放送作家の高須光聖さんがゲストの方と空想し、勝手に企画を提案する『空想メディア』。
社会の第一線で活躍されている多種多様なゲストの「生き方や働き方」「今興味があること」を掘り下げながら「キャリアの転機」にも迫ります。
今回のゲストは、前回に引き続き俳優の片桐はいりさんです。多くの作品に出演しているイメージのある片桐さんですが、自らの仕事スタイルを「低空飛行」と称し、あえて仕事量をセーブしているそう。そんな片桐さんが仕事の原動力は、ちょっと変わったものでした。片桐さんが芸能界で愛され続ける理由が分かるお話、ご覧ください。
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片桐 はいり(かたぎり・はいり) 大学在学中にもぎりのアルバイトをしながら舞台デビューを果たして以降、NHK ドラマ10『大奥』など、存在感のある演技で数々の舞台やテレビドラマ、映画に出演。
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高須 光聖(たかす・みつよし) 放送作家、脚本家、ラジオパーソナリティーなど多岐にわたって活動。
中学時代からの友人だったダウンタウン松本人志に誘われ24歳で放送作家デビュー。
俳優業の目的はもぎり? もぎりは天が与えた職業
高須:片桐さんは『もぎりさん』っていうショートムービーがあるくらいもぎりが大好きで、今もやられているんですよね。なんでもぎりが好きなんですか?
片桐:映画が好きで、映画がある場所にいたいっていうことですかね。もぎりに関する本を書いたときに「また映画館でやってみませんか?」という話になってまた始めました。それこそミスタードーナツのCMに誘っていただかなかったら、そのままもぎりになってもよかったんですよ。
高須:それで全然悔いはなし?
片桐:18歳のときにもぎりに出会って、天が与えた職業だと思ったんです。
高須:ええ〜!
片桐:別にそれで何の疑いもなかったんです。なんかベルトコンベヤーのようにわけが分からない流れに乗って俳優になってますけど。
高須:でも逆に言うと、昔やりたかった職業と俳優との二足のわらじでやっているみたいなもんですよね、今。
片桐:そうです。でもそれは俳優の仕事をやっていなかったら成立しないんですよね。だって最近テレビに出ていない人がもぎりをやっていたら「ああ、生活が大変なんだな」みたいに思われちゃうじゃないですか。今はそのために俳優業をやっているようなもので(笑)。
高須:哀れに見られないために、時にはテレビの仕事もやっとかなきゃっていう?
片桐:ええ。どちらかというと今はそのメンタルになっていますね。
高須:面白いですね。不思議がられませんか?
片桐:そうですね。不思議がられるけど、自分でも説明できないんです。趣味とも違うし、言うならば「快楽もぎり」。でもそれ以外に説明のしようがない。もう自分の中では完全に遊びなんです。遊びというか快楽だし、ちょっとビックリさせたいっていうのもあるんですよ。二度見されたいとか。
高須:あっ!と思いますもんね。きっと片桐さんがいることを楽しみに来ている人もいらっしゃいますしね。
片桐:それがもううれしくてしょうがない。多分私が俳優をやるのは、もうその衝動しかないんですよ。人をちょっとびっくりさせたい。「え! 何、今の? いたよね?」みたいなとか。
高須・片桐:(笑)
片桐:「お金をもらわないなんてありえない」ってみんなに言われるんですけど、働くのともまた違うんだなぁ。わざわざもぎりに行くんじゃなく、映画を見に行ったついでに「いらっしゃいませ」って言って掃除して帰ってくるだけだから。
高須:でも劇団が自分の居場所だったように、そこに行くことでちょっと居場所ができますよね。
片桐:それは本当にありがたいと思っています。
高須:自分の居場所があることがうれしいですよね。
片桐:大学のときに部室ってあったじゃないですか。よく泊まって話していったり、楽しいじゃないですか。私にとってもぎりは大人になってからの部室なんですよ。趣味が合う人が確実にそこにいて、いくらでもしゃべっていられる。
高須:さらに言えば、そこに出入りする人たちの反応を見られますからね。人の顔をしっかり見ていい場所なんてそんなにないですよね。
片桐:まだテレビに出る前にもぎりをやっていたときは、ボコボコに殴られたように見えるメイクをしたりしていました。あと、前歯をこうやって出しちゃうの。「ひらっふぁいまふぇ(いらっしゃいませ)」って。[前歯を出してしゃべる片桐さん]
高須・片桐:(笑)
片桐:そうやってお客さんがどんな反応をするか楽しんでいた時期がありましたね。今はそんなメイクとかしなくてもびっくりさせられているってことですね。
高須:いや、当時もメイクとかしなくて大丈夫なんですけどね(笑)。
片桐:言ってしまえば、“いつも必ず歌ってから帰る行きつけのスナック”みたいな場所が私にとっては映画館で、歌う代わりに掃除して帰るってことなんですよ。これを説明するのは本当に難しいときがあります。
高須:難しいですよね。別に悪ふざけでやっているわけでもないし、かといって別に重い理由があるわけでもないじゃないですか。
片桐:「片桐はいりさんは映画館を残すためにもぎりをやっていらっしゃいます」みたいな重い文脈でとらえられることは多いですね。
高須:その理由もゼロではないんでしょうけど、それよりも居心地の良さですよね。
片桐:そうです。部室。居心地の良さっていうことだけです。
片桐はいりさんのキャリアの転機|「テレビは食いつぶされる」CM出演から始まった低空飛行な俳優人生
高須:何か人生の転機になったようなことってありますか?
片桐:ミスタードーナツのCMに呼ばれたのが転機といえば転機ですね。そこでお金をもらっていなかったら普通に映画館の人になっていたかもしれないですし。
高須:最初から役者をやっていく自信はありました?
片桐:この顔を活かす必要があるとは思っていたと思いますね。でもなんとなく頭の中で「テレビに出たらお茶の間にのみ込まれる」っていう意識や「のみ込まれたらあっという間に消費されてしまう」っていう強迫観念は常に持っていたと思います。
高須:そうならないために何か自分の中でバランスを取っていたことはあったんですか?
片桐:「上がったら下りるしかない」っていう意味でいつも“低空飛行”って言っているんですけど、土俵際で耐え続けるようなことをやっていたんだと思います。みんなそれを馬鹿にするんですけど、結構体力いるんですよ。
高須:いや体力いるし、実は難しいですよね。ある種の希少性も保ち続けているわけじゃないですか。テレビでメジャーになって仕事が一気に増えると、仕事が減ったときに「(人気が)落ちたな」っていう印象も強くなるじゃないですか。そうならず、誰しもが「あ、あの人ね」って思い浮かべられて、しかも常にその鮮度を落とさず保つのって難しいじゃないですか。
片桐:難しい。それを狙ったかどうかは分からないけど、結果的にそうしてきたなと今考えると思いますね。考えて計算ずくでやったというよりは、多分土俵際の負けそうで負けないところで一生懸命耐えているだけで。
高須:でも直感で何か感じるものがあったんじゃないですか?
片桐:「テレビは食いつぶされるぞ」っていう化け物のような恐怖は感じていましたね。でも同じ年のダウンタウンさんなんかは、もうテレビそのもののようになっていらっしゃるわけですよね。
高須:テレビに出続けているから、もうテレビそのものですよね。でもその分、休みなく働き続けないとダメな人間になっちゃってるんですよ。もうどう休めばいいのか分からないんです。それはぼくも同じで、なんか仕事が楽しいとか好きだとかって勝手にすり替えてる。
片桐:でも楽しいんですか?
高須:楽しいです。新しいことを思いついて仕事仲間に相談して「あれどうなるかな」ってワクワクする。そんなんが楽しいんです。
片桐:楽しいのが持続しているっていうのが一番幸せですよね。
高須:でも、もうちょっと休んでいいんちゃうかと思うんですよ。自分から「仕事をセーブする」ってかっこつけて言うんですけど、いざセーブしようとするとビビり出すんですよ。休んで大丈夫か俺って。
片桐:私も一日中YouTube見ちゃうような日があってもいい気がするんですけど、やっぱりできないですね。そうできないのが私の一番の弱みというか。いい本に出会ったとか、すごい喫茶店見つけちゃったとかなんでもいいんですけど、何か一個キラっとしたことがあるとただの休みじゃなかったって思えるんですけどね。
高須:休まずに何かに出続ける人間になったか、今の低空飛行を実現したかの境はその辺かもしれないですね。
仕事のマイルール|好きなこと重視で仕事を選ぶ。先を気にせず委ねる人生も悪くない
高須:仕事のマイルールってありますか?
片桐:“低空飛行”もありますけど、最近は本当に“快楽重視”というのは思っています。もう還暦になったから楽しくて好きなことだけやらせていただこうかなと思っています。
高須:本当にそうですよね。ふと最近「あれ? もうそんなに人生ないぞ」と思って。「もう還暦って…こわっ!」って。自分自身は高校時代から変わっていない感覚でしょ?
片桐:本当にそうですよね。私昨日も夜中にコンビニでポテチを買ってきて食べてて。60歳にもなって夜中にコンビニに行ってポテチ食べる人生なんて高校時代に想像していなかったと思います。10代から何も変わっていないことにちょっとヒヤッとしましたね。
高須:中身は変わっていないのに年齢だけはいってることを現実として見せられるから不安になりますよね。
片桐:でも高須さんはやりたいことがたくさんあるんですよね?
高須:あと何年生きるか分からないからやりたいことをやろうと思って。昔やりたかったものを仕事以外も全部掘り返して、何を一番やりたいかを問うようにしたんですよ。とにかく自分がやっていないことを書き出して、時間があるときに考えようと思って。
片桐:書いてみるっていうのもいいですね。面白いですね。ちょっと今度休みにそれやってみます。
高須:もう一つだけ、聞かせてください。この番組にぼくがお会いしたことがない面白そうな方がいないかゲストに聞いているんですけど、いらっしゃいますか?
片桐:この間“闇歩き”っていうのをやってみて楽しかったので、ぜひお勧めしたくて。
高須:なんですか、闇歩きって?
片桐:闇歩きの本も出されている中野純さんという方に案内していただいたんですけど、山を完全に真っ暗な状態で登ると。
高須:え? 山をですか?
片桐:別に山でなくてもいいんですけど、その方は山を歩いていらっしゃる方で。山を歩くといろんな感覚が研ぎ澄まされるような感じがあるじゃないですか。視覚がない分それのすごいやつが起こるんじゃないかと思ってやってみたけど、その真逆で。もう本当にリラックスするんです。もうどうでもよくなるみたいな。
高須:スイッチが外れちゃうみたいな?
片桐:うん。だって見えないからもうあきらめるしかないんだから。
高須:そっか(笑)。見えないから別に興奮するものは何もないんですもんね。
片桐:リラックスすると同時に「はぁ〜、楽しい!」みたいな気分を経験したのでいろんな人にお勧めしていて。あきらめるってこんなに素晴らしいことなんだと思って。見えないともう山なのかも分かんないんです。
高須:でも地獄ですね。見えない分どこまでゴールが延びるかも分からないですもんね。
片桐:逆にあんまりそれを思わなかった。だってもう目の前のことをやるしかないから。やっているうちに普通に夜が明けて終わって。そうすると疲れないんですよ。
高須:えー? 結構歩いてるはずでしょう?
片桐:はい。だって頭の中でどれだけ登った・下りたっていうのがないから。「目の前のことをこなしただけでございます」っていう話なんで。だからコロナ禍でも何でもそうですけど、先が見えないと心配になって「こんなにやらなきゃいけない」と思うから疲れるんですよ。「なんだか分からないけど、とりあえず目の前のことをこなしているだけでございます」って言っていたら終わる人生でもいいかなってちょっと思ったりもしましたね。
高須:それなんか楽しそうですね。
片桐:ちょっと楽しいですよね。
――次回のゲストは実演販売士のレジェンド松下さんです。お楽しみに!
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