めまぐるしく変化する経営環境のもと、企業をはじめ職場や人もまた、絶え間なく変わっていくことが求められています。そんな中、管理職として、身近な人や職場、ビジネスを変え続けている女性たちがいます。彼女たちが変えてきたもの、そして、彼女たちに影響を与えてきたものとは何なのか。今回は、「対顧客」「組織・職場運営」「人材マネジメント」「自分の価値観」の4つの観点で、それぞれのエピソードをひも解き、「変えていく力」を発揮するためのヒントを見出します。
※この記事は2015年3月に発行した株式会社パーソル総合研究所の機関紙・別冊『HITO』でまとめた記事をWoman Careerが再編集しました。
※所属や肩書きは取材当時のものです。
掲載日:2015年6月8日
福田 昌子(51歳)
株式会社虎屋 お客様相談センター部長
※所属や肩書きは取材当時のものです
老舗和菓子メーカー「とらや」を展開する株式会社虎屋の「お客様相談センター」部長を務める福田さん。入社9年目に出産・育休を経て、14年目にマーケティング部門の管理職に昇進しました。男性の管理職が多い職場で、数少ない女性の管理職として活躍してきた背景には、育児の経験が大きかったといいます。自分らしい管理職像について、思いを語ってもらいました。
株式会社虎屋
室町時代後期創業の和菓子を製造・販売する老舗メーカー。「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」が経営理念。過去を受け継ぐだけではなく、新しい価値を世に送り出すことも使命と考え、2003年にはグループ会社の虎玄が、「自由で新しいお菓子の世界の提案」をコンセプトに、「とらや」のあんを使ったお菓子を提供するカフェ「TORAYA CAFE」を誕生させた。
男性が多い中で、「女性らしさ」を出さないように意識していた時期も
私は1987年に虎屋に研究職として入社しました。約6年間は、商品開発と品質管理を兼ねた研究開発室に勤務。マーケティングに携わりたいとの思いから異動を希望し、関連部署で14年ほど働きました。その後はお客様相談センター・総務人事部を経て、虎玄に出向し、2013年には「とらや」の新業態カフェである「TORAYA CAFE」の10周年企画に関わるなど、入社から28年間、商品開発や企画、プロモーションを軸に、和菓子作りのさまざまなプロセスに関わってきました。現在は、「お客様相談センター」部長をしています。
私が入社した87年は、男女雇用機会均等法ができた翌年。虎屋は雇均法以前から男女同一賃金を取り入れるなど先進的ではあったものの、当時はまだリーダー候補の女性社員自体が少数で、大半の女性は結婚したら退職する状況でした。そのような中、私自身はマーケティングを担っていた1996年に出産。その後、育休を経て復職しました。育休から復帰して今も仕事を続けている社員の中では、私が最も"古株"です。そうした先駆者的な立場だということもあり、若い女性たちが後に続きやすいよう自分の働き方を常に意識している部分はありますね。総務人事を担当していたころは、バックオフィス業務の女性だけでなく、当時は育休を取る人がほとんどいなかった製造や販売などの現場で働く女性たちも、当たり前に育休が取れていくような環境の整備にも携わりました。
男性が多い職場だったので、妊娠する前は周りになじむために、仕事をする上で自分が女性であることは、前面に出してはいけないと思い、あえて性別を超えたニュートラルな存在であろうと気をつけていました。でも育休から復職した後は、その考えが変わったのです。
足音でメンバーの体調が分かるぐらいになった
自分が母親になって感じたのは、「仕事と育児は共通点がある」ということ。妊娠するまでは、女性らしさを出さないようにと意識していましたが、復職後は逆に、育児の経験を活かした仕事の仕方をしようと思ったのです。いつかは管理職になりたいという思いも持っていましたが、出産前は、管理職になったら周りの男性管理職と同じように、グイグイ部下を引っ張っていかなければならないと考えていました。男性社会の中ではそのやり方がベストだと思っていたのです。でも自分自身、無理に演じなければならないのでは、と不安を感じていたのも事実。しかし、こちらの思い通りに動いてくれない子どもと向き合った経験から、マネジメントには子育てとの共通点がある、相手の気持ちを尊重して任せればお互いにストレスはない、と感じたのです。
復職から4年後にマーケティング部門の管理職に。部下に年上のメンバーが多かったこともあり、信頼して任せることができました。またそのころ、個人的に勉強を始めたコーチングの影響もあり、メンバーには方針や方向性をしっかり示すことを意識して、あとはそれぞれの専門性や意見を尊重して任せるマネジメントスタイルを実践しました。その上で、大事な局面ではとことん思ったことを言い合います。こうすることで、部下との関係性や信頼関係もずっと深くなったように思います。
また管理職として、メンバーの変化にいち早く気づいてあげることも大切だと思っています。いつからか足音を聞くだけで、そのメンバーの体調が分かるようになりましたね。言葉を発しない赤ちゃんの要求を理解しなければならないという育児の経験が役立っているのかもしれません。メンバーの得意分野と苦手な分野を把握して、それぞれに合ったマネジメントを意識しています。
提案を却下されてもあきらめず、
「山の登り方」を変えてみる
振り返ってみると、これまで相手に合わせてマネジメントを柔軟に変化させてきたように思います。相手の目線に立って考え、発言する。この姿勢は、経営層に対する場合でも意識しています。管理職として、経営層の日々の発言から、会社がやりたいことをくみ取らなければなりません。また、やろうとしていることを実行するためには、感情論でなくロジカルに説明して、関係者を巻き込んでいく能力も必要です。一度くらい提案が通らなくても、上に向かってめげずに何度も提案し続けることも重要ですね。
山登りに例えるなら、登る日を変えたり、登る道を変えたり、山登りの服装を変えてみる、というイメージでしょうか。もちろん提案がすげなく却下されて、へこむこともあります。しかし最終的なゴールは、企業としての目的を達成すること。自分の提案を通すことだけに固執せず、今やるべきことを的確にとらえて、そこに向けて行動することが大事だと思います。この考えを自分の中のポリシーとして貫いています。
また日々の仕事においては、成功体験と失敗体験を自分の中で「データベース化」していくことを意識しています。成功しても失敗しても、その経験を蓄積していくことで、それぞれのパターンが見えてくるはず。そして新しいことにチャレンジする時は、状況に合わせて「引き出し」を開けるようにしています。
今後の目標は、社内の女性管理職を増やすこと。「お客様相談センター」部長という今のポジションの直接的な役割ではありませんが、私自身の管理職としての経験を次につないでいければと思っています。今、社内には、部長昇進を控えた40代の女性課長たちがたくさんいます。彼女たちには、早く部長になってもらいたいですし、20~30代の女性たちにも、どんどん管理職になって活躍してほしいですね。そのために、私が入社した当時のことや、女性管理職として苦労したことなど、経験の中で感じてきたことを伝えていきたいと思います。
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