大学卒業後、大手金融機関で営業職として働きはじめたM.Hさん(29歳・女性・金融専門職)。営業成績も非常に良く、ほぼすべての月で目標を達成していました。その当時、M.Hさんには、目標としていた女性の先輩社員・Cさんがいました。彼女は、どんな仕事でも期待以上の成果を出し、周囲から一目置かれる存在でした。M.Hさんは26歳の時、「Cさんのように企業という“カンバン”ではなく、自分の名前で勝負できる専門性の高い仕事にチャレンジしたい」と、ファンド運用の会社に1度目の転職をしました。金融当局との折衝業務など、非常に専門性が高い業務を任されていたM.Hさん。仕事ぶりは非常にまじめで、社内の評価は高いものでした。しかしながら、その専門性が高すぎるゆえ、限定的な部署からの評価しか得られず、Cさんのように“誰からも一目置かれる存在”には、程遠いものでした。
そして今回、2度目の転職を考えたM.Hさんは、DODAと、別にもう一社の人材紹介会社に登録。ところが、そのもう一つの人材紹介会社を訪れた際、M.Hさんは思いもよらなかった言葉をかけられました。ファンド運用の会社で働いていた2年半の仕事を「転職に必要な経験という面では、ほぼ意味がない」と言われてしまったのです。大学を卒業以来、順風満帆に社会人として過ごしてきたと考えていたM.Hさんにとって、その一言は大きなショックでした。「自分の強みが分からない」「何が自分に向いているのか分からない」といった、深い悩みの中で迎えたのが、私との最初のカウンセリングでした。
カウンセリングを通して、M.Hさんのキャリアを伺った私は、営業職として数々の目標を達成してこられたこと、そして、2社目では言われた仕事をただこなすだけでなく、自ら進んで業務改善に取り組んだことなど、多くの強みを持っていて、素晴らしいご経歴であることをお伝えしました。必ず良い転職ができると考えた私は、大手ファンド会社・A社のバックオフィスの求人をご紹介。M.Hさんにとって未経験の業務でしたが、これまでのご経歴から、必ずやご活躍いただけるであろう、と考えました。その結果、別の人材紹介会社から紹介されたB社も含め、2社から内定。数日後、M.Hさんから面接官の人柄が良かったB社に決めた、との連絡がありました。自分がご紹介した会社が選ばれなかったことはやや残念ではありましたが、私はM.Hさんの次のキャリアが決定したことを喜び、祝福の言葉を伝えました。
「一度、内定を辞退した身でお願いするのは大変失礼なことだと分かっています。それでも私はA社で働きたい。そう思っています」。数日後、B社の内定を選んだはずのM.Hさんから切羽詰った雰囲気でこのような電話がかかってきました。
本来ならば、内定を辞退した企業に対して、「内定辞退を取り消して、もう一度選考対象にしてください」などと依頼するのはありえないことです。転職という人生の大きな節目で、自分で出した答えをすぐに撤回するような人と思われればマイナスの印象は免れませんし、次の候補の方の繰り上げ選考が進んでいるかもしれないからです。けれども、この時だけは、「M.HさんとA社に関してならば、万に一つの可能性があるかもしれない」という思いがありました。
選考過程からA社のM.Hさんに対する評価は高く、内定辞退の連絡をした際も、非常に残念がっていたものの、M.Hさんの決断にエールを贈っていたほど。私が抱いていた唯一の、そして最大の気がかりは、もし、A社から内定されても、M.Hさんの決意が揺らぐことで、同じことを繰り返す可能性があると考えました。
翌日、私はM.Hさんとの緊急カウンセリングに臨みました。そこではまず、改めて私が今知る限りのA社B社双方の情報をすべてお話しさせていただきました。良いところも、懸念されるところもすべてです。さらに私は、M.Hさんのキャリアに対する考えを固めるために、1回目のカウンセリングと同じく、直近の転職理由はもちろん、学生時代に考えていた仕事観にいたるまで、改めてキャリアを振り返るお手伝いをしたのです。
A社への連絡や、一度は入社意志を固めたB社への対応など、事態は急を要します。しかし私は、その場において、結論を出すことはしませんでした。ここで結論を急いでしまうと、「面接官の人柄」という短期的な視野でB社を選んだことと変わりはありません。私は、「なぜご自分がこの職業を選んだのか、なぜ転職したいと思ったのか、そして今後、どうなっていきたいのか、一晩じっくり考えてください。そこで出た答えがM.Hさんの本当の決意だと思います」とお伝えしました。
緊急カウンセリングの翌日、M.Hさんから私のもとに電話がかかってきました。その答えは「A社で働きたい」というものでした。M.Hさんは転職を考えた当初の「なぜ自分は転職をするのか」という部分に立ち返り、じっくりと考えた上でA社を選びました。受話器を通して伝わるM.Hさんの声は自信に満ちており、以前のような、迷いはありませんでした。
ですが、ここからが私たちにとっては、本当の意味での再スタートとなりました。まずはA社への再選考のご連絡。A社はこの無理なお願いを快く受けてくださり、再びM.Hさんは選考の場に。そして内定を獲得しました。その後もB社への内定のお断りのご連絡の際には、お伝えするタイミングや内容などをアドバイスするなど可能な限りのサポートを行いました。M.Hさんは迷うことなく、自分の選んだ道を進んでいきました。
A社への入社後、数日たったある日、M.Hさんから1通のメールが届きました。
「M.Hです。
ご迷惑をおかけしましたが、本当にありがとうございます。
この判断が正しいと思います。
時間をかけてしまいましたが、納得しております。
(中略)
久しぶりに笑えます。ありがとうございます。」
転職をお考えの方にとっては、1回1回のカウンセリングが人生を左右しかねない大事なもの。転職をお考えの方の“想い”と同じくらい、私たちキャリアコンサルタントも強い“想い”を持たなければならない。M.Hさんのサポートを通して、より一層その考えが強くなりましたね。




