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では、見つけた「汎用的な強み」を三氏はどう育て、実績にしていったのか─。
「街づくりは仕組みづくりと言っても過言ではないですね」川路氏
川路氏が入社6年目に携わった大規模マンション開発。数百億円のプロジェクトながら、川路氏を含めわずか2名で担当した企画開発チームは上司から「好きにチャレンジしていい」と言われた。この時川路氏が企画したのが全戸から海が見える日本初の3mバルコニーや趣味の空間などに使える約16m2の離れだ。発想の豊さが目立つが、この発想が生まれた裏にはたくさんの「整理」や「仕組み化」があったという。「よくアイデアマンのように見られるんですが、ゼロからイチを生み出すことなんてそう世の中にないと思っています。物事を整理して、組み合わせたり削ぎ落とす。それだけを重視しています」。
大規模不動産開発には、膨大な仕様の決定が必要になる。街づくりのコンセプト設計に始まり、細かくはどんな電気・ガス・水道などインフラ設備を採用するか、基礎の設計方法、各戸の間取り、壁・床材の種類─。建てて終わりではなく、管理・運用の仕組み作りやマニュアル作成など仕事は多岐にわたる。膨大な情報と選択肢をまとめ、何を研ぎ澄まし、どう効率化するかが腕の見せどころだった。「このマンションのコンセプトは"家族の絆"。バルコニーも、普通は家ごとの仕切りは真っすぐだけど、海が見えたら素敵だなという思いから景観と機能の両立を考え、仕切りを斜めにして全戸から海が見えるようにしました」。どんどんチャレンジしろと言われて好きなように考え、行動した結果、販売センターへの来場者は6,000組を突破。倍率3倍で全戸が完売したという。
大石氏はさらに自由な環境に身を置いた。アクセンチュアは2年で退職。学生時代に関わった就職支援サービス「ジョブウェブ」を法人化し起業。事業の方向性を最終決定する1人として、サービスやシステム、インフラの企画・設計を中心に文字通り「好き勝手に」やった。このサービスの企画開発でIT領域の知見を深めるとともに、就職支援サービスを提供することでその後の活動の核となる「生き方論・キャリア論」を育てていった。そして起業から4年が経過し、社員数が15名ほどに成長した段階でジョブウェブを辞し、著述家やフリーのコンサルタントとして独立。基本的には、やりたいことを形にする、その繰り返しで会社を作り、事業を作り、本を書いてきた。活動の幅は年々広がり、最近はオンラインサロン「ノマド研究所」を主宰。世界中から参加する350名ほどがビジネスやライフスタイルについて皆で考え学ぶ緩やかなコミュニティとなっている。
「理解できないけどお前に任せる、って言える上司はなかなかいないと思います」松岡氏
松岡氏は3年滞在したアメリカから帰国後、Webデザイン事業を立ち上げる。当時日本のWebはテキストサイトが基本で白黒のページがほとんど。より良い見せ方で伝えたいというニーズが絶対ある、日本のWebは5年後10年後もっと成長する、と「大きな未来を描き」上司にプレゼン、事業部を立ち上げた。ただ上司はこの計画の成功に懐疑的だったという。「よう分からん、と言われました。Webデザインなんてデザイナーの感覚で色を付ける遊びのようなものだ、と。でも実はSIと同じ仕事なんです。顧客の目指したい姿や伝えたいことを聞いて、要件定義をしてWebを設計する、受注後はプロジェクトを管理し納期通りに制作する。だから自分が考えている仕組みはSIと同じだと懸命に伝えました。それでもなお懐疑的だったんですが、『分からんけど、お客さまも喜んでるしお前に任せるわ』と言ってくれたんです」。上司の懐の深さを感じるとともに、絶対に成果を出さなければと心に誓った瞬間だった。結果的にWeb事業は飛躍的に成長。現在はNRIネットコムのメイン事業になっている。その後も松岡氏は「大きな未来を描き」続けた。週に10件は新しい事業や仕組みを提案。その中には当時は誰もイメージすらできなかったクラウドの構想も含まれている。さまざまなデジタルマーケティングを成功させ、そして2009年にFIXERを起業する。
エグゼクティブの「芽」の開き方は三者三様だが、共通するのは30代に入った三氏が皆、大きな裁量を与えられたということである。大石氏は3年目には起業。企業に属する、いちコンサルタントから経営者となり、以後マネジメントを受けることはなくなるが、自身の決断で行動できる場の存在は川路氏・松岡氏と等しい。エネルギーがあり、自分が思う方向に1人でも走ることのできるエグゼクティブは、自己決定できるフィールドさえあれば、勝手に経験値を積み勝手に能力を高めていく。マネジメントの役割としては、伸び伸びと「任せ」、自己決定の経験を増やすことのようだ。
エグゼクティブ三氏のキャリアとマネジメントを取材する中で、共通点がいくつか見えた。それは「そもそもエネルギーや自信などのエグゼクティブ予備軍としての素養」があり、その上で「自分の価値を見つけるための複数の環境があった」こと、そして「見つけた能力を最大限に活かし、経験値を積むための、自己決定のフィールドがあった」ことだと考える。言ってしまえば、マネジメントをしなくても勝手に走れるエグゼクティブたち。成長のスピードを加速させる「走りやすい環境」を引き寄せるか、これがエグゼクティブとして花開くための大きな要因なのではないだろうか。