限りある資源である地球上の「水」。この水に対する需要は、世界人口が90億人を超えると予測される2050年には、現在の約2.6倍になるという試算があります。今後、世界的規模でチャンスが広がる水に関するビジネスは、日本においても注目を集めています。高い技術力を武器に、世界に対してアドバンテージを持つ日本の各企業の取り組み、水ビジネスの今後の展望、そしてこれから業界で求められる人物についてレポートします。
「限りある資源の再配分」という水ビジネスの意義
地球上の水は約97.5%が海水、約2.5%が淡水という割合で存在しています。その淡水も8割以上が氷山、氷河、地下水となっていて、地表面にあってすぐに使える水資源は全体の約0.01%しかありません。その水に関する事業には、「水源開発」「工業用水供給」「水の再利用」「上水道供給」「下水道処理」「海水の淡水化」などさまざまなものがあり、これらの事業を水処理プラントメーカーや水道メンテナンスサービス会社、水道コンサルティング会社、総合商社などの企業が展開しています。
限られた資源である水をいかに使うか、それが今日の世界的規模での課題になっています。その水資源の再配分を行う水ビジネスは、リサイクルを含めた地球環境保護の観点からも大きな意義があります。人類が利用できる淡水を供給するためのインフラ事業は、世界的な規模で大きなビジネスチャンスとして注目されているのです。
世界で87兆円規模のビジネス主体が移行しつつある現状
世界における水ビジネスの市場規模は、2007年の36.2兆円から2025年には86.5兆円に成長すると見込まれています。そのうち約85%は上水道供給と下水処理の事業が占めていますが、もともと国や自治体が主体となっていた水インフラ整備の事業を民間企業に委ねるケースが増えてきています。
日本においても同様で、従来は地方自治体が主体となり民間企業に委託する形で上下水道の整備や管理を行ってきましたが、近年は官民連携を意味するPPP(Public-Private Partnership)やコンセッション(公設民営)という概念が強まっています。その背景には、工業用水のニーズ増加に加え、1955年頃に都市化が進む中で整備された上下水道システムの老朽化、人口減少に伴う水道料金収入の減少という現実があります。そこで地方自治体の運営ノウハウと、民間企業のビジネス・技術ノウハウを組み合わせることでビジネスの幅を広げ、安定した事業を行うための体制を作りたいという狙いが、地方自治体にはあるのです。
民間企業からすると日本の水インフラの上下水道の運用を、IoTやAIなどのシステムで管理することで膨大なビッグデータを得ることができます。そのデータの利用や、関連する新規のビジネスなど、水ビジネスに伸び代を感じている企業が多数あり、参入し始めています。
世界水ビジネス市場の分野別成長見通し
- :成長ゾーン(市場成長率2倍以上)
- :ボリュームゾーン( 市場規模10兆円以上)
- :成長・ボリュームゾーン
(上段:2025年・・・合計87兆円、 下段:2007年・・・合計36兆円)
素材・部材供給コンサル・建設・設計 | 管理・運営 サービス |
合計 | |
---|---|---|---|
上水 | 19.0兆円(6.6兆円) | 19.8兆円(6.6兆円) | 38.8兆円(17.2兆円) |
海水淡水化 | 1.0兆円(0.5兆円) | 3.4兆円(6.6兆円) | 4.4兆円(1.2兆円) |
工業用水・ 工業下水 |
5.3兆円(2.2兆円) | 0.4兆円(0.2兆円) | 5.7兆円(6.6兆円) |
再利用水 | 2.1兆円(6.6兆円) | 2.1兆円(0.1兆円) | |
下水(処理) | 21.1兆円(7.5兆円) | 14.4兆円(6.6兆円) | 35.5兆円(15.3兆円) |
合計 | 48.5兆円(16.9兆円) | 38.0兆円(19.3兆円) | 86.5兆円(36.2兆円) |
※世界の市場規模を1ドル=100円で算出(出典)Global Water Market2008 及び 経済産業省試算
世界でのビジネス展開には分業化している事業の統合が課題
世界には水メジャーと呼ばれる巨大民間企業があり、中でもフランスのヴェオリア・エンバイロメント、スエズ・エンバイロメント、イギリスのテムズ・ウォーター・ユーティリティーズは「3大水メジャー」とされています。こうした民間企業が、水源開発から供給、インフラの維持・運営、下水道施設運営までパッケージで提供し、世界各地で国家からの後押しによる事業を展開しています。
日本においては、旭化成、荏原製作所、クボタ、クラレなどの水処理機器関連企業、メタウォーター、日立製作所、JFEエンジニアリングなどのエンジニアリング企業のほか、伊藤忠商事や住友商事、三菱商事といった総合商社など、数多くの企業が水ビジネスに参入しています。これらの参入企業が、日本国内の市場だけなく、海外市場への参入も見据えたビジネスを展開し始めています。
その日本企業は、世界各国の企業と比べて高水準となっている技術力を武器にしています。水を磨く三次処理や漏水防止、下水道汚泥の資源化や海水淡水化技術など、数多くの技術が世界に対して優位性を持っているのです。しかし、日本はほかの国と比べてコストが高いというマイナス面があるのも事実です。水ビジネスで多くの企業に助言を行い、国連テクニカルアドバイザーも務める、グローバルウォータ・ジャパン代表の吉村和就氏は「発展途上国の現地のニーズは、安くてそこそこの商品。それに対して日本の技術は彼らにとってはオーバースペックで、コストが高い。」と日本の水ビジネス企業の課題を指摘しています。
「高い技術力を持つ日本企業が世界に出るには、現地の人材と密にコンタクトを取りながら相手のニーズを的確につかむことです。そのニーズに合わせ、適切な場所に適切な価格でサービスを提供する必要があると思います。そのためには他国がすでに行っているように、国が全面的に協力をして外交的努力を行い、海外への進出を目指すことが大事です。その点でいうと外務省・経産省・国交省は海外への水ビジネス進出を視野に入れてプロジェクトを立ち上げるなど、徐々に取り組みを始めています」
また、分業化している部分を統合するシステム化も今後のさらなる課題だと吉村氏は指摘します。 「データ分析や設備技術など、日本の企業が展開するサービスはセクションごとに分業化されているものがほとんどです。しかし、施設のオペレーションやメンテナンスまですべてを統合したシステムとすることで、オーバースペックなものを排除するなどコストが削減できます。2011年に総合商社の三菱商事、海外石油プラント大手の日揮、エンジニアリング企業の荏原製作所の3社が総合水事業会社の「水ing」(SWING)を立ち上げるなど、各企業の強みを掛け合わせた協業の動きも出てきています。総合力を高めることで世界での競争が優位になりますし、水を主体にして、ITやAI、分析能力や医学的な知識など、さまざまな強みを統合したビジネスも展開できます。世界環境の保護にも寄与できる取り組みが実現するはずです」(吉村氏)
水ビジネス市場における主なプレーヤー
(出典)『図解入門業界研究 最新 水ビジネスの動向とカラクリがよーくわかる本』[第2版]吉村和就・ 著
社会ニーズの高まりから、あらゆる業界経験者に転職成功のチャンス
世界規模での成長が見込める水ビジネス業界では、あらゆる業界の人材が経験を活かして活躍できると言えます。これまでの水ビジネス業界への転職成功事例について、dodaキャリアアドバイザー・新見孝之は次のように語ります。
「発電設備や工場、プラントでも、モノをつくる、あるいは加工する際には必ず水が使われます。そして、使った水の処理という工程が必ず発生しますので、そうした仕事経験のある方は、水処理に関して何かしらの経験を活かせることが多いです。一見、今までの経験に水ビジネス業界との親和性がなさそうに見えても、その業界で活躍できる可能性がある方は結構いらっしゃいます。具体的な例としては、プラント業界の経験者、工場設備の管理や保全といった業務経験者の場合、その経験を活かして水処理事業を行う企業への転職をした方もいらっしゃいました。また、設備関連職種に関しては電気設備、機械設備のどちらの経験も、水処理に関する設備設計の仕事などで活かせます。また、化学系の研究開発を経験している技術者も活躍できるチャンスがあります。水をきれいにする、という場合、ろ過や電気分解、化学物質を触媒とした吸着など、さまざまな方法があるため、そのコア技術を活かした転職でステップアップも期待できます。水ビジネスの業界は、これまでは敷居の高い世界として捉えられてきたかもしれません。しかし、近年では水処理や浄水といった事業への需要が高まり、機械や電気、CADのスキル、環境調査・分析、水質検査などの経験を持つ、幅広い人材を求める傾向にあります。社会ニーズに合致して、しかもグローバルなフィールドで活躍できるという魅力が、水ビジネスの業界にはあると思います」
今後さらに活発化していくと予想される水ビジネスの世界。近い将来は、事業の民営化によってITの知識を活かしたシステムの構築ができる人材や、異業界の経験を活かして、水ビジネスの新しいモデルをつくっていけるような人材が必要になってくるでしょう。
市場としての魅力だけではなく、地球環境の保護に貢献できるという意義を感じられるのが水ビジネスの世界。今後のキャリアの選択肢として、日本と世界の水ビジネス業界に注目してみてはいかがでしょうか。
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