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新たな営業スタイルで創る
サッカークラブの価値

東京ヴェルディ パートナー営業部佐川 諒さん

サッカー

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佐川 諒(さがわ・りょう)さん 33歳
東京ヴェルディ株式会社
パートナー営業部長

2019年に創立50周年を迎えた東京ヴェルディは、次の50年へ向けて総合型クラブとして新たな歩みを始めた。この50年で培ってきた“パイオニアスピリッツ”はビジネス面においても変わらない。異業種からクラブに飛び込み、スポンサーシップ営業を担当する佐川諒さんは、スポーツ業界のビジネスに新たな方法論で風穴を開けようとしている。なお今回のインタビューには、企画戦略パートナーとしてクラブに携わっている株式会社リトリガーの八木原泰斗さんにも同席していただいた。(2020年1月10日取材)

他業種での経験を持つ佐川さんはサッカー業界が抱える課題にいち早く気づいた[写真]兼子愼一郎

2度の転職を経てJクラブへ

まずはこれまでの経歴と東京ヴェルディ入社の経緯を教えてください。

佐川 : 学生のころから「スポーツの仕事がしたい」と思っていました。ただ、新卒で入ったスポーツ系の会社がリーマン・ショックの影響で入社3日前に「潰れるかも」という状況になってしまい、結局2カ月半で退職しました。そこから転職活動をして神戸のIT系企業に営業職で入ったんですが、スポーツの仕事がしたいという思いから、自分でNPOを立ちあげて女性向けのサッカー教室を開いたり、カンボジアでサッカーの大会を開いたり、アスリートの地域活動のイベントを作ったり、という活動をしていました。そうした活動を通して「アスリートのセカンドキャリアを支援したい」という気持ちが芽生え、25歳でJリーグクラブへの転職を考えました。ですが、売りこみに行ってもまったく通用せず、自分の武器になるであろう営業スキルとアスリートのキャリア作りのノウハウを身につけるために大手人材会社のリクルートキャリアに転職しました。その後、ヴェルディで働いていた友人に「うちで営業をやらないか」と声をかけてもらったのは30歳のタイミングでした。

他業種からの転職という形でしたが、スポーツ業界、サッカー業界に対する率直な印象はどうでしたか?

佐川 : 2年半前に転職してきて最初に感じたのは、スポーツ業界のスポンサーシップのあり方についての課題でした。例えば、ヴェルディと契約してくれているお客さまの顧客課題を明確にせず、営業部内でもきちんと把握できていなかったんです。これはヴェルディだけの課題ではなく、サッカークラブを含むほかのスポーツ競技の営業さんなどに話を聞いても、ほとんど似たような状況でした。「お金がないから応援してください」という、いわゆるお布施型の営業でスポンサーシップを獲得しているクラブがものすごく多かったんです。

そうした課題解決に向けてタッグを組んだのが、企画戦略パートナーとしてクラブに携わっている株式会社リトリガーの八木原泰斗さんです。社外の方とタッグを組むことになった経緯を教えてください。

佐川 : ヴェルディに入社してから、新しいものを生みだす、事業課題を見つけてその解決のために議論するということがあまりできていませんでした。でも、八木原さんとは初めてお会いしたときから同じ目線で会話ができたんです。目指すところも似ていましたし、直感的に「一緒に何かできるんじゃないか」と思いましたね。

八木原 : 私も同じような感覚があって、佐川さんは同じ目線、同じスピード、同じ言語で会話ができる人だなと。彼とだったら成果を出せそうだなと感じました。

同い年の2人は意気投合。互いに欠かせないパートナーとしてタッグを結成した[写真]兼子愼一郎

二人三脚での改革

八木原さんとは2019シーズンから本格的にタッグを組み、いろいろと新たなチャレンジをしてきたそうですが、ほかのクラブにはない「ヴェルディならでは」の取り組みとしてはどんなものがありますか?

佐川 : まず、八木原さんとのチームの組み方自体が新しいと思います。我々の営業チームは新規契約の獲得にたけた人材が多い一方で、お客さまの課題に対してどんな企画を打てばいいのかというブレーン役が不足していました。これはうちだけでなく、おそらくほかのJリーグクラブも似た傾向にあると思います。八木原さんとの関係は、必要な人材を自社で採用したり、育てたりするよりも、社外のプロフェッショナルな方と組んで物事を進めたほうが新しい価値を生みだせるんじゃないかという考え方からスタートしています。例えば、A社という大きなクライアントの事業課題に対してどんな攻め方ができるか、どんなスポンサーアクティベーション(スポンサーが権利として行うマーケティング活動)が提供できるか、その“壁打ち”を社外でできるのは新しい関係性ですし、体制として一つの強みになっていると思います。それから、先ほどお話したお布施型営業からの脱却です。スポーツ業界もお客さまの課題や目指したいものに対して、1社1社カスタマイズした提案を作り、「サッカークラブはビジネスでも貢献できる」という形を作っていかなければいけない。課題解決型、事業支援型の営業へ切り替えて、そういうアクティベーションの提案を持っていけるようになったのはぼくらの強みだと思います。

とはいえ、社内には旧態依然とした空気も残っていたと思います。その状況を打破していく上で苦労もあったのでは?

佐川 : 未知のもの、新しいものを怖がる文化は確かにありました。でも、その突破口になってくれたのが八木原さんの存在です。八木原さんは自分の会社がスポンサーになることでヴェルディにお金を入れ、その権益として「一緒に組ませてくれ」とおっしゃってくれました。相手がスポンサーなら社内で話を通すのも難しくないですよね。それから、今のヴェルディは親会社がないので、めちゃめちゃフットワークが軽いんです。やりたいと思ったことを、時間をかけずにできる雰囲気がある。ぼくらの取り組みがスムーズに進んだのも、ヴェルディに柔軟性とスピード感があったからこそです。

八木原 : ヴェルディの強みは新しいことにどんどん挑戦する“パイオニア・スピリッツ”にあり、これはクラブのアイデンティティとして受け継がれています。まずはやってみる、ができるのは大きいですね。それと今はJ2リーグにいますけど、やっぱりヴェルディのブランドと知名度は圧倒的で、営業に行くときのメリットになっています。

この春から既存のパートナー企業とともに健康市場における新事業を立ちあげるとのことですが、具体的にはどのような取り組みですか?

佐川 : いろいろな企業に営業をする中で分かったのは、例えば「B to B」の企業はユニフォームにロゴを入れる、看板を出す、といったことを求めていないケースも多いということです。ただ、そういう企業にも協賛していただきたいという思いがあったので、何か糸口はないかと日々考えていました。我々は普段から福利厚生やCSR、SDGsなどに沿った提案もしているのですが、特に大手クライアントからの問い合わせとして多かったのが、「従業員のための健康コンテンツを持っていないか」ということでした。とある既存スポンサーさんと会話している際にそんな話になり、「一緒に組んで健康プログラムを開発しませんか?」ということになりました。そこにプラスして、ヴェルディが考える、オフィスで簡単にできるトレーニングメニューも加えてパッケージにして販売することにしました。そのオリジナルパッケージ込みでスポンサーとしてお金をいただく形ができれば、サッカークラブの新たな収益源を作っていけるんじゃないかなと。スポンサー企業とクラブが手を組んで新しい事業を始めるというのはほかのクラブでも例がないので、新しいチャレンジだと思います。

上:八木原さんは自らスポンサーになることで“ヴェルディの一員”となった 下:東京ヴェルディは公式サイト内で「ONE FLAG ~パートナー企業とともに創る新しい価値~」という、スポンサーとの取り組みを紹介する連載を掲載しており、八木原さんは対談の進行役を務める[写真]兼子愼一郎

スポーツ業界を稼げる場所に

2019年には「東京ヴェルディカレッジ」も立ちあげました。具体的にどんな講義が行われていて、どんな人材が集まってきているのですか?

佐川 : これはぼくが入社前から「絶対にやりたい」と思っていた事業で、強い思いを持って取り組んでいます。もともと大学時代にヴィッセルカレッジに通っていて、そこでスポーツビジネスへの思いを持てたという成功体験があったので、それをヴェルディでもぜひ作りたいと考えました。それから、Jリーグクラブのインターンシップのあり方、学生との接し方を変えていかないといけないという思いもありました。学生が勇気を振り絞ってインターンとしてやって来ても、やらされるのは普段は社員もやらないような雑用ばかり……。それは学生の思いを踏みにじる行為ですし、結果として高い志を持った学生、将来的に優秀な人材になり得る学生を「スポーツの世界ってこんなものなんだ」とがっかりさせてしまうかもしれない。つまり、自分たちで首を絞めてしまっていたんです。ですから、学生が本気でスポーツを通してキャリアを考えられる機会を作るべきだと思い、ヴェルディカレッジはより実務を中心とした内容にしました。コンセプトはスポーツの現場を通じて次のビジネスモデルを創造できる人材を育成するというもので、ゼロからイチのビジネスを作れる能力、自ら考え、周囲を巻きこみ、行動を起こすスキル、そして失敗を恐れないマインドセットを持つという3つを軸に置きました。

こうした取り組みの成果が出てくれば、いずれまねをするクラブが出てくると思いますが、それについてはどう思いますか?

佐川 : むしろ大歓迎ですね。業界全体がそうなっていくことで、スポーツクラブへのスポンサーシップの概念も変わっていくと思います。企業側に「ただお金を取りに来ただけ」だと思われるのではなく、「ちゃんと役に立つ」ことを理解してもらい、それが文化として浸透していけば、我々とご一緒していただける企業は増えていくかもしれない。自分たちだけが知識を蓄積するのではなく、どんどんまねしていただいて、いろいろなクラブが同じような提案、それ以上の提案をしてくれたら、良い相乗効果が生みだせるんじゃないかと考えています。実は昨年からホームページやSNSを通じて既存のスポンサーさんとの取り組みを発信しています。ヴェルディとのパートナーシップによって企業にどんな変化が生まれたのかを言語化して世の中に発信しているんです。もちろん、ファン・サポーターの方々にスポンサー企業のことを知ってもらうという目的もありますし、加えて、この情報を見たほかの企業が「うちもサッカークラブと何かやってみようか」「スポーツビジネスを始めてみようか」と思ってもらうきっかけになることも狙いです。

八木原 : スポンサー企業を知ってもらうという点においては、特にBtoBの企業はどんな業態なのか分かりにくいところがあります。ヴェルディを通して知ってもらったり、会話のきっかけになったり、さらに好感度が上がったり……。もちろん、事業に還元される部分があれば感謝していただけますし、少しずつそういう面でも貢献できるようになってきたと感じています。先ほどお話に挙がった、健康市場に関する新事業も、ホームページに掲載しているスポンサー企業との対談から生まれました。

今後の目標、夢を教えてください。

佐川 : サッカー面ではもちろんJ1リーグ昇格です。クラブは今年創立51年目を迎え、リブランディングという新たなチャレンジをしています。総合型クラブとしてサッカーカテゴリーだけでなく、ヴェルディというブランドでe-sportsやビーチサッカーなど幅広いスポーツ、カレッジ事業のようなさまざまなビジネスを生みだしていく方向へと舵を切ったところです。世界一の総合型クラブになり、これからの社会に必要な人材をスポーツ面でもビジネス面でも輩出していく。それが我々のミッションになってくると思います。そのためにも、個人としては役割を明確にした営業組織を作りたいですね。そしてスポーツ業界を稼げる場所、夢を与えられる仕事にしたい。現時点で我々の仕事は、「夢はあっても忙しいんでしょ?」「給料が安いんでしょ?」「ただのサッカー好きの集まりでしょ?」という見られ方をしている。だから労働環境や待遇を改善し、ギラギラして自身のやりたいことをやれるような職場にしていきたい。子どもたちや学生から「クラブのフロントで働いてみるのも面白そうだ」と思ってもらえるような場所にしていきたい。異業種から転職してきたぼくのような人間が、いいロールモデルになれたらと思っています。

八木原 : 3つあります。1つ目は個人として、2020シーズンからパートナー営業部の一員としてジョインさせてもらうことになりました。これまでは外部の立場でしたが、これからは中に入って一緒に戦っていけるので、収益アップという結果を出していきたいです。2つ目はクラブとして、ラモス(瑠偉)さんのお話ではないですが、私自身も自分には緑(東京ヴェルディのチームカラー)の血が流れていると思っています。クラブの一員としてJ1リーグのトップを取りたいですし、もう一度黄金時代を築きあげたいです。3つ目は業界として、ヴェルディがトップに返り咲く過程におけるチャレンジが、サッカー界に良い影響を及ぼして業界全体を底上げしていきたいなと。良い人材が集まり、お金が集まり、世界に誇れるサッカー文化を創りあげていければと思っています。

2人は現在の仕事を「魂を込めてやっている」(佐川)、「人生をかけて取り組んでいる」(八木原)と言い切る[写真]兼子愼一郎

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