[PR]変化を許容し、自らを微調整しよう——吉岡弘隆&20代エンジニア3人による「エンジニアキャリア座談会」

(※この記事はDODAとはてなのコラボレーションでお届けするPR記事です。)

——ということで、本日は楽天株式会社の吉岡弘隆さんと、20代のエンジニア3人に集まっていただきました。まずは自己紹介をお願いします!

楽天の吉岡さん(id:hyoshiok)

吉岡 吉岡(id:hyoshiok / @hyoshiok)です。今年で54歳、楽天で「技術理事」をしています。具体的には、楽天の技術的な戦略に関する議論や、エンジニアの社内コミュニティの活性化、社外エヴァンジェリストとして勉強会を通じて交流するなどの活動をしています。

はまさき こんにちは、はまさきけんご(@hmsk)と申します。クックパッド株式会社でエンジニアをやっています。メインはAndroidアプリの開発ですが、それだけに限らず、ほかのものもいろいろ作っています。1986年生まれで、今年で26歳です。

廣瀬 NHN Japan株式会社の廣瀬崇人(id:poohtarou / @poohtarou)です。2011年8月にライブドアに転職しました。その後、経営統合がありNHN Japan所属になりました。今はインフラエンジニアとして、運用周りや、運用自動化のための開発を担当しています。1985年生まれで、今年で27歳です。

橋本 橋本拓也(id:Hash / @T_Hash)です。株式会社ジモティーという、2011年2月にできたばかりの会社でサーバーエンジニアとして働いています。主にインフラ周りを担当していますが、エンジニアが5人くらいのベンチャーなので、Railsを書いたりJenkinsを設置したりと、インフラ以外のこともいろいろやっています。1986年生まれで、今年26歳です。

■ 「やっぱり開発したい!」「やっぱり運用やりたい!」

——本日のテーマは「若手エンジニアのキャリア」です。はまさきさん、廣瀬さん、橋本さんのお三方は皆さん20代後半ですが、すでにいろいろなキャリアを積んできていらっしゃるとのこと。これまでのキャリアについて教えてください。はまさきさんお願いします。

クックパッドのはまさきさん(@hmsk)

はまさき 僕はもともと、はてなでインフラエンジニアのアルバイトをしていました。そこで培ったスキルやノウハウを生かしたくて、インフラエンジニアとしてクックパッドに入社しました。でもクックパッドで働くうちに、ユーザーと直接向き合える仕事がしたくなって「アプリケーションエンジニアをやりたい!」となってしまったんです(笑)。

——どれくらいかけて開発側に移ったんですか?

はまさき 1年半くらいですかね。移ってからもいろいろやっていて、いまはAndroidアプリですが、先月まではRailsを書いていました。

——インフラからアプリへ、って大変だったのでは……。

はまさき そうですね(笑)。ただ、一昨年くらいから「DevOps」というパラダイムが有名になって、開発部門や運用部門など担当の壁を越えて問題解決をしようという流れが大きくなってきましたよね。僕もインフラ側の知識や経験があったので、開発に移ってから、お互い何をするとうれしくて、何をすると嫌かっていうのを伝えてきました。

——なるほど。では続いて廣瀬さん、お願いします。

廣瀬 僕もはまさきさんと同じく、はてなでインフラエンジニアとしてアルバイトをしていました。でも、もっと開発をできるようにならなくちゃ、コードを書けるようにならなくちゃと思って、受託の会社に入社して、iPhoneアプリの開発を1年半ほどしていました。ところが、やっぱり運用と開発って仕事の内容がかけ離れていて「やっぱり違う……」と(笑)。で、勉強会などに参加して、やっぱり運用の仕事がしたいと思って、ライブドアに転職しました。

NHN Japanの廣瀬さん(id:poohtarou)

——おお、いったん開発に行って、戻ってきたんですね。

廣瀬 はい。アルバイト時代の運用の仕事が楽しかったんですよね。今も楽しいです。普通にプログラムを書くより、常にノウハウをためて緊急時に対応したり、サービスがちゃんと動いている状態をキープする、稼働率を高めていくというのが面白いです。

吉岡 会社では日々、どんなことをしているんですか?

廣瀬 普段は社内の運用ツールを開発したり、サーバ監視のスクリプトを書いたり、修正したり、手順化したりしていますね。

——開発がしたくなったはまさきさんと、やっぱり運用に戻ってきた廣瀬さん。正反対で面白いですね。

廣瀬 運用が好きなんですよね……。最近、ストーカーっぽいことにハマっていて。

全員 えっ。

廣瀬 historyを見て、先輩方の対応の後を追って、なんでここでこのオプションを使ったんだろう、なんて観察しています。運用の対応の流れをどう考えているのかとか、このスクリプトはどう考えて書いたんだろうとか、にやにやしながら読んでいます(笑)。

——ああ、びっくりした……。本当に好きなんですね。

■ 「教えてくれる人がいない」というベンチャーの楽しさ

——最後に橋本さん、お願いします。

ジモティーの橋本さん(id:Hash)

橋本 多分、僕が一番、来た道がぶれていると思います(笑)。大学時代は生物が専攻で、遺伝子組み換えの実験などをしていました。新卒で就職したのは、社員20人くらいの金融ベンチャーでした。中堅の証券会社からシステム開発を受託して、中国に開発を依頼するというスタイルです。僕らは日本で間に立ってマネジメントをする役割でした。ベンチャーで人が少なかったので、僕も新卒1年目で中国に行って仕事をしたりと、貴重な経験ができました。でも、どうしても自分でコードを書きたくなったんですよね。

——プログラマならではの悩みですね。

橋本 はい。それで2011年の夏に今の会社に転職しました。クラシファイドサイト、分かりやすく言えば日本版「Craigslist」を作ろう、というのがミッションです。

——なるほど、大きなキャリアチェンジですね。今の仕事のやりがいや、逆に大変なところは?

橋本 自社サービスの開発は、自分たちで問題を解決できるのがすごく良いし、やりがいだと思っています。他の会社に開発を投げてしまうと、自分でやっている感じがなくなっちゃいますよね。自分で作りたいという思いがもともとあったので、面白いですよ。苦労しているのは、自分を含めて若いエンジニアしか会社にいないこと。サービスを運営するノウハウが自社に蓄積されていないので、何かあるとみんなで模索して解決しています。楽しくもあるけれど、大変です(笑)。

——ベンチャーの宿命ですね……。

はまさき うちはだいたい先陣がいるケースが多いですね。でもたまに、誰も先陣がいないケースがあってハマることも……。

吉岡 そういうときはどうするの?

はまさき Quoraなどで質問しますね。検索すればだいたいStack Overflowがヒットしたりとか(笑)。英語に抵抗がなくなってきました。

——おお、有名どころ。英語という話も出てきましたが、皆さん英語はいかがですか? ここはまず吉岡さんにお聞きします(笑)。

吉岡 社内公用語の英語化が話題になっていますけど、僕は勉強会を英語でやりたいなと思ってるんです。先日『アジャイルサムライ』の著者のジョナサン・ラスマセンさんが来日した時に、楽天でワークショップをやってもらったんですよ。通訳なしで、全部英語で1時間くらいのセミナーをやったり、質疑応答したり。アメリカでトップレベルのエンジニアが来日した時、英語がそのままOKならパッと誘ってカジュアルに勉強会ができちゃうんですよね。社内公用語の英語化は大変な面もあるけど、すごく世界が近くなったなあと感じます。

——それはいいですねえ。他の皆さんは、英語の方は。

はまさき 社内に10人くらい外国人がいるので、英語を話さないわけにはいかない状態です。ロシア人デザイナーと一緒に仕事をしたりだとか。まだよくテンパりますけど(笑)。

橋本 もともと勉強としての英語は好きだったので、読み書きはいいんですけど、話すのは大変ですよね。そもそも僕は日本語を話すのもたどたどしいので……(笑)。でも前職時代に中国に行った時は、お互いたどたどしい英語でコミュニケーションをとっていました。

廣瀬 僕は仕事で英語を話す機会はないですが、技術資料を読むときに英語は必要ですね。

■ 企業の「ハッカー文化」度合いを見抜くには?

——では続いて「企業」についての話に移りたいと思います。最近はフリーで働く方も多いですが、まだまだエンジニアとして働く上で「企業」は大きな存在ですよね。エンジニアにとって良い環境の企業ってどんなものなのだろう、というのを考えてみたいです。まずは皆さん、今の環境の自慢をお願いします(笑)。

廣瀬 もともとライブドア時代の理念が「Open & Share」でした。情報について公開「する・しない」ではなくて、「どうしたら公開できるか?」と考えるのは良い文化だと思います。まだまだ、そういうことをしてはいけないという会社も少なくないと思いますが……。

はまさき クックパッドでは、創業者の佐野を先頭に「毎日の料理を楽しみに」という理念を作るものすべてに込めてきました。僕自身、会社に最も求めているのが「引っ張っていく人がものづくりを体験していること」。人のためにものを作って、フィードバックを得て……というのを分かっている人が引っ張る組織は良いですよね。

橋本 うちはできたばかりの会社なので何とも言えないのですが、これまでに何段階かのフェーズがありました。会社ができた当初は創業者たちがチームでわいわいやっている感じでした。それが去年の夏から秋にかけて人が増えて、開発にマネージャを入れるなど役割分担を明確にして「組織化」を模索するようになりました。その後しばらく組織的にやっていたのですが、いまひとつうまく回らなかったんですね。そのため現在は体制を変えて、ビジネスサイドとエンジニアが直接話すスタイルになりました。これから会社が拡大していくと破綻するかもしれませんが、今はうまく回っています。スタイルとして僕自身、やりやすいですね。

——ありがとうございます。ここで吉岡さんにお話を振ります。吉岡さんは近年「ハッカー中心の企業文化」を提唱していますよね。

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——「良いソフトウェアを必要とするすべての企業は、ハッカー中心の企業文化を作るべし」とのことですが、そもそもこうした考え方を提唱するようになったきっかけは何だったのでしょう?

吉岡 楽天に入社して、これからどう会社を成長させるか、世界トップの企業になるにはどうしたらいいかを考えてきました。世界で成功しているIT企業に共通の属性がないだろうかと研究したら、それが「ハッカー文化」だったんです。これはもう、火を見るより明らかですよ。

——確かにそうですね。Googleしかり、Facebookしかり。

吉岡 でも「ハッカー文化」といっても、上手に言語化するのは難しいし、これまであんまり言語化されてこなかったんです。そもそもとして、30年くらいIT産業に身を置いているけれど、日本では多くの人がソフトウェアの作り方を分かっていないという絶望感がありました。「ソフトウェアやサービスは人が作る」という当たり前のことが、きちんと広まっていない。

 安く買って高く売る、という商売そのものは否定しません。でも、人件費を安く抑えて高く売る、というのは、ソフトウェアを作るやり方じゃないですよ。GoogleもFacebookも、もっと違う価値観を持ってソフトウェアを作って商売をしているはずだ、と。そう思っていたら、Facebookが今年、上場目論見書で「The Hacker Way」だと言ったわけです。マーク・ザッカーバーグ氏が、うちの会社はThe Hacker Wayだと。

 一方、楽天という会社がインターネットの世界で存在感を増すためには、素人を100人集めるんじゃなくてハッカーを1人集めよう、そういう開発部を作りましょうと考えたんです。それで、社内にも社外にも、そういう話をするようにしています。

——なるほど。エンジニア個人からしても、特にハッカー気質の方は、当たり前ですがハッカー文化のある企業の方が働きやすいと思います。はまさきさんや廣瀬さん、橋本さんの会社はどこもハッカー文化っぽいかな、と外から見ていて思います。でも、例えば転職を考えるとき、外から分かるものなのでしょうか。

吉岡 そこはやっぱり、中の人と話すしかないですよね。勉強会で知り合って話したり、飲みながら聞いたり。勉強会ってすごいツールで、そういう「人と知り合う」ことにも使えるんです。

——さすが勉強会エヴァンジェリスト兼プロの酔っぱらい(笑)。皆さんは今の会社に転職される時は、中の人とたくさん話しました?

廣瀬 そうですね。勉強会で知り合ったライブドアの社員の方と飲みにいって、いろいろ話して決めました。

はまさき 僕はもともとユーザーとしてクックパッドを使ってましたし、会社が新書で紹介されたりしたのをきっかけに興味を持ちました。それで、勉強会で中の人に会うたびに話をしていました。

橋本 僕の場合は「まだ出来上がっていない会社」というところに魅かれました。そもそも転職を考えた時にベンチャーばかり見ていて、とある縁から今の会社見学をさせてもらうことになったんです。エンジニアや社長と話して、まだまだ会社として出来上がってないけど、面白いものが作れそうだな、スキルを高め合えそうなエンジニアがいるなと思いました。最初から作り上げるのが良かったんです。あと、新しい技術を使っていたというのが大きかった。MongoDBを使ってたり、最初からgitを使ってたりとか。

——勉強会などを通じて、とにかく中の人と話すのが決め手というのが共通していますね。

■ 産業構造の変化の中で働くということ

——ここで、吉岡さんのこれまでのキャリアについてもお聞きします。何度か転職をされていると思いますが、その時その時で考えていたことを教えてください。

吉岡 もともとプロダクトを作りたい、ソフトウェアを作りたいと思っていて、最初はDECというアメリカのハードウェアベンダ企業に入社しました。このころはまだ、コンピュータベンダがソフトウェアを作る時代だったんですね。1980年代はすごく調子が良かったんですけど、1990年代に入ると景気が悪くなって、日本でソフトウェア部門が縮小したんです。残るか転職するか相当悩みました。当時、マイクロソフトやオラクルがソフトウェアを作るようになっていたんですね。産業構造がIBM型の垂直統合から水平分散型へ移行していった時代だったんです。

 結果、縁があって1994年に日本オラクルに転職しました。Oracle 8の開発に携わっていました。でも同時期、インターネットの商用化が始まりました。当時シリコンバレーにいて、世の中が変わっちゃうという感覚があったんです。オラクルはもうかっていたし不満もなかったんですけど、時代が動いているな、マクロで見ると産業構造が変わっていっているなと感じました。それに、Netscapeのソースコード公開は自分にとってすごい事件でした。

 そこで、オープンソースを仕事にしようと思って、2000年にミラクル・リナックスを立ち上げました。日本でLinuxやオープンソースソフトウェアを普及させようと考えたんです。さらに、21世紀になって完全にネットの時代になって、若い人たちが楽しそうにソフトウェアを作っているなと思って、2009年に楽天に転職しました。

——まさに産業構造の変化と共にキャリアチェンジをされてきたんですね。それにしても、これだけ長いこと、IT産業の移り変わりと共に仕事をされてきていることに驚きます。

 ここからもう1人、インテリジェンスさんのキャリアアドバイザーの方に参加していただきます。

横山 インテリジェンスの横山泉です。キャリアアドバイザーとして正社員のキャリア支援を行っています。これまでに400人強のエンジニアの転職を支援させていただきました。

——よろしくお願いします。インテリジェンスさんは「何歳まで働きたいか」というアンケートを実施されたそうですね。

何歳まで働きたい?年金・定年で気になる問題を調査 | DODA ホンネの転職白書 何歳まで働きたい?年金・定年で気になる問題を調査 | DODA ホンネの転職白書

インテリジェンスの横山さん

横山 この結果はエンジニアに限りませんが、男性の90%、女性の73%が、60歳以上まで働きたいそうです。ところが「もし経済的に余裕があったら」という条件がつくと、男性は41%、女性は36%まで減ります。ちなみにITエンジニアの場合は、60歳以上まで働きたい人が男女合わせて84%、経済的に余裕があった場合は34%です。

——これはあくまで「何歳まで仕事を続けたいか」というアンケートですが、少し角度を変えて、皆さんはいつごろまで今のような仕事を続けていきたいですか? これから将来のキャリアについて考えていることがあれば教えてください。

橋本 僕は興味と熱意が続く限り、プログラマを続けたいですね。しばらくはプログラムを書き続けたい。ただ、これからもずっとコードを書いているかは分からないですが。

廣瀬 マネジメントには今のところ興味がないですね。インフラ周りやプログラムを続けたいと思っています。おじいちゃんになるまで、ものづくりをしていたいです。

はまさき 僕は少し違って、最近「こうなりたい!」っていう人が見つかったんです。少し前に、たった1人で会社を作って、LEDデスクライトを開発してドイツのデザイン賞を獲得した人の記事が話題になりましたよね。

“理想の製品づくり”に挑む:若手エンジニアたった1人のメーカー経営(前編) (1/2) - @IT MONOist

はまさき 記事を読んで、本当に自分がやりたいことはこれだと思いました。この人、29歳なんですけど、企画も設計もデザインも全部やって、自分のやりたいことをやっているんです。実は僕も学生時代にロボットを作っていたこともあって、最終的にはハードウェアを作る仕事をしたいと思っていました。ソフトウェアの世界ではオープンソースが普及しましたよね。最近はオープンソースハードウェアが徐々に出てきています。さっき吉岡さんはハードウェアベンダの時代からソフトウェアベンダ、Web企業へっていう流れを話していましたが、インターネットの世界が発展することで、そこからハードウェアの方に戻ってくる流れもあるんじゃないかと。

——なるほど。横山さん、ITエンジニアからものづくりエンジニアへの転職、またはその逆って、事例としてあるんでしょうか?

横山 決して多くはないのですが、ゼロではありません。ITエンジニアからものづくりエンジニアへの転職については、例えば家電メーカーでネット家電系のものを作ろうとしたときにITやWebの世界を分かっている人が必要になって、というパターンがあります。逆に、メーカーに勤めていたエンジニアが、ソーシャルゲーム企業に転職する事例も聞きます。

——もしかすると、今後は増えていくかもしれませんね。

■ 変化を許容し、自分を微調整しよう

横山 私からも質問していいですか? この先、勝ち残っていくエンジニアとそうではないエンジニアの分かれ目がどんなところにあるのか、吉岡さんにお伺いしたいです。

吉岡 それが分かれば苦労しないですよ(笑)。ただ思うのは、「変化を許容することが必要」なんじゃないかなと。苦手に思っていることでも興味を持ってやっちゃうこと。時代が変わるのは仕方がないことです。俺はこれ一筋でいくんだといっても、その産業自体がなくなっちゃったりします。そこは自分を微調整していくんじゃないかなと思いますね。

——まさに先ほどの産業構造の変化の話とつながりますね。

吉岡 そうですね。例えば30年くらい前だったら、銀行に就職してエリートだと思っていた人も、どんどん銀行が合併したり破綻したりして安泰ではなくなってしまった。どんな産業であっても、10年先は分からないですよね。身も蓋もないけど、やりたいことをやりつつ自分の興味やスキルの幅を広げて、微調整してやっていくのが大切だと思います。

廣瀬 いろいろなことに興味を持ち続けるってことですかね。

吉岡 そうだと思います。僕なんか、製品としてのソフトウェアプロダクトを作っていたけど、すっかりWebサービスに置き換わってしまった。簡単になくなっちゃうんだなと思いましたよ。パソコンもあれだけ普及したのに、今ではスマートフォンやタブレットの方がインパクトが大きい。そういう流れは、ある日いきなり変わっているように見えるけど、実はゆっくりと変化しているんです。そうやって毎日少しずつ変わっていく中で、自分の興味をチューニングしていくのが良いと思います。

——なかなか難しいですよね。特に「これが好き」っていうのがあると……。

吉岡 でも、勉強会に行って若い人と話すと、いろいろ教えてくれますよ(笑)。オープンソースが世の中を変え始めている、SNSが伸びている、PCよりモバイルの方がアクセスが伸び始めた、スマートフォンだ……なんて話は、開発の現場にいる人と話していると、何となく見えてきますよね。あと、20代の人はあんまり意識してないと思うけど、自分より若い人は面白いですよ。年下に学ぶのは大事。

——皆さんが「変わってきているな」と思うことはありますか?

橋本 自分自身でも迷っているところではあるんですけど、時代が進むにつれ、低レイヤーを意識せずに済むようになっていっていますよね。かつてはコンピュータ寄りの言語から人間の理解しやすい言語へという流れがあって、今はリアルサーバからクラウドへ。サービスを作る上で、インフラを意識せずに済むようになっていっています。自分としては基礎をおろそかにしたくないけど、簡単に作れるようになることは良いことだと思うので、そこはジレンマを感じます。

廣瀬 橋本さんに全部言われてしまった(笑)。HerokuとかRackhubとか、もう全部セットアップされた状態ですよね。低レイヤーやサーバ設定とかは隠されている。だからこそ、サービスの裏の部分も自分でしっかり分かっておいた方がいいと思っています。これからエンジニアになる人は、その辺りを知らないままでも開発できるだろうけど、知ってほしいですね。

はまさき 実は、僕は逆の意見なんです(笑)。隠されて便利になったのなら、その利点を生かして何でも触って興味を広げた方がいいのかな、と思います。

——どっちも一理ありますよね、難しい……。

吉岡 ただ、自分たちが作っているものが社会に対してどういう影響を与えるか、という部分は変わらないですよね。1人でもお客さんが喜んで使ってくれればうれしいし、世の中が便利になったらうれしい。それは変わらないですね。

■ 不安な未来にどんな夢を見るか

——横山さんは20代のエンジニアの方ともよくお話しされると思うのですが、よく挙がる悩みにはどんなものがありますか?

横山 IT業界に漠然とした不安を持っている人が多いですね。これまでの話にも出てきた通り、どんどん産業構造が変わっています。いまはWebやソーシャルゲームが伸びているけど、そこに乗っていいのか、どこまで続くのか不安に思っている方が多いです。他にも、SIerにお勤めの方で、このままでいいのかという悩みを持っている方が目立ちます。次に踏み出したくて、Webサービスの世界に飛び込みたいけど、ついていけるか不安という人がいます。

——なるほど。横山さんからのアドバイスはありますでしょうか。

横山 エンジニアのキャリアは複雑化しています。昔はプログラマからSE、PMになって、という一辺倒なキャリアが多かったんですね。それが2007年から2008年ごろにかけてかなり変わって、キャリアパスが広がりました。

——確かにエンジニア全体で、一時期までとはキャリア観が変わってきましたね。

横山 キャリアを考える上で、吉岡さんがおっしゃられた「変化に柔軟に」というのと合わせて、「自分自身がエンジニアとしてどうありたいか」「世の中でエンジニアの仕事がどこまで広がっているか」を見極め、「どの会社ではエンジニアがどこまでの範囲に携わっているか」という情報をいかに集めるかが大切だと感じています。

——ありがとうございます。同じような悩みを持っている方が今回の座談会記事を読んで、少しでも参考になる部分があったらうれしいです。では最後に、今後IT業界や世の中がこうなっていくといいな、あるいは自分でこうしたいな、という皆さんの“夢”をお聞きして、まとめとしたいと思います。

橋本 実は僕もはまさきさんと同じで、ハードウェアに興味があります。世の中の“もの”がすべてプログラマブルになればいいなあと。家電やガジェットなど、身の周りのものが全部、挙動を設定できるようになるといいですよね。今は自分でものをつくるスキルを磨いていますが、いずれは「現実世界を操作する方」にいきたいですね。

廣瀬 転職したくてもできないとか、働くのがつらいとか、ネガティブな意見をよく耳にするので、そういった意見が少ない業界になったら良いんじゃないかと思います。

はまさき 少人数または1人でものを作る人たちがいっぱい増えてほしいですね。Etsyっていうサイトがあって、カバンとか雑貨とか、個人が作ったものをそこで売れるんですよ。ハードウェアや家電もそういう風になるだろうし、なってほしい。ものを作れる人は、そういうふうになっていくといいなと思います。

吉岡 日本という国がもっと元気に、面白い地域になってほしいと強く思っています。ITはまだまだアメリカが中心で、ちょっと悔しいじゃないですか。東京をベースとして、東京から発信できるといい。それと、今いる会社の中でもっとエンパワーできるとうれしいですね。若手のエンジニアや、周りのエンジニアが元気になるような環境を作れればいいなと思っています。

——皆さん、本日はありがとうございました!

[PR]企画・制作・著作:はてな
写真:赤司聡