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doda Career seminar archive

キャリアーセミナーアーカイブ

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ソーシャルビジネスで働くということのリアル

一般社団法人リディラバ代表理事、株式会社Ridilover 代表取締役
安部 敏樹
国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ 発展戦略・グローバル構想局 ディレクター
趙 正美
PwCあらた有限責任監査法人 公認会計士、評価士
五十嵐 剛志

[概要]

日本のソーシャルビジネス界をけん引するリーダーたちと、さまざまな社会課題に取り組む20の団体が集結したイベントが、2016年11月3日に開催されました。このイベントは、ソーシャルビジネスの事業者連合「新公益連盟」の後援で行われ、第1部では「ソーシャルビジネスの現状と発展の可能性」、第2部では「ソーシャルビジネスで働くということのリアル」をテーマにしたパネルディスカッションを実施。今回は第2部の「ソーシャルビジネスで働くということのリアル」についてレポートします。

[profile]

安部 敏樹氏/一般社団法人リディラバ代表理事、株式会社Ridilover 代表取締役

1987年生まれ。東京大学在学中の2009年に社会問題をツアーにして発信・共有するプラットフォーム『リディラバ』を設立。これまで200以上のスタディツアーを実施し、4,000人以上を社会問題の「現場」に送り込む。2012年、24歳のとき東大教養学部にて社会起業の授業を、2014年度より同大学で教員向けにも講義を持つ。特技はマグロを素手でとること。

趙 正美氏/国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ 発展戦略・グローバル構想局 ディレクター

1974年生まれ。1998年、慶應義塾大学総合政策学部卒。株式会社電通に入社、戦略プランナーとして大手外資系企業などのグローバル・ブランドを担当。2007年からプロボノとして国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチの活動に参加。2012年ヒューマン・ライツ・ウォッチ東京オフィスに職員として加入、2015年7月から現職。現在はファンドレイズ(資金調達)、広報・コミュニケーションを担当する。

五十嵐 剛志氏/PwCあらた有限責任監査法人 公認会計士、評価士

1986年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、PwCあらた有限責任監査法人で金融機関へのアドバイザリー業務などに従事。認定NPO法人Teach For Japanへ出向し、最高財務責任者を2年間務めたほか、一般社団法人ソーシャル・インベストメント・パートナーズへ出向し、ポートフォリオ・アドバイザーを経験。公認会計士の社会貢献を支援するNPO法人Accountability for Changeを創設。

【モデレーター】
石山 恒貴氏/法政大学大学院政策創造研究科 教授

1964年生まれ。一橋大学社会学部卒業後、産業能率大学大学院経営情報学研究科修了。その後、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)取得。日本電気株式会社(NEC)、ゼネラル・エレクトリック(GE)において、人事労務関係を担当。米系ヘルスケア会社の執行役員人事総務部長を経て、現職。人的資源管理と雇用が研究領域。ATDインターナショナルネットワークジャパン理事、タレントマネジメント委員会委員長。NPOキャリア権推進ネットワーク研究部会所属。

ソーシャルビジネスとの関わり

石山
本日の登壇者の皆さんは、ビジネスの手法を活用して社会課題を解決するソーシャルビジネスに三者三様の関わり方をされています。自己紹介をいただく前に、まず簡単に私自身の経歴を説明しますと、法政大学の政策創造研究科で、プロボノを含めたパラレルキャリアについて研究しています。プロボノは、「自身の専門知識や経験を活かして社会課題の解決を行う活動」を意味します。ソーシャルビジネスやプロボノというと、情熱や能力が必要だと思われがちで、興味はあっても踏み出せないという声もよく聞きます。ですが実際は、もっといろいろな人が参加できるものではないかと私は考えています。今日はその辺りの実態も含めて伺っていきたいと思います。

五十嵐
私は企業で働きながらプロボノをしています。大学を卒業後に監査法人で公認会計士として約5年働いた後、仕事と並行してTeach For Japanという教育NPOでプロボノを始めました。そのなかでプロボノ活動が社会にとって重要で、なおかつ自己成長にもつながると感じたことから、会社に対して「NPOに出向させてほしい」と直談判し、それが通って2年間Teach For Japanに出向しました。さらに一般社団法人ソーシャル・インベストメント・パートナーズにも出向した後、現在は元の監査法人に戻り、再び公認会計士として働いています。出向の経験を通して学んだことを会計士の人たちに伝えていきたいという思いがあり、会計士のプロボノを支援するAccountability for ChangeというNPO法人を私自身が立ち上げ、本業と両立させながら活動しています。


国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチで働いています。私は在日韓国人で、15歳のときに自分が難民だと気付くという稀有な体験をしました。それがきっかけで、将来は国連で難民を助ける仕事に就きたいと思うようになりました。大学卒業後は、進学費用を稼ぐためにいったん就職することを選び、広告代理店に入りました。いざ働き始めると仕事が面白くなり、結局14年半、広告をつくる仕事に携わりました。ヒューマン・ライツ・ウォッチを知ったのは入社8年目ごろ。代表の土井香苗が実は高校時代の塾の友人なんです。5年間プロボノとして関わった後、土井からの誘いを受けて職員として加わりました。ヒューマン・ライツ・ウォッチについて少し説明すると、人権侵害の問題を世界中で見つけ、その現場に赴いて調査を行い、メディアを通して世の中に発表する活動をしている団体です。私は東京オフィスで主にファンドレイズに携わっています。

安部
パラレルワークという観点で言うと、私も複数の仕事に関わっています。メインは、代表を務めるリディラバの活動で、社会問題の現場に実際に訪れるツアーを提供したり、社会問題を配信するオリジナルメディアを運営したりしています。それと19歳から5年ほど、オーストラリアとギリシャでマグロをとる仕事をしていました。またこれまで、東京大学で社会起業について教えたり、教員向けの講義を持ったりもしています。話をリディラバに戻すと、活動は私の原体験に基づいています。私は中学時代、家庭で事件を起こして家から追い出され学校にも行かず町でタバコを吸ってるような非行少年でした。大人は誰も声をかけてくれず、世間の人は冷たいな…と感じていました。その後、いろいろな出来事を経て社会復帰したのですが、大学に入ってから人権侵害や社会問題について学ぶなかで感じたのが、やはり「無関心」の構造でした。どうすれば関心を持ってもらえるのか知恵を絞り、その仕組みを事業にしようと立ち上げたのがリディラバです。「興味・関心の壁」「情報の壁」「関与の壁」の3つを乗り越えることを目指して事業を展開しています。

自身の原体験から、社会問題への「無関心」について語る安部氏

ソーシャルビジネスに挑戦しようとした理由と、やりがい

石山
皆さんはどのような経緯でソーシャルビジネスに関わることを決めたのでしょうか。不安や迷いはなかったのかも含めて教えてください。

五十嵐
気付いたら始めていた、というのが正直なところです。Teach For Japanの代表である松田さんの話を聞いて、協力したいと声をかけたのが最初でした。すべての子どもたちが素晴らしい教育を受けられる社会の実現を目指すTeach For Japanのビジョンに共感したのです。何が得意かを聞かれ、「私は監査法人に勤める会計士なので、会計ならお手伝いできるかもしれません」と答えてプロボノが始まりました。その後、出向させてほしいとCEOに直訴した際には、周りからは「無理だよ」と言われたのですが、私自身は不可能だとはまったく考えなかったですね。20代半ばで経験も浅かったので、リスクを考えずに提案できたのかもしれません。加えて、周囲の理解や協力があったからこそ実現できたのだと改めて感じます。

安部
もともとリディラバは大学時代に始めた団体で、ボランティア600人で運営していました。事業化することを決めたのは、もしも社会の無関心の問題を自分が解決できたなら、それは確実に人類史に刻まれるはずだと思ったからです。というのもこの問題は、民主主義ができて以来、人類が敗北し続けてきた課題の一つだからです。民主主義というのは、自分に関係ないことについてもみんなで制度を決めましょう、という仕組みです。例えば子どもの貧困のことを扱うとなったら、みんながその問題について知っていることが前提となります。ところが実際はそうではない。みなさんあらゆる社会的論点について十分に意見を持っているとは言えないでしょう。なのに意思決定をしなければいけない。そこに矛盾をずっと感じていたんです。起業に際して、リスクはまったく意識しませんでした。いざとなれば、マグロをとって生きていける(笑)。リディラバで正社員を採用して1年ほどですが、やはりボランティアとはコミットメントの度合いがまったく違っていて、事業化して良かったと思います。


会社に入って7、8年が過ぎたころから「今の仕事をこのまま続けていくと、この先こうなっていくんだな」というのが見えてしまったんです。仕事は面白いし、給料も悪くない。ただ、一生を賭けてやりたいことなのかを自問したときに、違うなと感じました。それが一気に表面化したのが2011年の東日本大震災です。そのときすでにプロボノを始めていましたが、震災を経験して「明日死ぬかもしれない」と感じたときに、18歳のときにやりたかったことに挑戦してみようと気持ちが固まっていきました。加えて、その当時のハードな働き方をこの先いつまで続けられるか、体力的な不安が募っていたことも影響しました。

ソーシャルビジネスにチャレンジした理由を語る趙氏

ソーシャルビジネスの実態

石山
実際にソーシャルビジネスの世界に入ると、生活はどう変わるのか、収入面はどうか、というのは会場の皆さんも気になるところでしょう。五十嵐さんはプロボノということなので、収入面で特に変化はないかもしれませんが、労働時間や生活の質の点で何か変化はありましたか。

五十嵐
生活の質は間違いなく上がりましたね。「忙しい」は漢字で心を亡くすと書きますが、その意味では、仕事をしている時間は長いかもしれないけれど、忙しくはない、というのが実感です。なおソーシャルビジネスの業界に転職しても、給与が下がらないケースは増えてきているように思います。ただもしも待遇面での不安が先に立つようなら、その団体には入らない方が良いかもしれません。自分の人生を一つのミッションに捧げるのは良いと思いますが、一つの組織に捧げてしまうのはやはりリスクが伴います。生活の基盤を確保しておくことは、安心感につながり、コミットの仕方も変わってくると思います。まずは3カ月や半年など、期間を区切って始めてみるのも良いのではないでしょうか。現場を自分の目で見ないと、分からないことも多くあるからです。


私の場合、前の勤務先の給料が高かったこともありますが、転職を機に収入は約半分になりました。転職前からそれは分かっていたので、収入が減ることで何ができなくなるか、あらかじめいろいろ計算しました。先に会社を辞めて独立した先輩にも話を聞いたのですが、その人がくれたアドバイスが「生活をいろいろと変えなければならないとしても、自分が『ひもじい』や『さもしい』と感じるような変化は避けなさい」というもの。このアドバイスはとても役立ちました。引越しをする際も「家賃が払える部屋」にランクを落とすという考え方ではなく、発想を転換して、会社からは遠くても海が見えて「ここ素敵だな」と心から思える住まいを選びました。つまり考え方一つで、生活の質は上げられるということ。以前はまったくなかった自分の時間も持てるようになり、その意味では転職前よりも豊かな生活を送れているかもしれません。

安部
リディラバの社員について言えば、正直なところ多くの人は転職前より給料は下がっていると思います。私は経営者として、社員やスタッフの給料を一部上場企業の水準と同等かそれ以上に高めることも社内的な目標としていて、これを達成するまで私自身は組織からお金をもらわないと決めています。ソーシャルビジネスにこれから携わりたいと考える人に知っておいてほしいのは、社会が抱える問題というのは、基本的にお金になりにくいということ。だから解決が進まず社会問題となっているのです。それをビジネスにしていくことは、当然ながら楽ではありません。それを認識した上で、自分自身のスキルを磨きつつ、自ら価値を生み出していこうという気概は大切だと思います。

モデレータの石山氏

石山
ソーシャルビジネスは、キャリアパスがよく見えないという質問も多く受けます。そこで最後に、皆さん自身のキャリアパスについてお伺いします。ソーシャルビジネスの中でキャリアを発展させていくのか、あるいはまたビジネスに戻ることもあるのか。今後のキャリアの展望を聞かせてください。

五十嵐
前提として、キャリアというのは誰かの真似ではなく、自分で考えて描いていくものだと私は考えています。NPOで2年間働いている間も、この経験を今後どう活かせるか、それこそ眠れないくらいに考えました。そして監査法人に戻った今、社会的インパクト評価や社会的インパクト投資など新しい領域にチャレンジしています。従来なら「仕事にならない」と言われていたような領域で、自分にしかできないこと、自社にしかできないことを見つけ、ビジネスとして実現していく。その過程は、言いかえれば、自らのミッションや強みとは何かという問いに向き合い続けることでもあります。考え抜いて、行動して、また考えてを繰り返すなかで、おのずと自分だけのキャリアは描けると思います。


ヒューマン・ライツ・ウォッチは国際NGOなので、全世界にオフィスがあります。今私は東京オフィスでファンドレイズを担っていますが、この先のキャリアパスとしては、アジア統括のポジションが考えられます。またそれとは別に、自分自身でやってみたいソーシャルビジネスのアイデアも温めていて、将来的にそれにチャレンジしたい気持ちもあります。とはいえ現時点では、ヒューマン・ライツ・ウォッチの仕事も団体自体も非常に好きなので、当面は今の仕事に一生懸命取り組みたいという思いが強いですね。

安部
将来展望という意味では、社会における無関心の構造というのは世界中にあるので、リディラバの事業を海外にも広げていきたいと考えています。キャリアの観点からリディラバにこれから加わる人に対して私が一つ約束できるとすれば、「リディラバで積んだ経験は、ほかのどこに行っても通用する」ということです。我々の持つ社会課題に関心を持ってもらおうという理念は、おそらく誰もが正論だと感じることです。でも正しいことは、往々にして力負けしやすいものです。そのため正論を通そうとするならば、それに関わる人間は強くなければいけない。修業の場という意味でも、ソーシャルビジネスに関わることで得られるものは大きいはずです。

石山
ソーシャルビジネスの実態について、かなり本音で語っていただけたと思います。これからの生き方・働き方を考える際に、ソーシャルビジネスは、自分を高めていくインフラとしても大きな価値があると改めて感じました。今日はありがとうございました。

<学びのポイント>

・ソーシャルビジネスに関わることによって自分の人生を賭けたいと思うほどのやりがいを得られる。

・環境は変化しても、考え方一つで豊かな生活を送れる。

・期間限定でも良いので、興味があるソーシャルビジネスに飛び込んでみることが新たなキャリアの可能性を開く。

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