放送作家の高須光聖さんがゲストの方と空想し、勝手に企画を提案する『空想メディア』。
社会の第一線で活躍されている多種多様なゲストの「生き方や働き方」「今興味があること」を掘り下げながら「キャリアの転機」にも迫ります。
今回のゲストは、前回に引き続き音楽家のTOWA TEIさんです。「仕事は断るもの」と考えているというTOWA TEIさん。そこには表現者であるTOWA TEIさんだからこそのある理由がありました。前回同様、2023年3月に亡くなられた坂本龍一さんとのエピソードを交えながら、キャリアの転機や仕事に対する思いを語っていただきました。
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TOWA TEI 1990年にアメリカのハウス・ダンスミュージックグループDeee-Lite(ディー・ライト)のメンバーとしてデビュー。ディー・ライト脱退後は日本を拠点にDJ、音楽プロデューサー、アーティストとして活動。
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高須光聖(たかす・みつよし) 放送作家、脚本家、ラジオパーソナリティーなど多岐にわたって活動。
幼なじみだったダウンタウン松本人志に誘われ24歳で放送作家デビュー。
TOWA TEIさんのキャリアの転機|きっかけは妻の一言。新たなキャリアへ導いてくれた坂本龍一さんとの別れ
高須:テイさんにとってのキャリアの転機はいつですか?
TOWA TEI:ニューヨークに行ってDJになりたいと思ったのもそうですけど、今思うとやっぱり日本に帰ってきたときですね。子どもができて、日本に帰ってきて、吉本(興業)に入ったとき。
高須:まったくもって違う人生ですよね。ニューヨークでのディー・ライトとしてのきらびやかな世界からもう一回日本に戻るなんて、多分初めのころは思っていなかったでしょうしね。
TOWA TEI:まあ何も考えていなかったというか。バンドやDJをやろうとも思っていなかったし。
高須:お子さんが生まれたのも大きいですよね。
TOWA TEI:あ、それですね。30歳で子どもができたときに、奥さんが「私は帰るけど、あなたはどうする?」って言ってきて。
高須:奥さんが帰るって言い出したんですか?
TOWA TEI:そうです。「好きにすれば?」って言われて、「いやぼくも帰るよ」と(笑)。
高須:「なんで俺一人だけこっちにいるんだ」って?(笑)
TOWA TEI:だから子どもが生まれた1995年の4月。そこらへんが転機ですね。
高須:じゃあ流れとしてはGEISHA GIRLS※で曲を作ったことで日本での活動を意識して、お子さんが生まれたことで日本に帰るタイミングだと思った感じですかね?
※坂本龍一さんがプロデュースし、テイさんも制作に携わったダウンタウンの音楽ユニット。
TOWA TEI:ですかね。でもGEISHA GIRLSのときは帰国するとは思っていなかったです。教授(坂本龍一さん)が忙しくなかったらぼくに一曲任せてくれなかったわけで。そういう意味では教授に感謝しています。
高須:そうですね。ぼく、GEISHA GIRLSのアルバムをレコーディングするときに1週間ぐらい教授と一緒に過ごしたんですよ。教授と2人でご飯を食べるときも結構あって、すごくいい経験でした。
TOWA TEI:蜜月ですね。
高須:YMOも大好きですし、坂本さんも世界的にどんどん評価されている最中で。そんな方とニューヨークで一緒に食事に行ってお話しさせてもらって。名前も覚えてもらえて、ぼくも“教授”と呼ばせていただけるようになって。1週間ずっといろいろなお話をさせてもらえてすごく楽しかったですね。教授のライブにも呼んでいただいて、『HEIY!HEY!HEY!※』にも出演していただきました。でもその後何年も教授と会うことはなかったんですよ。
※1994年から2012年まで放送されていたダウンタウン司会の音楽番組。高須さんが構成を担当していた。
TOWA TEI:あ、そうですか。
高須:最後にお会いしたのは大瀧詠一さんのお別れ会※かな。大瀧詠一さんとはラジオに遊びに来ていただいて以来、仲良くさせてもらっていたので、亡くなられたときにお別れ会に呼んでいただいたんですよ。そのときに教授が声をかけてくださって、久々にお会いしました。すごいうれしくて。「元気ですか?」って聞いたら「おお、元気だよ」ってそのときはおっしゃっていたんですけどね。
※大瀧詠一さんお別れ会は2014年3月に行われた。
TOWA TEI:そっか…。
高須:テイさんはどうでした?
TOWA TEI:ぼくは5年前かな。五木田(智央)君っていう絵描きがいて、ここのところ彼の追っかけをやっていたんですよ。
高須:え? テイさんが?
TOWA TEI:はい。ニューヨークにもロンドンにも香港の個展にも付いていって。で、「明日オープニングパーティーがあるからニューヨークに来たんです」って一応連絡したら「じゃあ五木田君と一緒にご飯食べましょう」ってなって。でも五木田君に「教授が飯食おうって言っているよ」って言ったんだけど、プロレスが大好きな人だから「アマチュアプロレスを見に行く予定がある」って断っちゃったの。
高須:ええ!? おお…、プロレスのほうが大事なんや(笑)。
TOWA TEI:教授にはまたいつでも会えるような気がしたようで。彼は会ったことないんですけどね。それで、ご飯を食べて。教授はちょうど最初のがんが寛解したころで、大好きなお酒も軽いものを1日1杯しか飲めない感じだったから、その席ではスパークリングワインをなめるようにちびちびと飲んでいました。そのときはいろいろお話ししましたけど、その後はメッセンジャーでたまに連絡を取るくらいで。1月17日が教授の誕生日なんですけど、その前に(高橋)幸宏さんが亡くなられて。
高須:そうなんですよね。幸宏さんが亡くなられたことを教授はどう思っていたのかなと思っていて。
TOWA TEI:まあ教授も大変なのは知っていたんで。それでちょっと自分勝手ですけれども教授に「お誕生日おめでとうございます」って言いたくなっちゃってメールしたんです。発売されたアルバムをTSUTAYAで買ってきて、「我慢できなくて買ってきました」って送ったらすぐにレスがあって。それが最後ですね。
高須:ぼくもテイさんと会えたのは教授がきっかけなので。教授がいなかったら今この番組にも来てもらっていないし、ダウンタウンとのコラボレーション自体なかったんで。あのころに教授がダウンタウンのことをおもしろいって言ってくれたことで、ダウンタウンに “箔”が付いたんですよね。世間がダウンタウンを「ひょっとしたらすごいのかも」と思うようなきっかけを作ってくれたのが教授なんですよ。
TOWA TEI:ダウンタウンも「世界のサカモト」って言っていましたからね。ダウンタウンが言うからおもしろかったんじゃないですか? うれしかったと思いますよ、教授もね。
高須:そうだね。お互いね。そうか、じゃあテイさんもここ何年かはそんなに教授と会われていなかったんですね。ニューヨークで少しでも会えてよかったですね。
TOWA TEI:そうですね。
仕事のマイルール|「仕事は断るもの」依頼されるのではなく自分のワクワクを形にしたい
高須:仕事のマイルールを毎回ゲストの方に聞いているんですけど、テイさんは何かありますかね?
TOWA TEI:好きな言葉は4文字だと「不労所得」なんですけど。
高須:それは誰でも好きですよね(笑)。
TOWA TEI:まあ、好きよね(笑)。4文字じゃない言葉だと、ぼくは「仕事は断るもの。仕事はつくるもの」と思っているんですよね。
高須:なるほどね。でもぼくもそれ近いな、意外と。自分で考えたものを仕事にしたいので、思いついたことを具現化しているほうが楽しいですよね。
TOWA TEI:ですよね。やってくれって言われるよりも。
高須:これはお金がいいからやるっていうのはなんか楽しくないんですよね。頭に浮かんだものを「あ、これはやったらすごくなるかも」っていうワクワクを持ってやりたいなと思うんです。
TOWA TEI:そうそう。そうやって思いついたことをやっているのを見て「ああいうのをやってください」って依頼されるのはいいんですけれども…。(自分のアイデアが元ではない依頼は)器用じゃないっていうのもあるんで…。
高須:そうですかね?
TOWA TEI:うん。自分は特殊音楽家だと思っていますよ。
高須:カセットじゃないですか? やっぱり。
TOWA TEI:カセット?
高須:テイさんはやっぱりカセットからですよ。
TOWA TEI:カセットの人(笑)。
高須:カセットの人(笑)。テイさん覚えてます? お互いまだ若いときにテイさんに質問したこと。「ぼくらがお笑いのものをつくると、誰かを傷つけてしまうときがあるんです。いいものを作っているのに人を傷つけてしまうってどうなんですかね?」って聞いたんですよ。
TOWA TEI:そんなこと聞かれましたっけ?
高須:そうしたらテイさん「しょうがないよ」って言ったんですよ。「そこを直そうと思うのはわかるけど、しょうがない。その分、その何百倍も楽しませられる人がいるなら、それはもうしょうがない。そこまですくいきれない。全部は無理だから」って言ってくれたんですよ。
その言葉が結構ぼくの中に残っていて。もちろん今は年齢も重ねたので人を傷つけずに処理しようと思うんですけど、やっぱりどこかでモヤモヤするんですよ。でも「ここまでやるだけやったんだから、それでもし嫌だと思う人がいたらしょうがない」と思うようにしているんですよね。あまりネガティブな意見に引っ張られることなく、「やっぱり自分がおもしろいと思うものを作ったほうがいいんだ」と思うようになりました。
TOWA TEI:ありがとうございます。年を取ってきて、自分が音楽を始めるきっかけだった大先輩たちがこの地球からいなくなったりもしていると、やっぱりいろいろ考えるじゃないですか。自分のことをね。高須さんもダウンタウンも今年還暦ですし、来年には自分も還暦になるし。残された時間の中で何をするかを引き算で考えていったときに「じゃあどこを残すか」って消去法で考えると、やっぱり自分のワクワクしかないと思うんだよね。
高須:そうなんですよ。ぼくも以前は周りの人のためにも大失敗しないようにちゃんと保険を掛けておかなきゃと思っていたんですけど、最近はやっぱり自分がワクワクすることが一番やなと思っていて。周りの人には迷惑をかけてしまうかもしれないけど、やっぱりワクワクすることをやろうと思っているんですよ。
努力は夢中に勝てない。仕事をおもしろくするのは頑張りよりも楽しむ気持ち
高須:今回テイさんをゲストにお呼びしたのは、別に教授や幸宏さんがお亡くなりになられたからではなく、なんとなくテイさんに会いたいなと思ってお呼びしたんですよ。ずっとテイさんに会いたくてオファーしてたんですけど、たまたまこのタイミングになって。またテイさんと一緒に何かできるかもなとか、何かにつながっていくかなっていう気もちょっとしているんですよね。
TOWA TEI:うれしいですね。ぜひ。
高須:もし何かできることがあったらぜひ。なんかまた一緒にやれたら楽しいなと思っています。テイさんとちゃんとこんな話をすることはあまりなかったもんね。
TOWA TEI:高須さんはもともと頭の中の考えを言葉に落としこめる人じゃないですか。企画書を作っていろいろな方たちとチームで作り上げていくわけだから、考えを言語化する能力にたけている方だと思っています。奥さんと一緒にテレビでお笑いを見ていると結構高須さんの名前を見るんですけど、(高須さんの担当番組に)つまらない番組は正直ない気がしています。どの番組だったか忘れましたけど。
TOWA TEI・高須:(笑)
高須:うれしいな。できるだけおもしろい番組を作ろうと思っているので。自分に向いていない番組をやってもしょうがないじゃないですか。以前この番組に出演していただいたBEAMSの代表の設楽さん(設楽洋さん、2022年10月に出演)が「努力は夢中に勝てない」とおっしゃっていたんですよね。「頑張ってやることよりも夢中になってやることのほうが絶対強い。寝ずに頑張れるのは夢中になっているからで、寝たくもないから寝ずに頑張れるんだ」って。努力して寝ずに頑張るのはやっぱり違うんだなと思って、できるだけ努力じゃなくて夢中になれることをやろうと思っています。
TOWA TEI:幸宏さんもね、「頑張って」って言われるのが嫌いだって言ってました。
TOWA TEI・高須:(笑)
高須:ああ、ぽいなぁ(笑)。
TOWA TEI:頑張りたくないって。嫌いなことは頑張れないから。
高須:確かにね。
TOWA TEI:同じですね。
高須:美しいなあ。それも。
TOWA TEI:うんそうですね。なんか楽しいことやれたらいいですね。
高須:また今度暇があったら遊びに行きましょう。今日はありがとうございました。
――次回のゲストは元テレビ東京プロデューサーの高橋弘樹さんです。お楽しみに!
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