2021年7月14日、女性スポーツへの理解を深め、未来について考えるオンラインイベント「SPORT LIGHT Women Athletes Career Event ~女性スポーツの未来をつくるキャリアイベント~」が開催された。トークセッションのゲストは、一般社団法人日本トップリーグ連携機構 Woman Athletes Project担当の鈴木万紀子(すずき・まきこ)さん。日本トップリーグ連携機構が推進するWoman Athletes Projectの取り組みを通じて、女性スポーツ・女性アスリートが抱える社会課題や、女性スポーツの未来について語ってもらった。
女性スポーツの課題に挑む
イベントのトークセッションは、鈴木さんによる日本トップリーグ連携機構(以下JTL)とWoman Athletes Project(以下WAP)の取り組みの紹介から幕を開けた。
JTLは、国内の団体ボール競技におけるトップリーグが連携し、互いのリーグの競技力向上・運営活性化を目的として設立された組織だ。会長は川淵三郎氏で、加盟は9競技・12リーグ、チーム数は約300を数える。活動内容は、各リーグとの連携・支援を通じた「国際競技力向上」、集客・広報活動などによる「リーグ活性化」や、人材育成と機能提供を行う「スポーツマネジメント機能シェアシステム(SMASH)」など多岐にわたる。鈴木さんが旗振り役となるWAPはそのJTLの活動の一環として発足した、国内スポーツ界初の女性スポーツリーグ連携プロジェクトだ。
WAPの設立は2020年10月。女性スポーツの社会的価値向上を目指してプロジェクトは立ち上がった。発足の背景には、国内女性スポーツリーグにおける長年の課題があったと鈴木さんは話す。
「男性スポーツリーグのJリーグやBリーグなどは、プロリーグ単体で集客・広報活動などができていて、発信力もある。一方で女性スポーツを見渡すと、競技力においても運営面においても課題が残ります。例えば、なでしこジャパンや女子ソフトボールなどは日本代表チームの認知は高まっているものの、国内リーグを見たときには知名度や集客力が低く、競技や選手の魅力を発信できていないのが現状です。そこを競技・リーグ横断で連携することによって、女性スポーツや女性アスリートの認知拡大や競技力向上につなげていくというのが、WAPの目的です」
WAPに参画しているリーグは、「なでしこリーグ(サッカー)」「Vリーグ(バレーボール)」「Wリーグ(バスケットボール)」「日本ハンドボールリーグ」「ホッケー日本リーグ」「日本女子ソフトボールリーグ」「日本女子フットサルリーグ」「WEリーグ(サッカー)」の8つ。競技やリーグごとに取り組みの方向性は異なり、さらにチームごとの方針も千差万別だ。そこにWAPがリーグをつなぐハブになることによって、効率的に情報連携を行い、リーグの基盤整備や認知拡大、女性アスリート支援につなげていくねらいだ。「一つずつのリーグは小さくても、力を合わせれば補い合える」と鈴木さんは力強く話す。
そこから話題はWAPの活動内容に移った。WAPの活動テーマは主に以下の4つだという。
1. 女性アスリートのエンパワメント
ワークショップ形式でのSNS活用のノウハウ提供など、内外に対する情報発信力向上のための活動
2. 女性が働きやすい環境No.1
慶應義塾大学と連携し、アスリートのライフスキルを可視化して競技にフィードバックしていく活動
3. 女性スポーツのFan Experience拡充
WAPのポータルサイトを中心に、リーグ毎の情報をキュレーションし発信していく活動
4. 女性の健康促進・スポーツ習慣の醸成
女性の運動実施率向上、からだ作りの支援を目指したイベント等の活動
活動の説明の途中で寄せられた、「直近で一番手応えを感じた取り組みは?」という質問に対しては、スポーツ配信メディア「LIVE SPORTS MEDIA」と一部リーグの試合映像の独占配信契約を結び、「SPOZONE」でインターネットでの試合のライブ配信を可能にした取り組みが挙げられた。鈴木さんは、こうしたリーグやアスリートの認知拡大に向けた動きが少しずつ結実し始めていると、充実した表情で語った。
「例えばあるリーグでは、それまで自分たちで撮影した試合をYouTubeにアップするにとどまっていたんですが、オフィシャルなメディアで放映されるようになったことで、選手や関係者がすごく喜んでくれたんです。特に印象深かったのは、一部の女子選手が初めて化粧をして試合に出るようになったり、カメラ目線をするようになったこと。露出が増えたことで選手のモチベーションが高まっているという話を聞いて、やっぱり選手は競技活動を多くの人に見てもらうことがやりがいにつながり、輝くんだな、と感じました。こうした取り組み一つひとつが、女性アスリートのエンパワメントにつながっていくんだと感じられた出来事でした」
スポーツ業界に飛び込んだ理由
ここで鈴木さんのキャリアについても触れておきたい。鈴木さん自身も、大学時代はボート選手として競技活動に打ち込んだ学生アスリートだった。卒業後の進路はスポーツ関連業を志したが、なかなかチャンスに恵まれず、一般企業への就職を選んだ。旅行会社ではツアーコンダクター、メーカーでは営業、さらには国会議員秘書と、さまざまな仕事を経験した。しかし、ずっと心の奥底に秘められていたのは、「スポーツに携わりたい」という思い。そんなときに目にしたのは、Jリーグがプロスポーツクラブの経営を担う人材開発・育成を目的として発足させた、Jリーグヒューマンキャピタル(現・スポーツヒューマンキャピタル)第一期生の募集案内。長年抱いたスポーツへの思いが鈴木さんを動かし、ここに応募することになる。
「スポーツ業界にはずっと携わりたいと思っていました。2020年に東京でオリンピックが開催されることが決まっているなかで、自分がそこに関われないことが悔しかったんです。でも、当時はスポーツ業界に簡単に転職できるとも思わなかったし、ましてや女性だとさらに採用されづらいのでは、という印象があり迷っていました。そんなときにJリーグヒューマンキャピタルの募集を見て、まずはスポーツビジネスを一から勉強しよう、という気持ちで応募を決めました」
転機は突然訪れた。2016年にバスケットボールBリーグが開幕を迎えるなか、リーグチェアマンの秘書が募集された。国会議員秘書を経験していた鈴木さんは迷わず応募。無事に採用となり、チェアマン秘書としてスポーツ業界に身を置くこととなる。
その後、JTL主催の事業推進委員会にBリーグ代表として参加するようになった鈴木さんは、そこでWAPの構想を知り、強く興味を惹かれたという。
「自分自身もスポーツをやっていた身として、アスリートが現役でいられる期間はすごく短いということや、女性アスリートが置かれている難しい環境を知っていたので、その経験を踏まえて自分も参加すべきだと思ったんです。WAPの構想を聞いて、JTLの事務局長に担当させてほしいと直訴しました」
社会全体を明るくするために
かくして鈴木さんはJTLの一員となり、WAP設立と推進の重責を担うこととなった。国会議員秘書経験を活かしてチェアマン秘書となった経緯や、女性アスリートとしての経験と思いからWAP参画に至った経緯は、まるで何かに導かれたような巡り合わせを感じさせる。一連のエピソードが披露された段になって、イベント参加者からは「スポーツ業界への転身」にまつわる質問が相次いだ。
最初に挙がった「WAPに関わる場合、どんな人材が求められますか?」という質問に対しては、鈴木さん自身の経験を基にした回答が返された。
「ありきたりな表現になりますが、前向きな人ですね。指示待ちでなく課題解決に向けて自ら推進していく力も求められますが、同時に、独りよがりにならず協力しながら進めていくチームワークも欠かせません。特にスポーツ業界はステークホルダーが多いので、協調性や各所との調整能力は求められる要素になると思います」
続いて、「スポーツ業界に転職するために必要なスキルや経験はありますか?」という質問も寄せられた。鈴木さんは、「スポーツ業界は特殊なイメージを持たれがちだが、基本的に仕事をしていくなかでは一般企業との違いはない」と前置きしたうえで、次のように答えた。
「スポーツ業界だからといって特別なスキルが求められるというわけではないですし、みなさんがお持ちの経験やスキルを発揮できる余地は十分にあると思います。それ以上に、携わるなかでどのような経験を積んでいくかが重要ではないかと思います。これは私自身が感じていることでもありますが、仕事を通じてスポーツ業界全体を良くしていくことや、社会全体を明るくしていくことにアプローチできることは何にも代えがたい経験だということ。『仕事は仕事』と割り切るのではなく、もっと大きなところに目標を置いてもらえればより多くのやりがいを感じられると思っています」
トークセッションの最後は、鈴木さんからイベント参加者へのメッセージで締めくくられた。
「いま、スポーツが社会全体からさまざまな見られ方をしていると思いますが、スポーツが好きな方や、自分が育てられたスポーツに何か貢献したいと思われる方も多いと思います。私たちはスポーツの価値を社会全体に発信し、スポーツを通じてより良い社会を作っていきたいと思っていますので、もしご縁があったり一緒にやってみたいと思われる方がいれば、ぜひチャレンジしていただきたいなと思います」
WAPのミッションの一つに、「COMMUNITY:スポーツをする・みる・ささえる人たちが抱える課題を解決する」という一文がある。女性アスリートをとりまく環境には、社会的意識の課題や、女性特有の身体的課題、組織・環境の課題など、まだまだ解決すべき課題が残されているが、その第一歩は、社会がそれらを認知し、受け入れることから始まるのではないだろうか。WAPの取り組みが、ジェンダーを超えたスポーツの在り方や価値を社会全体で育てていくきっかけになることを願うばかりだ。