転職ストーリー
デジタルで海の安全を支える。
世界基準と向き合う海上保安庁の仕事
海は国境を越えて繋がっています。だからこそ、海の安全を支える仕組みには、国を越えた共通のルールが欠かせません。電力会社から警察庁を経て、海上保安庁へ。今、小野さんが向き合っているのは、海上インフラを支える国際ルール作りです。長年アナログに頼ってきた海の世界に、デジタルという選択肢をどう組み込むのか。現場と世界を繋ぐ視点から、海の安全を支える仕事の舞台裏を紐解きます。
小野 正虎さん
海上保安庁 交通部 企画課 国際室 課長補佐
電力会社、警察庁を経て、2014年に海上保安庁へ入庁
国内を支える仕事から、世界と向き合うキャリアチェンジ
民間企業から警察庁、そして海上保安庁というキャリアを歩まれた背景を教えてください。
大学院まで画像処理の研究に没頭し、新卒で大手電力会社に入社しました。当時はITバブルの真っ盛り。通信インフラが光ファイバーへ転換していく流れに、大きな可能性を感じたのを覚えています。その後、友人が経営するベンチャー企業の立ち上げに携わり、国内外で事業を拡大しましたが、リーマンショックで状況が一変。給料が激減し、将来への危機感を抱く中で「不況に強い公務員」という選択肢が浮かんだのが最初のきっかけです。
まずは第一級陸上無線技術士の資格を活かし、警察庁へ技官として入庁しました。警察庁では、全国的なネットワークのIP化という、国内の治安を支える極めて重要な通信基盤の整備を担当しました。技術者として盤石なシステムを維持・構築する手応えは大きかったのですが、次第に「技術を武器に、より広いフィールドで政策の根幹に携わりたい」という想いが強くなっていきました。
何より印象に残っているのが、娘に「パパは何のお仕事をしてるの?」と聞かれたときのことです。「国内の通信基盤を支えている大切な仕事だ」と説明しながらも、その先でどんな社会を作ろうとしているのかまでは語れない自分に、ふと気づきました。守るだけでなく、仕組みそのものに関わる仕事がしたい――そんな想いが、次のステップを意識するきっかけになりました。
なぜ海上保安庁を選ばれたのでしょう?
培ってきた通信分野の技術や無線資格と前職での海外業務経験。これらを最も発揮できる場所として、海上保安庁の技術系総合職がベストだと感じたからです。海は世界中と繋がっているからこそ、自国の領域を守るだけでなく国益に直結する仕組みの策定にも関わる機会が豊富にあります。国内の守りを支えた警察庁での経験を土台に「国際的なルール作り」を担い、世界と向き合う技術者へ。そうしたキャリアの転換点でもありました。
30年越しの技術革新。未来を見据えて、世界標準を練り上げる
現在はどのようなプロジェクトに関わっていますか?
海上保安庁の使命は自国の領海警備・海難救助にとどまりません。国際社会でどんなルールを作り、運用するかという「策定の場」に深く関わります。
実は、海の世界は驚くほどアナログで、技術革新が遅れてきました。現在主流のAIS(船舶自動識別装置)は、約30年前の技術に基づくため、通信容量が極めて小さく、位置などの最低限の情報しか扱えません。この状況を打破するのが、次世代の海上通信規格である『VDES』です。データ通信容量が約32倍に拡大するため、災害情報や航行支援など、船の判断そのものを支える情報をリアルタイムで届けられるようになります。2028年には船舶の安全確保を目的とするSOLAS条約が改正予定であり、VDESが搭載義務の機器としてAISの代わりに搭載を選択できるよう正式に位置付けられる見込みです。
国際条約の改正が視野に入ったことで、VDESは構想段階を越え、現実の運用を前提とした検討が進み始めています。技術仕様の議論に加え、実際の海上でどう使われ、どんな価値を生むのか。その具体像を描きながら、各国が同時に動き出している状況です。
技術革命は、世界共通のルール作りでもあるんですね。
その通りです。現在はIALA(国際航路標識機関)などの国際会議で、この拡張された通信容量をどう活かすかのルール作りが本格化しています。日本が提案しているのは、災害情報の可視化です。津波の恐れがある海域や緊急の立入禁止区域を電子海図上に表示し、直感的に把握できる仕組みを整える。日本が培ってきた防災の知見を世界標準に反映させていく取り組みです。
実際に関わってみると、仕事の手応えはこれまでとはまったく違います。一国の都合ではなく、各国の事情や技術水準をすり合わせ、世界中の船が共有できる共通言語を設計していく。一つの判断が、数十年後の世界の海で当たり前に使われ続ける。そのスケール感と緊張感に、技術者として強い刺激を感じています。
デジタル時代に、あえて灯台を。海の安全を支える国際連携の形
小野さんが主体となって進めている「姉妹灯台プロジェクト」についても教えてください。
日本最初の西洋式灯台である観音埼灯台がフランス人の技師によって建てられたことを知っており、フランス大使館への出向中、何とかこの縁を形にしたいと思っていました。そこで、海を通じて生まれた歴史的な絆を現代に活かすべく立ち上げたのが、「姉妹灯台プロジェクト」です。なぜデジタル全盛の今、灯台なのか。実はGPSの妨害や通信遮断といった最悪の事態が起きた際、最後に船が位置を確認できるのは灯台の光だけです。
しかし、灯台の維持管理はコスト観点からも世界共通の課題でもあります。だからこそ、国を越えて知恵を共有し、技術交換を行うハブを作ることが不可欠です。この取り組みはニュースでも取り上げられ、フランス大使からも好意的なコメントをいただくなど大きな反響を呼び、SNSでも20万ビューを記録しました。一見アナログな灯台が、実はデジタルを補完し、現代の安全を支える存在であることを、世界と協力して再定義することに意味がありました。
民間企業から官公庁へ転職して、最も強く感じている「違い」は何でしょうか?
決定的な違いは、「主語が国民になった」ことです。「一人でも多くの国民の命・財産が救われるか」がすべての判断基準。警察庁では「国内の安全基盤」を支え、海上保安庁では「世界の安全ルール」を作る。役割は違えど、どちらも国民の生命・財産を守るためにあります。
数字で結果が出る世界ではありませんが、だからこそ「やる意味」はどこまでも明確です。「国民のために、何度でも挑戦する」。この感覚は、転職して初めて得られたものでした。組織内でもデジタル化が劇的に進んでおり、若手や民間企業出身者の提案を柔軟に受け入れる風通しの良さがあります。自分のスキルを社会のために使いたいと願うなら、ここは最高のフィールドです。
キャリアの変遷
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不況の中で見つけた「一生の仕事」への決意 リーマンショックを契機に公務員を志望。民間企業で培ったスピード感と専門性を携え、新たなキャリアの一歩を踏み出す
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警察庁で国内の通信基盤を支える 全国的なネットワークのIP化に従事し、治安を支える盤石な通信インフラを技術面から構築
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海上保安庁で挑む、30年ぶりの「海の技術革命」 海外駐在経験を活かし、海の国際ルール作りや安全策定に挑む
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「国民の安全」を主語に。現場と世界を繋ぐ 今後は培った改善マインドと堅実な技術力を融合し、世界の海を安全へと導くプロフェッショナルを目指す







