34歳でADHDと診断。
自分らしく生きる上で必要な診断だった。

M.M.さん 30代 発達障がい(ADHD) 精神(3級)

転職活動期間
1.5ヶ月
転職回数
4回
前職
営業職
現職
総務事務職

一般採用枠で4社を経験し現職へ

私は人と会話したり、人と接する仕事が好きです。現職の仕事(総務)は、いろいろな部署の社員の方と関われるので、やりがいを感じています。ルーチン業務だけでなく、少しずつ仕事の領域を広げていき、ITパスポートや基本情報技術者の資格取得を目指し、スキルアップを考えています。

私は昨日より今日、今日より明日、自分自身を「日進月歩」で成長させたいと考えており、安心して長く働き続け、成長できる現在の職場で働けていることに対して感謝しています。

現職の会社へ入社するまでに、私は4社の経験があります。いずれも一般採用枠で入社しました。自分が発達障がいであるということを考えたこともなかったので、病院で受診したことがありませんでした。

大学時代は、インカレの新聞サークルに所属し、他大学の仲間たちと新聞づくりに熱中しました。卒業後は、新卒で大手外食企業(ファミリーレストラン)に入社しました。接客の仕事は好きでしたが、サラダ、丼ぶり、麺類など複数のジャンルを同時並行して作る調理業務(マルチタスク)は、すごく苦手で自分に向いていないと感じ、半年で退職しました。今思えば、発達障がいが理由だったのだろうと思います。


2社目は、新聞サークル時代の仲間が働くIT企業へ転職しました。主に携帯電話のテスターとして約6年働きました。突発的な業務がなく、ルーチン業務がメインでしたので、無理なく続けられました。もともと人と会話することが好きな私は、だんだんとテスターの業務に限界を感じるようになりました。

3社目は個人営業職として大手クリーニング会社へ。 その2年後、ステップアップのため、法人営業職として4社目の自動車部品メーカーへ転職しました。
4社目は地元の中小企業(社員数20名)で、社員一人ひとりの仕事はルーチン業務ではなく、さまざまな業務を担当していました。私は複数業務(マルチタスク)を同時並行することが苦手であり、その結果、会社が求める基準に応えることができず、退職に至りました。

妻からの一言が、診断を受けるきっかけに

4社目を退職したとき私は34歳でした。結婚しており、子どもは1歳で、妻は育児休暇中でした。きっと不安な思いにさせたと思います。
実は、妻が保育士で、職業柄、発達障がいの知識を持っていました。普段の私の行動から、発達障がいの可能性を感じていたようです。妻から「一度病院へ行ってみたら?」と言われ、妻を信じてその言葉を素直に受け入れました。
病院へ行くとADHDと診断されました。それは私が生きていく上で必要な診断であったと今なら思えます

それからは、障がい者採用のセミナーに参加したり、転職活動の情報収集を始め、障がい者専門のエージェントがあることも知り、dodaチャレンジに登録しました。
初めてお会いした担当のアドバイザーの方は、じっくりと私の話を聴いてくださり、希望と適性を考慮した企業を紹介してくれました。
同士のように私の人生に寄り添い、一緒に考え、支えてくれたので、私もしっかりと自己分析や企業分析の準備ができ、最後まで頑張ることができました。

メッセージ

障がい者雇用は、企業の採用担当者も手探りであると感じました。入社して実際に業務を任せてから具体的な配置を考えたり、業務を配分するケースも多いです。それは障がいの状況が個人によって異なるため、個別に応じた対応が必要であると理解しています。
私は、企業が自分に何を期待しているのか、入社後のビジョンを知りたかったので、入社前に入社後のイメージをを持つための準備が最重要だと考えました。自己分析だけでなく、アドバイザーの他己分析を参考にさせていただき、できることや得意とすることの棚卸しを入念に行い、面接に臨みました。
しっかり準備した分、結果として自分が納得できる転職ができ、入社後も自分が成長し続けられる仕事環境をつくり出せていると自負しています。