エグゼクティブ・コンサルタントの中野聡です。この仕事を始めて約8年、年間800名~1,000名のキャリアカウンセリングを行ってきました。その中で常日頃、「さすがはエグゼクティブだ」と感じ入ることの多い「仮説の確かさ」について今回はお話しします。
エグゼクティブクラスの転職は、転職先の事業に与える影響もキャンディデート(転職者)自身のキャリアにとっても、非常にインパクトの大きい意思決定です。その成否を分けるのは、3つの要素から成る「仮説力」ではないかと私は考えています。
1つ目は「現状把握の精緻さ」です。
優秀なエグゼクティブは、あたかもその企業に転職したかのようなシビアな視点から、転職候補企業の事業環境を入念に把握します。その企業・事業の沿革、市場・競合分析、組織風土などを精緻に捉えた上で現状の事業課題と解決の方向性を仮説立て、自身のどんな能力が活かせるのかまで想定し、企業との面談に臨まれるのです。ご自身で調べられる情報では足りないと判断すれば、私たちに情報を求めたり、「(オファーされたポジションとは別の)○○部門の責任者にも面談に同席してもらえないか?」と要望したりもします。この高いレベルでの現状把握が、「仮説力」のベースにあります。
2つ目は「未来を見通す視野の広さ」です。
優秀なエグゼクティブは未来を想定する際、成功・失敗の両ケースを常に念頭に置き、考えうる要因を実にさまざまな視点からシミュレーションしています。例えば「新規事業の責任者」という案件の場合、順調に事業が成長するケースだけでなく、なかなか目が出ない場合の想定リスク、軌道修正の可能性、さらに事業撤退の判断要素まで、面談に臨む時点である程度想定しているのです。そのため面談では、その仮説の是非や懸念点を具体的に確認することができますし、企業側にもその方の仮説構築力や事業推進力の高さが伝わりますので、結果的に双方の納得度の高い転職となる確率も高くなります。実際、ご入社後に「話が違う」ということをおっしゃる方はほとんどいません。
3つ目は「未来を見通すスパンの長さ」です。
オファーされる役職レベルが高くなればなるほど、求められる成果を出すためには一定の時間が必要です。特に事業創造や組織変革ミッションを担うポジションの場合、3~5年の中長期スパンでコミットする必要がありますが、優秀なエグゼクティブは、事業・組織の現状分析からどの程度の施策や時間が必要か、加えてその期間のご自身の評価や年収までも的確に想定しています。ですから面談でも、企業側とその現実感について具体的に話ができ、リスクを取ってでも転職するかなど冷静な意思決定ができるのです。
これほど幅広く、先々まで精緻な仮説を持って臨むエグゼクティブと対峙することは、私たちコンサルタントにとっては充実した時間であると同時に、私たちの力が試される良い意味でプレッシャーのかかる時間でもあります。ただ単に候補企業を紹介するだけならコンサルタントの介在価値はありませんから、彼らの鋭い質問を想定した上で、予めクライアント企業から情報を入手しておくことを常に心がけています。
例えば以前、ある上場企業の組織変革ミッションを担うポストへの転職サポートをした際には、組織図やプロパー社員比率、現状の変革プロジェクトの進捗状況など詳細な情報をお伝えし、「中野さんはまるで企業の人事のようですね」と言っていただいたことがあります。エグゼクティブたちの仮説に必要な情報を瞬時にお出しできるように、さらに言えば、求められる前にご提供できるように日々努めているのです。