掲載日:2013.11.18
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三年予測ートップリーダーと考えるエンジニアの未来ー


若い世代も、視野を広げる思考を

実世界GUI、欠けているのは「イディオム」

増井が今、力を入れて取り組んでいる分野は「実世界GUI(グラフィカルユーザインタフェース)」だ。この分野を「実世界インタフェース」と呼ぶ場合もある。
パソコンでもスマートフォンでも、画面を見て操作するやり方が主流だ。言い換えると、今の主流となっているユーザインタフェースは画面の内側に閉じこもっている。しかし、もっと違うやり方で機械と対話したい局面は数多くある。
例えば、冒頭に紹介した「ドアを開ける」操作がそれだ。ドアを開けるためにいちいちスマートフォンの画面を見て操作をしなければならないとしたら、誰も使わないだろう。ドアにはドアにふさわしい操作法がある。そこで、「スマートフォンを当てて回す」といった操作法を実現したのだ。
考案した実世界GUIとして「CDのケースを回転させて音量を制御する」「金魚すくいのようにスマートフォンを操作して情報を別のパソコンに移す」といった例がある。現実世界での直感的な操作を、人間とコンピュータとの対話に使えるようにした。
「こうした発想は『ユビキタスコンピューティング』とか、いろいろな言葉で呼ばれているけど、今、決定的なやり方はまだない。モーションキャプチャのためのセンサーや、スマートフォンをタグに近づけるとアプリを自動起動できるNFC(Near Field Communication)など、道具はたくさんある。ハードもソフトも出揃っている。それなのに、普及したイディオム(慣用表現)がない」。増井はそう指摘する。
ここで言うイディオムとは、広く普及して人々に受け入れられているユーザインタフェースのパターンだ。例えば、従来型携帯電話の文字入力の方法、いわゆる「ガラケー打ち」は広く普及した。iPhoneのフリック入力画面でも、同じ文字を複数回叩く「マルチタップ」により文字を入力できる。これは「ガラケー打ち」に慣れ親しんだユーザーが多いために付けられた機能だ。
フリック入力と「ガラケー打ち」を共存させるのは良いやり方とはいえない、と増井は言う。例えばiPhoneのフリック入力で「『あ』を2回以上続けて打ちたい」場合、(設定を変更はできるものの)デフォルト設定では「ガラケー打ち」の入力方式と衝突しないよう、特別なやり方が必要だ。
「つまり、ガラケー打ちという悪いイディオムが流行ってしまったことが良くない」と増井はいう。「良くないやり方が流行る前に、優れたイディオムを作って流行らせないといけない」。増井が実世界GUIの研究を続ける理由はそこにある。

コンピュータは昔から今の形だった訳じゃない

増井が研究者としてのキャリアを積んだ時代と、今の若者がこれから迎える未来は大きく違う。若い世代のエンジニアに増井が伝えたいことを聞いた。
「今のコンピュータ関連の技術は出来上がってしまっているように見えて、若いエンジニアは閉塞感を感じているかもしれない。でも、コンピュータは昔から今の形だったわけじゃない」
今あるものに対する先入観を取り払って、新しい組み合わせを試みることが大事だと強調する。
「新しいインターネットサービスの可能性は広いが、新しいハードウェアが持つ可能性はもっと広い。『Makerムーブメント』のように、面白いハードウェアを考えて実現する余地は無限にある。こういう時代にこそ、面白いと思える所に自分の身を置くこと、新しいモノを作る夢を持ち続けることが大事だ」。
ここで増井は、研究室の机に取り付けてあった電球を指さした。
「これはインターネットから色や明るさを自由に制御できる」
増井が最近注目しているフィリップスのスマート電球「hue」である。研究室の学生が手伝い、パソコンからネット経由で電球を制御する様子を見せてくれた。電球の色がみるみる変わっていく。
「電球は電源スイッチでオンオフする、といった先入観を捨てる。常時オンの電球をインターネットから制御したら、どんな面白いことができるかを考えさせてくれる」。
この「hue」の開発陣は、単に電球のスペックを改良し続けるだけではなく、全く異なる発想の「電球」を作り上げたのだ。増井はその点を高く評価している。
「新しいものを作るには、視野が狭いままではダメ。開発を全力で頑張るばかりではなく、関係がなさそうなことまで広げて考えることが大事だ」。
若いエンジニアは、往々にして目の前の仕事に集中することを求められる。研究職も、今の時代では研究対象が細分化されている場合が多い。狭い範囲の仕事に集中して成果を上げる経験はもちろん大事だ。だが増井は、視野を広げ、新しい組み合わせを考え抜き、時にはそれを忘れて遊ぶことを薦める。一見すると関係がなさそうな物事にも関心を向け、新しい組み合わせを短いサイクルで試し、世に問い、多くの人々に使ってもらおうとする。
「発想」や「発明」を重んじる増井のスタイルは、閉塞感を感じつつも新しいものを作り出したいエンジニアにとって、貴重なヒントと刺激を与え続けている。
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