放送作家の高須光聖さんがゲストの方と空想し、勝手に企画を提案する『空想メディア』。
今回のゲストは放送作家の樋口卓治さんです。放送作家としてだけでなく小説家・脚本家としても活躍する樋口さん。今回は樹木希林・内田裕也夫妻を描いた最新作『危険なふたり』(幻冬舎/2023年4月発売)についてたっぷりと伺いました。小説が完成するまでのウラ話や希林さん・裕也さんとの思い出話など、貴重なお話が満載の前編をお楽しみください。
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樋口卓治(ひぐち・たくじ) 放送作家、小説家、脚本家。
放送作家として『笑っていいとも!』など多数担当。小説『危険なふたり』を2023年4月に発売された。 -
高須光聖(たかす・みつよし) 放送作家、脚本家、ラジオパーソナリティーなど多岐にわたって活動。
中学時代からの友人だったダウンタウン松本人志に誘われ24歳で放送作家デビュー。
ボツになるかもしれない。迷いの中で書き切った遺族も納得の1冊
高須:樋口君また本を出したんですよね。これで何冊目?
樋口:これで6冊目ですね。
高須:すごいね。1作目の『僕の妻と結婚してください。』を書いたのは何年前?
樋口:10年ちょっと前ですね。放送作家をやって35〜36年目で、作家はやっと10年経った感じです。
高須:このまま書き続けるとキャリアの半分ぐらいが小説家になりそうだね。そもそもなんで小説を書こうと思ったの?
樋口:何か作品を残したいという思いがあったのと、会社(※)を作ったときに売るものがなかったところ、社長の伊藤滋之さんに「じゃあ小説書いてみたら?」と言われて書きはじめました。
※樋口さんが取締役を務める株式会社タイズブリックのこと。
高須:じゃあ伊藤さんに言われなかったら…。
樋口:書いていなかったですね。あのころは忙しさのほうが勝っていたから。
高須:そのころはまだたくさん放送作家がいて、テレビのレギュラー番組もすごいやっていたからね。『僕の妻と結婚してください。』のストーリーはすぐに思いついたの?
樋口:そうですね。あのころは本当に忙しかったじゃないですか。それで「この忙しいまま死んでしまったら、家族は“あの人は普段何をしていたんだろう”と思うだろうな」と思って。そういうことも含めて、ちょっと死生観を書いてみようかなと思って書きはじめました。
高須:今回の6作目はこれまた違った不思議なファンタジーですね。今回の本のタイトルは?
樋口:『危険なふたり』といいます。
高須:これはどんな内容?
樋口:ずっとホームドラマを書きたいと思っていたバツイチの売れない脚本家に、ホームドラマを書かないかという依頼が来るんです。願ってもないチャンスだと思って飛びつくんだけど、「主人公はもう決まっている。樹木希林さんと内田裕也さんだ」って言われて。「結婚してすぐに別居しているホームドラマにそぐわない夫婦じゃないか! そんなの書けない!」っていうところから始まるんですよ。それがひょんなことから、希林さんと一緒にホームドラマを書きはじめるっていうお話です。
高須:なんか不思議なことになってくるんだね。書いている最中に樋口君から話を聞いて、面白い設定だと思ってたけど、よく書き切ったね。
樋口:最初は迷っていたんですよ。希林さんと裕也さんを実名にしたらやばいんじゃないかと思って。でも架空の名前にして、読む人が読めばあの二人だと分かるのもちょっと変だし。それで企画書を書いて内田家に問い合わせようかという話になったけど、企画書だったら絶対通らない気がしたんですよね。それで一回小説として書いてみようかという話になって。
高須:それで最初から書きはじめたの?
樋口:全部書きました。「もしかするとボツになるかもな」って思いがよぎりながら。
高須:うわ、すごいな。ある程度の内容を書いたプロットを出そうとは思わなかったの?
樋口:中途半端に書いて断られるんだったら、全部書いて断られたほうがいいなと思って。
高須:もしも断られたらどうしてた? 見せた後だと名前を変えて、希林さんと裕也さんではない設定で書くこともできないよね?
樋口:断られた話を飲み屋でこぼすぐらいだったかもしれない。初めて原稿を見せたとき、(内田夫妻の娘の)也哉子さんはロンドンにいらっしゃったんです。原稿を也哉子さんの事務所に預けたんですが、休暇中だから読んでくれるか分からないと言われて。
なかなか返事が来なかったので、「本を一冊読ませるなんて、酷なことをしたな」とか「読んでいる途中で飽きていたらどうしよう」なんていろいろな不安がよぎりました。でも1カ月後に「とても良いと思います」という返事が来て。
高須:へえ! よかったね!
樋口:しかも、いろいろなアドバイスをくれたんですよ。「私だったらフランス映画みたいな終わり方がいいですね」とか。お会いしたこともないけれど味方ができたような気になって。フランス映画もいっぱい見ました。
高須:それでフランス映画のように結末を変えたの?
樋口:最初の終わり方は、ハリウッド映画のようなド派手な終わり方だったんですよ。それをフランス映画のような、少し寂しい感じにしました。その結末のほうがいいと思ったので、ヒントをくれてすごくありがたかったですね。
亡くなった今だから想像できる。存在感が強すぎて言葉がいらない、内田夫妻のロックな生き様
高須:希林さんと裕也さんにお会いしたことはあったの?
樋口:昔あったカノックスという制作会社でコントの台本を書いていたんですよ。そこにいきなり革ジャンを着た男たちが10人ほど現れて、「コピー機借ります。よろしく!」って言ってきて。見たら裕也さんがカノックスのコピー機で台本をコピーしていたんですよ。前の映画がカノックスで台本をコピーして賞を獲ったそうで、験を担ぎに来たみたいです。
高須:すごいね。嵐のように来て嵐のように去って行ったのが裕也さんだったと。俺、裕也さんに『笑ってはいけない』※シリーズに出てもらったことがあったんだよね。でも“新おにぃ”っていう素人のおっちゃんみたいな人と一緒にやらせてしまったのね。そうしたら裕也さんが途中で「なめてんのか俺を!」ってものすごい怒り出して。面白かったけどね。
その仕事を裕也さんが引き受けてくれたときに、ディレクターとプロデューサーが「裕也さんはどんな仕事でもロック(69万円)で引き受けてくれるらしい」って喜んで話してたの。「え! 今回すごいドラマ撮るけど、それもロック(69万円)でやってくれるの?」って聞いたら「多分ロック(69万円)だと思います!」って。全然違ったけど。
※高須さんが担当するバラエティ番組『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』の年越し企画シリーズのこと。
高須・樋口:笑
高須:サラーッと+αしていった。
樋口:ロックンローーールまで行ってる(笑)。
高須:全然ロックちゃうやんと思った(笑)。でもいいものが撮れたからね。裕也さんは怖い人っていうイメージだったけど、ちゃんとお話はしていないから、一回ちゃんとお話を聞きたかったなぁと思うよね。希林さんとは会ったことある?
樋口:希林さんとは1度、北海道のイベントのときに打ち合わせで会ったことがあります。ちょっと怖かったんですよね。希林さんが怖いんじゃなくて、見透かされている感じがして。
高須:分かるわぁ。二人に関するいろいろな資料を読んだって言っていたけど、今回の『危険なふたり』の中ではリアルな希林さんの姿を描いているの?
樋口:希林さんの家の中って禅寺みたいなんですよね。センスも良いし。
高須:センスいいよね。きれいやもんね。
樋口:小説では、主人公は希林さんとあの家で一緒に暮らしているんですよ。
高須:あそこで!? 面白いな。
樋口:そこで話ができては、希林さんに「つまんない」って言われるような毎日を送るんです。和尚さんと小坊主みたいな感じで。
高須:なるほど。また希林さんが生きていたらそんなことしそうな人やしね。
樋口:あて書きしているようにセリフがどんどん出てくるのが不思議でしたね。
高須:なんか「希林さんだったらこう言いそう」っていうイメージがあるもんね。
樋口:おうちに記者会見場があるんですよね。
高須:あの家の中にあるんだ。
樋口:あるんですよ。何かあるとそこに記者たちが集まるんです。希林さんがツカツカとやってきて話すんですが、寂聴さんの説法を聞いているみたくなって、リポーターたちもニコニコしながら聞いているんです。
高須:家に入れてもらったらそれはうれしいよね。
樋口:しかも話が面白いし。裕也さんが勝手に離婚届を出した時※のインタビューとかすごいかっこいいんですよ。裕也さんはちょっと真顔になっている感じで、希林さんからは余裕が感じられて。
※離婚訴訟の結果、樹木希林さんの勝訴により離婚が不成立となった。
高須:希林さんとも一回ちゃんと話したかったね。亡くなられたからこそ樋口君も本を書こうと思ったんだろうけど。
樋口:でも、お元気なときにあの二人の話を書いてみようなんて勇気ありました?
高須:ないない。そんなのあり得へんよ。
樋口:ぼくもそのときは1秒も考えていなかったです。
高須:亡くなられたから二人の話を想像できるようになったけど、ご存命のうちはそんな気になれなかったよね。どんな言葉よりもあの二人の存在感が強いから。存在がなくなったから書けるようになったんだろうね。
樋口:「わずか3カ月で別居して40年以上も別れなかった夫婦」っていう希林さんと裕也さんの関係性を文字にすると、すごいミステリーなんですよね。
高須:そうだね。すごいな。
原動力は内田夫妻のお導き?構成なしで書き上げた型破りな執筆方法
樋口:今までの作品はストーリーを考えて書いていたけど、今回初めて「どうやってこの二人を描こう」と考えて書いたかもしれない。
高須:ストーリーや展開を優先するよね。今回の『危険なふたり』はあまり展開を考えずに一気に書けたの?
樋口:今回は一気に書いて、最初から何回も何回も直した感じです。
高須:最初から⁉ すごいね!
樋口:だから書いたというより、“今日で何回目の直し”みたいな感じでした。
高須:すごいな。一応プロットも書いた上で本番を書きはじめたの? それともいきなりズドーンと全部書いたの?
樋口:ズドーンですね。
高須:ええ!? なんとなくのオチというか、自分の中でのストーリー展開は見えていたの?
樋口:いや、全然分からなかったですね。
高須:ええ!? それで書き出したの?
樋口:小説の中で主人公が作るホームドラマの中身まで書くか、中身は読者に想像してもらうかをずっと迷っていたんですが、書いているうちに中身も書けるようになってきて…。不思議でしたね。導かれているような感じがしました。
高須:なるほどね。すごく映画とかドラマ向きの話のような感じがするんだけど、どう? まあ、希林さんと裕也さんの役を誰がするかが問題だけど。
樋口:そこですよね。やる人がいないんじゃないかと思いますけど。
高須:裕也さん役をお願いしますって言われた役者は結構勇気いるよね。あの役できるかな? ロッケンロール!って。
樋口:裕也さん役の候補だけはちょっと頭にあったんですよ。希林さん役が難しいかもしれないですね。映像化されるなんてまだ全然決まってないですけど。
高須:映像化されたら面白いね。いやすごい。よく書き上げたなあ。
樋口:ありがとうございます。
――次回も引き続き樋口卓治さんをゲストに迎え、仕事への考え方やマイルールなどをたっぷり語っていただきます。お楽しみに!
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