私がアスペルガー症候群の診断を受けたのは、24才のときでしたが、小学校の高学年頃から、人づきあいが難しいと感じていました。1対1で話をするのは、それほど大変ではないのですが、3人以上集まると会話の中にどう入ったらいいか困ったり、友達と話をしていても話題に苦労したりしました。中学のときは、卓球部に入って打ち込みましたが、高校は帰宅部で、ゲームをするなど一人で時間を過ごすことが多かったです。商業高校だったので、ビジネスで使えるExcelを勉強したり、今の仕事にも役に立っていますね。
大学ではメディアやマスコミ関係を学びました。最初は自宅から通っていましたが、家族が仙台に引っ越したこともあり、途中から一人暮らしを始めました。人とのコミュニケーションが苦手だったことから、買い物やアルバイトなどでつらいと感じることもありましたが、時間を自由に使える心地よさはありましたね。
1次面接ですべて不合格だった就活、そして親の紹介で就職
大学3年になって就職活動のため就職課に相談し、サポートをしてもらいました。しかし、エントリーした20社全ての企業が1次面接で不合格。当時は、発達障害の診断を受けていませんので、東京で一般採用枠での就職活動をしていました。行き詰まった状況を見かねた父が、勤務先のグループ会社を紹介してくれ、その縁で、メーカーの設備会社に入社することになりました。
1つに集中できず仕事でミスも。社会人1年目にアスペルガー症候群と診断
入社してすぐに、仕事をうまく進めることができず悩みはじめました。例えば、ある仕事の作業中に他の業務のことが気になって別のことをやり始め、結果的に期日に遅れたり、大事な業務を忘れてしまったり、上司への報告では、出来事やニュアンスを正確に伝えられず、大きな問題に発展してしまったこともありました。
「なぜ、周りの人にできることが、自分はできないのか」、「発達障害なのではないか」と思うようになり、病院を受診することにしました。何度か通院しIQテストなどの結果から、発達障害のアスペルガー症候群と診断され、「やっぱりな」という納得感がありました。家族も「障害がある自分」をすべて受け容れてくれたので、安心しました。会社の責任者にも、アスペルガー症候群であるという診断結果を伝えましたが、その時は特別な対応はありませんでした。2011年当時の社会は、まだ発達障害やアスペルガーなどの理解が浸透していなかったんですね。私も障害者手帳を取得することなく、障害者雇用にも切り替えずに、一般枠の雇用のまま、8年間はたらき続けました。