転職ストーリー
報道記者から外交官へ。
世の中に「伝える」仕事から「動かす」立場への転身
日本の外交を所管する外務省。この「外交」という言葉から、皆さんはどのような仕事を思い浮かべますか?地球規模での平和維持や経済発展を目指す枠組みづくりから、諸外国との教育・文化交流、さらには私たちが持つパスポートの発給も、実は外務省の仕事です。
今回紹介する古本さんはマスコミ業界から外交官へと転身したキャリアの持ち主。現在は核をはじめとした大量破壊兵器の不拡散分野を中心に、世界の軍縮・平和推進に取り組んでいます。
古本 建彦さん
外務省 軍縮不拡散・科学部 不拡散・科学原子力課長
通信社記者、国連機関での勤務などを経て、2012年に外務省入省。
世の中にある兵器を、これ以上拡散させない
まずは現在所属している不拡散・科学原子力課について教えてください。
ひと言で表すと、核兵器などの大量破壊兵器をこれ以上世界に拡散させないための取り組みを担っています。具体的な実務のひとつとして、IAEA(国際原子力機関)との連携があります。IAEAは原子力の平和利用や核の不拡散を担っている組織で、彼らと連携しつつ日本として核の不拡散にどう取り組んでいくのかを考えています。
また不拡散の取り組みの中に「輸出管理」という考え方があります。この対象は、例えばミサイルのような最終製品だけでなく、利用方法によって軍事転用されうる機微な技術や物品も含まれます。それらがリスクのある国や組織に行き渡ることを制限するための国際的な枠組みがあるのですが、そのルール整備にも関わっています。
その中で古本さんは、どのような業務をしていますか?
外務省の代表として、各国のカウンターパート(対等な立場にある担当者)と足並みを揃えて先ほど挙げた枠組み整備に向けた調整をしたり、次の国際会議の方向性を整えたりという仕事が多いです。
海外出張は、平均すると2カ月に1回ほど。ワシントンやニューヨーク、IAEAの本部があるウィーンは訪れることが多いですね。各国との会議はオンラインもありますが、やはり対面会議は重要です。直接会うことで掴める相手の立場や考え方への理解が、物事を前に進める信頼関係に繋がるからです。
外交官の仕事に対して、ギャップを感じたことはありますか?
一番大きかったのは、仕事の成果が目に見えて現れるスパンの長さです。 記者時代は、取材したことをその日のうちに記事として発信するという意味で、毎日一定の成果が出る仕事でした。対して外交の仕事は、外国の機関や国内の他省庁と調整・連携を重ね、長いプロセスを経て結実していきます。ある目標に対して数年がかりということも全く珍しくありません。その分達成できたときの喜びや達成感はひとしおですが、入省当初は仕事の進め方の違いに驚いたことを覚えています。
世界に身を置き定めた、自分が進むべき道
大学卒業後は通信社で記者をされていました。その後なぜ外務省を志望したのでしょうか?
記者を目指したのは「世界で起こる紛争や平和を伝えたい」という想いからです。当時、海外特派員になりたかったのです。しかし仕事を続ける中で、“外から客観的に報じる”立場ではなく“自分が当事者になって現状を変える”道もあるのではと思うようになりました。
通信社を退職した後、まずは外務省が行うJPO派遣制度を活用し、期限付きの国連職員として働きました。期間中は発展途上国や本部のある米国に住み、現場で人道支援や選挙支援などに取り組みました。そうしたフィールドワークを経験する中で、次第に現場で起きている諸問題を政策で解決する「ルールメイキング」の方向にも関心が湧くように。いろいろな進路を考えましたが、結果として外務省を目指すことにし、帰国しました。
国連や外務省の仕事には、高いレベルの語学力が必要なイメージがあります。どのように身につけていったのですか?
いわゆる帰国子女ではないので、元々英語は話せませんでした。一方で昔から国際的な仕事がしたいという想いがあったので、学部生時代のアメリカへの交換留学や、イギリスの大学で修士課程を修得していたときに英語は意識して勉強していました。そののち、国連職員として特に南スーダンに赴任していた頃は、日本語を話す人が周囲にいないときも多くあり、そこで否応なく鍛えられました。
入省前までの経験が、今の仕事に活きていると感じることはありますか?
記者はまさに自分から現場に飛び込んで情報を取りに行く仕事でしたが、今振り返っても良い経験をさせてもらったと実感します。国際会議の場などでは、各国の人が立ったまま密集した輪になって交渉する場面によく出くわします。そうしたときに記者の習い性といいますか、気が付いたら人混みの前列に立っているんですね(笑)。
中央省庁の仕事は「手堅く腰を据えて」といったイメージもあるかと思いますが、外交の現場はフットワーク軽く新しい情報を取りに行く姿勢も大切です。
新たなルールづくりを通して、より良い世界をつくる
入省後、特に印象に残っている仕事について教えてください。
前任の女性参画推進室長時代に、WPS(女性・平和・安全保障)という国際的な考え方のテーマに携わったことです。
当時日本はこのテーマにおいて先駆的な立ち位置ではなかったのですが、上川陽子外務大臣(当時)は着任直後からWPSを主要政策と位置付け、大臣のリーダーシップのもと私自身もWPSの国際議論を促す取り組みを進めました。
結果わずか1年余りで、約100か国が参加する国際会議「WPSフォーカルポイント・ネットワーク」の共同議長国に日本がなりました。以後、各国がWPSの話題となるとまず日本に意見を求めてくるようになるほど国際社会でのプレゼンスが高まり、事務方としても非常に大きな手応えでした。
外務省は多忙な印象がありますが、直近の働き方についてはどのように感じていますか?
ここ数年で大きく変わってきたと感じます。外務省全体として残業削減の意識がかなり高くなっていますし、私も管理職として課員には業務の優先順位づけを意識して1日の仕事にあたるようにと伝えています。
また、状況に応じてテレワークを柔軟に活用できるようになりました。外交官は業務上、どうしても時差のある海外との会議がありますが、朝や夜間のミーティングに自宅から参加できるようになりました。労働時間の面でも柔軟性の面でも、働きやすさは向上しています。
外務省での仕事に興味を持つ読者の方々に向けて、メッセージをお願いします。
外交の仕事で最も大切なのは、今起きていることへ敏感にアンテナを張る“好奇心”と、新しいことへ果敢に取り組む“チャレンジ精神”だと思っています。また外務省に入ると配置転換で数年ごとに担当分野が変わるため、それまで知らなかった世界が思いがけない形で広がっていくこともあります。かく言う私がそうでした。ひとつのことを実現する道のりは長いですが、日々の会議のひとつ、交渉でのひと言が、確実に世界の新たなルールメイキングに繋がっています。国際社会を舞台に日本の代表として仕事にあたる手触りは、他ではなかなか得られないものだと思います。
キャリアの変遷
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新卒で通信社に入社 報道記者として約6年間、各地の警察取材・行政取材を担当
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伝える側から、当事者へ 退職後、国連機関(UNHCR・UNDP)で途上国勤務を経験
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日本に帰国、外務省に入省 現場の諸問題を政策で解決できる「ルールメイキング」の道へ
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世界の軍縮・平和外交を推進 外交官として、学生時代に志した「世界の平和構築」に取り組む







