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馬に触れることで
幸せを感じられる

大井競馬場 厩務員橋本健太さん

その他

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橋本健太さん(はしもと・けんた)さん 35歳
大井競馬場 蛯名雄太厩舎
厩務員

競馬場と厩舎が隣接している地方競馬。ナイトレースや地方交流戦が行われるなど、中央競馬とは異なる魅力で多くのファンをとりこにしている。レースで活躍する競走馬に、最高の状態で本番に臨ませるため、厩舎スタッフは日々ささいなことにまで気を配る。大井競馬の蛯名厩舎で競走馬の世話をする厩務員、橋本健太さんはスペシャリストを目指し、担当馬と向き合っている。(2018年12月17日取材)

郵便局員から牧場勤務を経て、6年前から厩務員に[写真]兼子愼一郎

深夜1時に始業

現在の職務内容を教えてください。

厩務員の仕事は競走馬の世話とレースに向けての調教の管理で、私は2頭の馬を担当しています。深夜1時から2時に厩舎に出ると、まずは担当馬の部屋の掃除を行います。その後、40分から50分かけてウォーミングアップをして体を温め、調教が始まります。厩務員が自ら調教する場合もありますが、私は騎手や乗り役に騎乗を任せていて、20分間、じっと調教の様子を見守っています。調教後には乗り役と、馬の様子を見て感じたことをお互いに話し合い、次の日の調教の参考にしたりします。調教が終わると、また40分から50分かけてあがり運動を行います。いわゆる、クールダウンのようなものですね。さらに脚を洗ったり、馬の手入れをしたりして、エサを与えます。このほかにもいろいろな作業があり、終わるとだいたい13時を回っていますね。15時まで休憩を取った後、午後はまた馬房の清掃や担当馬のケアを行います。脚が少し疲れているようであれば、アイシングを行ったり、レーザー治療を施したりして、筋肉の疲れを取って、常に良い状態に保てるようにしています。

厩務員になるまではどのようなキャリアを歩んできたのですか?

高校卒業後は地元で郵便局員として働いていました。3、4年経ったころに郵便局を退職し、那須にある地方競馬教養センターの厩務員課程(現在は厩務員課程は終了)を受講し、その後、3年半ほど牧場に勤務して、6年前からは大井競馬場の蛯名厩舎で働いています。

郵便局員から厩務員に転職しようと考えた理由は?

郵便局で働いて3、4年経ったころに、郵政民営化が決定しました。私は郵便課に所属していたのですが、当時は年賀状なども売れなくなってきていた時代で、自分の将来についていろいろと考えるようになったのです。そんなとき、競馬場の乗馬センターで体験乗馬をする機会があり、そこで馬と接することが非常に楽しいなと感じるようになったのです。そのころ、ちょうど地方競馬教養センターの2次募集が行われていた時期だったこともあり、これもいい機会なのではと思って受験し、合格して地方競馬教養センターの講習生になりました。厩務員課程を修了した後は牧場で3年半ほど勤めていました。実家は小倉競馬場が近く、犬、鶏、ウサギ、七面鳥、インコ、コイと多くの動物を飼っていたので、昔から動物とは触れあう機会が多かったのですが、そういったこともこういう道に進んだ要因になったのかもしれません。

厩舎ではエサやりや清掃など、さまざまな業務を担当[写真]兼子愼一郎

400キロの“凶器”

以前とは全く異なる業種の仕事をされていますが、前職の経験で、競馬界で活かされていることはありますか?

郵便局では配達業務を行っていましたが、配達に出ると知らない方でも、届け先の方はもちろん、街ですれ違う方々にもあいさつをする機会が非常に多かったのです。また、当時は郵便物を届けるだけでなく、年賀はがきなどを販売する営業的な業務もありました。そういった仕事をするようになって人見知りをしなくなりましたね。以前の性格であれば、厩舎に馬主さんなど関係者の方が訪れたら戸惑っていたかもしれませんが、今は自然に話せていると思います。

実際に厩務員として働くようになって驚いたことはありましたか?

郵便局員時代に乗馬クラブに行って馬と触れあったときは純粋にかわいいなという感じでしたが、実際に競走馬に触って騎乗すると、怖いなという印象を受けましたね。少しでも油断しようものなら、馬のほうが体が大きいので圧倒されてしまうんです。400から500キロの“凶器”だなと感じました。あと、ここまで朝が早い仕事だとは想像していませんでした(笑)。もちろん、厩舎や競馬に関わる仕事は朝が早いことは何となく理解していたのですが、とはいえ6時くらいだろうと予想していたのです。それが、まさか深夜1時に仕事がスタートするとは。ただ、もともと朝は得意なほうなのでそんなに大変だとは感じません。今はアラームが鳴ると、担当する馬たちが自分を待ってくれているという気持ちですっと起きることができています。誰かが自分を待ってくれているというのは、ちょっとしたモチベーションになっていますね。

今、一番やりがいを感じるところは?

競馬デビューする前の馬が厩舎に入ったときに、当然ながら馬はまだ何も知らないので、一からいろいろと教え、慣れさせていかなければなりません。しかも馬にとっては初めての環境で身につけていくわけです。そこで馬の世話をする私たち厩務員が、何か少し失敗をして馬に「嫌だな」と思わせてしまうと、それをやらなくなってしまったり、その場所には近寄らなくなったりしてしまいます。それは、この仕事で難しい部分でもあり、やりがいを感じる部分でもあります。もちろんレースで自分の担当馬が結果を出したときもうれしいですね。

生き物を扱う職業だけにご苦労もあると思います。これまで印象に残っているエピソードはありますか?

以前、面倒を見ていた2歳のオスの馬になめられてしまったことがありました。手綱を引っ張って歩いていると、立ちあがって私をたたきにきたり、騎乗しようとして背中にまたがると、振り落とそうとしたり……。手に負えなくなってしまい、初めて調教師に「自分ではできないので」と担当替えを提案しました。限界ギリギリまでは何とか自分でがんばったのですが、このまま自分が担当していても、人間そのものをなめてしまう可能性もあったので、それならば別の担当が就くべきだなと。ただ、苦い経験ではありましたが、自分の自信にもつながっていきました。厩務員となってまだ6年目。まだ手探りのところばかりです。どう対応していいのか分からないときは、過去に自分が世話をした馬に少しでも似ているところがあればそこに近づけてみたり、もし何をやってもうまくいかないときは、同じ厩舎にいる先輩方に相談してみたり。何でも自分でやりきろうと抱えこんでしまうことは、馬をダメにしてしまうことにもなりかねないので、そういった局面ではプライドは捨て、先輩後輩問わず、積極的にアドバイスをもらうようにしています。

馬との触れあいに幸せを感じ、成長を支えている[写真]兼子愼一郎

馬の成長を感じられる

業務を通じて感じる厩務員という仕事の魅力は?

日々同じ作業を繰り返していても、馬も人間と同じように体調は異なります。だからこそ、毎日違うことを考えながら馬に接し、世話をしています。昨日できなかったことが今日できるようになる馬もいて、ちょっとした変化を感じられるのが楽しいですね。2歳から8歳ごろまでの成長を継続的に感じられることは、この仕事ならではの魅力なのではないかと感じています。

担当馬をレースに送りだすときはどんなお気持ちですか?

まずは無事にレースを終えてほしいという気持ちですね。もちろん、レースに勝つことが目標ではありますが、ケガをせずに厩舎に帰ってきてもらいたいという気持ちが一番強いかもしれません。

今後、競馬界でチャレンジしたいことや目標は?

もうすぐ自分が担当していた馬に初めて子どもが誕生するんです。私にとって非常に印象深い馬で、担当馬がレースでずっと勝てず、「どうすればいいんだろう」と悩んでいた時期にレースで勝ってくれたんです。あのときはとても気持ちが楽になりました。その馬は最初から最後まで私が担当させていただいたということで思い入れも強く、その馬に子どもが生まれるということで楽しみにしています。できればその子どもの面倒も見たいですし、一緒にレースを目指せれば。それが私の夢ですね。

さまざまな経験をされて、この業界に求められる人材はどのような方だと思われますか?

実は全くの未経験でこの業界に入って数カ月でやめるという方も結構いらっしゃるんです。そういった意味では、あきらめない心とささいなことでも幸せややりがいを感じられる方が求められるのではないかと思います。私も厩務員になって体がきついな、体力的に厳しいなと感じることもありました。怒られることも一度や二度ではありませんでした。ただ、どんな状況でも、馬に触れていたり、馬がすり寄ってきたりすると、すごく幸せを感じますし、この仕事をやっていて良かったなと感じます。自分でやりがいや楽しみを得られる方、そしてモチベーションを見つけて保ち続けられる方こそ、この仕事に向いているのではないでしょうか。

厩務員として「無事にレースを終えてほしい」と願う[写真]兼子愼一郎

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