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掲載日:2014.2.10
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三年予測ートップリーダーと考えるエンジニアの未来ー

Googleも欲しがった“実時間GC”を作り上げた日本有数のハッカーは今、若い人材の発掘に情熱を燃やす

計算機科学者、未踏統括PM 竹内郁雄

1946年生まれ。1971年、東京大学大学院 理学系研究科数学専攻修士課程を修了後、日本電信電話公社(現在のNTT) 電気通信研究所に入所。再帰呼び出しのベンチマークとして著名な「竹内関数」の考案、マルチパラダイム言語「TAO」の開発などの業績を残す。Lisp専用機「TAO/SILENT」上で実時間GCの開発に取り組み、クロック周波数33MHzのマシン上で、GCによる中断時間を最悪130マイクロ秒に抑えたという性能を記録する。1997年より電気通信大学教授。2005年より東京大学大学院教授、早稲田大学大学院教授を歴任。現在は東京大学名誉教授、IPA「未踏」統括プロジェクトマネージャー(PM)。


世界的な業績を生み出す秘密とは

世界が知る日本のコンピュータサイエンティスト

竹内郁雄の名前は、コンピュータサイエンス分野では世界的に知られている。ベンチマークプログラム「竹内関数」は、竹内がエジプトで教えた学生も知っていた。竹内が心血を注いで実装した「実時間ごみ集め(実時間GC)」は、この分野で世界のトップ企業の一つである米Googleが欲しがったほどの成果だ。
今、竹内が情熱を注ぐのは、「天才プログラマ」を発掘する「未踏」だ。独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)が2000年度から進めている未踏の立ち上げに関わり、今も統括プロジェクトマネージャー(PM)を務める。
世界的な業績はどのようにして生み出されたのか。そして、どのような考え方で人材育成にあたっているのか。話を聞くことにした。

40年前に考案した「竹内関数」

移り変わりが速いのがIT分野の常だが、竹内が40年前に考案した「竹内関数」は今も広く知られている。この関数とともに、竹内の名前は末永く残るだろう。
竹内関数が生まれたのは「1974年のある日の午前」だった。当時、竹内は20代後半の若さだ。要した時間は2時間ほどだった。竹内関数とは、下記のように「再帰的」に定義された関数である。与える数字の増え方に対する計算量の増え方がO (nn) と非常に大きい一方で、メモリ消費量は驚くほど小さい(O (n))という特性を持つ。
「竹内関数」を考案した背景には、「Lispの性能を目立たせるようなベンチマークを考案したかった」という動機があった。竹内はプログラミング言語Lispの魅力に取り付かれていたが、当時は「Lispは遅い」との評価が多く、手続き型のプログラミング言語であるPascalの勢いが目立っていた。そこで「なにくそ、Pascalが不得意で、Lispが有利になるようなベンチマークを作ってやる」と奮起したのだ。
当初「たらい回し関数」と呼んでいたこのベンチマークプログラムを「竹内関数」と命名したのは数学者の野崎昭弘だ。その後、コンピュータサイエンスの大家ドナルド・クヌース教授のグループが竹内関数を取り上げて深く研究した。Lispの生みの親であるジョン・マッカーシー教授の64歳記念シンポジウムでは、クヌース教授が「Takeuchi function(竹内関数)」を紹介した。ただし、当初マッカーシー教授は竹内関数を一文字間違えて記憶した。これにより実行時間は圧倒的に短くなる。マッカーシー教授が記憶したバージョンは「偽竹内関数」(false Takeuchi function)と呼ばれている。
こうして、竹内関数は世界的に知られるようになった。「エジプトで教えた学生も知っていた」と竹内は話す。だが、竹内自身は、竹内関数の論文を書いていない。「プログラミング理論にはあまり関心がなかった」からだという。
「どちらかというと、問題を解くより作る方が面白い。だから、昔は『問題児』と自称していた」と、竹内は笑う。
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