはないですよ。

取材・文/プロダクションベイジュ

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