将来図、つまり、「こうありたい」というビジョンです。 前に正しく進むためには自分の足元だけを見ていてはダメ。自分がどこへ向かおうとしているかの将来図が描けていなければただの行き当たりばったりです。とくに転職活動では、「あなたはどこへ向かっているのですか?そのために今何をしようとしているのですか?」ということがいろいろな形で問われます。 「将来図に沿って最短距離を進んでいます」と言えるに越したことはありませんが、「回り道をしているように見えるけど、自分のビジョンのために血肉になっています」と言えることも大切です。 「自分はどこへ向かいたいのか?」を決められるのは自分だけ。どんなマニュアル書を見ても答えは書いてありませんし、誰かから教えてもらうことでもありません。転職活動でもビジネスでも、自分の“軸”になるのがビジョンです。 龍馬’s Voice わしが描いたのは「開国して貿易・物流で世界と伍していくべき」という将来図じゃ。藩や自分の利益なんぞと小さいことは考えちょらんかった。武力にものを言わせる世の中は変わる、いや変えないといかんと信じてたき。
自分の進むべきビジョンがあっても、その場に立ち尽くしているだけでは意味がありません。 新しい人材(人財)を採用しようとする企業の多くは「能書きばかりの批評家は要らない」と考えています。ビジョンを具体的な行動に落とし込むことができて、たとえ失敗してもそこから何かを得られる人が求められます。 アイデアを思いついたら話してみる、分からないことは知ってる人に聞いてみる、おもしろそうなら動いてみる、誰もやらないなら自分がやる、同じ考えをもっている人がいたら声をかけてみる、反対されたら理由とアドバイスを聞いてみる、などなど。実績に直結するかどうかを迷う前に、行動できることはたくさんあるはずです。 龍馬’s Voice 「開国と近代化」ちゅうても、わし一人の力ではどうもできん。幕府や各藩のキーマンたちを説得せにゃならん。成功するか失敗するか考えててもしかたないき、どんどん出かけていって直に自分の考えをぶつけたぜよ。
お客さまから受注をもらう、自分と反対の立場の人を説得する、社内の協力を得るなど、職種やキャリアに関わらずビジネスは交渉の連続です。自分だけが利を得ようとする交渉は納得も共感も生みません。「自分にも相手にもメリットがあるから提案する」というWIN−WINの考えに基づくことから交渉が始まります。実は転職活動でも同じこと。転職活動を「自分と企業の交渉」と考えれば、自分のキャリアやスキルのアピールばかりでなく、自分が入社したらどう貢献できるかという「相手の視点」も意識することが必要です。 龍馬’s Voice 相容れない二大勢力、薩摩・長州の薩長同盟を実現したぜよ。両方の顔をつぶさずに「開国後の日本の行く末」という大所高所からの交渉が奏功したんじゃの。どちらかの欲得だけを考えたり、わしの考えの押し付けではまとまらんき。
何かにこだわりを持ち「一度決めたら貫き通す」というブレない姿勢は大切なことです。しかしそれと同時に、納得して正当性があれば路線変更をいとわない柔軟性もビジネスには必要です。 とくに、今の不況による業績不振を脱しようと大胆な改革や再編を目論む企業にとっては、新しい価値観を取り入れることや変化を恐れずに成果を出せる、柔軟性に富む人材が必要とされます。「惰性で同じことをし続ける」人にならないように、こだわりと柔軟性のバランスを取りたいものです。 龍馬’s Voice わしは元々は尊王攘夷論者じゃった。けど、江戸で佐久間象山・勝海舟という先生方に出会うて開国と近代化を支持するようになったんぜよ。新しい知識を得れば考えも変わるきに。自分が納得いけば路線変更は当然よ。
国際性が大切といっても、語学や海外の商習慣の知識を身につけるなどスキルの側面だけではありません。職種や業界によって差はあれど、日本国内だけでなく世界の趨勢にアンテナを張って新しいビジネスモデルや商材・サービスの情報収集に努めることが特別なことではなくなっています。 輸出産業は言うに及ばず、海外企業との統合や世界のマーケット向けの商品開発、外資系チェーンのカテゴリーキラー化など、どんな業種・職種でもまったく無縁ではいられません。 龍馬’s Voice 日本の将来をどうすべきか考えるには、先をいってる諸外国のことを知らにゃあ。狭い日本のことだけ見ていたら先に進むことはできんぜよ。そういや、わしが興した亀山社中は「日本初の商社」と言われているそうじゃの。
[ryoma's history] 1835年 坂本八平の次男として誕生 1853年 <ペリー来航> 1853年 江戸に上り、佐久間象山(兵学者)に出会う 1854年 <日米和親条約> 1862年 土佐藩を脱藩 1862年 江戸で勝海舟に出会う 1863年 <薩英戦争> 1865年 亀山社中を興す 1866年 薩長同盟が成る 1867年 海援隊を興す 1867年 京都、近江屋で襲撃されて没 1867年 <大政奉還>







