転職ストーリー
37歳で児童福祉司へ転身。
子どもたちの、声にならない声に向き合う
子どもや家庭に関する相談支援を担う児童福祉司。各自治体の児童相談所で子どもや保護者と向き合い、状況に応じた支援を行う仕事です。今回お話を伺った長坂さんは、民間企業での営業職や高齢者福祉での相談支援を経て、37歳で愛知県職員に。現在は一宮児童相談センターの児童福祉司として、相談支援の現場に立っています。高齢者支援から児童福祉へ――新たな挑戦、そしてその中で変わらなかった想いに迫ります。
長坂 有希さん
一宮児童相談センター 児童福祉司 主任
大学で福祉を学び、新卒で商社に就職。その後、福祉の現場へ転身し、地域包括支援センターで約13年間高齢者福祉に携わる。社会人経験者採用で愛知県に入庁し、現在は児童福祉司として子どもと家庭の支援を担当している。
3年越しでつかんだ転機。社会人採用で愛知県職員へ
児童福祉司になる前は、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。
大学卒業後は商社に就職しました。ただ、福祉への関心が薄れることはなく、かつての学びを活かせる仕事にも挑戦したいと考え、地域包括支援センターへ転職。高齢者福祉に携わるようになりました。約13年間、高齢者の方やご家族からの相談対応、関係機関との連携などを担当し、一人ひとりに向き合いながら必要な支援を考える日々を送っていました。
高齢者福祉から児童福祉へ。新たな挑戦の理由を教えてください。
仕事にやりがいを感じる一方で、別の福祉分野にも挑戦したい思いが強まりました。視点を変えて人や家族を支えることで視野が広がると考え、児童福祉に興味を持つようになったんです。さらに、行政と連携して支援を進めることが多く、公務員の仕事を身近に感じる機会も増えていきました。新たな分野への挑戦と公務員として働きたいという思いが重なり、愛知県職員として児童福祉司を目指すことを決意しました。
児童福祉への転身に加えて、公務員試験への挑戦でもあったのですね。受験までの道のりはいかがでしたか?
実は一度で合格できたわけではなく、3度受験しています。仕事をしながら勉強時間を確保するのは簡単ではありませんでしたし、募集時期の確認が十分でなく、受験の機会を逃してしまった年もありました。教養試験と福祉の専門試験がありましたが、大学時代から10年以上が経ち制度や法律も変わっていたため、私にとっては専門試験の対策に苦労し、知識を一から学び直す感覚でした。
加えて、高齢者福祉の現場に身を置いてきたからこそ、実務と制度の違いに戸惑うこともありました。それでも、折れずに勉強と受験を続けたことで今の仕事につながっています。要件を満たしていれば何度でもチャレンジできることは大きな励みとなり、3年かけて挑戦を続けた経験は決して無駄ではなかったと感じています。
「子どもは、それでも親を好きかもしれない」
努力が実り、愛知県職員として入庁されました。現在のお仕事について教えてください。
愛知県の児童福祉司として一宮児童相談センターで、子どもや家庭に関する相談支援を担当しています。子どもとの会話が成り立たない、家出を繰り返す、手が出てしまうなど、さまざまなケースに向き合いながら家庭の状況を整理し、支援方針を検討。子どもたちの安全確認や保護者との面談、学校など関係機関との連携にも取り組んでいます。
実際に児童福祉に携わってみて、高齢者福祉との共通点を感じることはありますか。
「体が思うように動かず、一人で生きていくことが恐ろしい」
「子どもと一緒に暮らすことが耐えられない。もう、預けてしまいたい」
高齢者福祉も児童福祉も、内容こそ異なりますが、「助けてほしい」「話を聞いてほしい」という切実な思いは同じです。まずは目の前の方の声に耳を傾け、苦しさの要因をひも解きながら、必要な支援を考えていく。その姿勢はどちらも変わりません。
一方で、児童福祉ならではの難しさを感じることはありますか?
高齢者支援ではご本人から話を伺えることも多いですが、子どもの場合は自分の気持ちや状況をうまく言葉にできないことが大半です。こちらが良いと思って提案したことが、伝わらないことも多々あります。
また、同年齢でも成長の段階や家庭環境によって状況は大きく異なり、似ているように見えても、同じケースはひとつとしてありません。それが、前職との大きなギャップでした。入庁から5年経った今でも「本当にこの支援でいいのだろうか」と悩みますし、他の職員と相談し、考えぬきながら日々の支援に向き合っています。
組織で話し合いながら支援の方向性を決めていくことが多いのですね。
前職と比べても、支援の方向性を組織で丁寧に検討し、意思決定していく場面が多いと感じます。入庁からしばらく経ったころ、虐待の疑いで一時保護している子どもの支援方針について検討する機会がありました。保護者への再発防止策や、定期的に距離を置くといった方法を軸に話を進めていましたが、他の職員から「お子さんは、本当にそれでいいのだろうか」という声が上がったんです。
子どもは、それでも親を好きかもしれない。なぜ距離を置く必要があるのか、きちんと理解できていなければ、かえって親子の溝が深まってしまうのではないか。自分一人では気づけなかった視点に、はっとさせられました。保護者への働きかけだけでなく、子ども本人にも状況を丁寧に伝え、納得できるまで向き合う。その方針を組織として選択しました。
一つひとつの判断は、決して軽いものではありません。ですが、その責任を負うのは個人ではなく組織全体です。ともに背負っていくことが、気持ちの支えにもなっています。
児童福祉司として一緒に悩みながら、少しでも親子の重荷を下ろしたい
子どもたちや家庭と向き合う上で、大切にしていることを教えてください。
児童相談所というと、虐待対応や保護を行う場所というイメージを持たれがちです。ですが、実際はそれだけではありません。「誰にも言えないけれど、このままでは自分が壊れてしまう」「どうにか、現状を変えてほしい」そんな思いで相談に来られる方も、日々いらっしゃいます。そして、その陰で苦しんでいるのは、子どもたちです。子どもは自分から助けを求めたり、置かれた状況をうまく言葉にするのが難しいものです。だからこそ、声にならない思いに気づき、ともに前に進む方法を考えていくことを大切にしています。
答えを示すのではなく、一緒に考えていくことを大切にされているのですね。
そうですね。子どもや家庭への関わり方に、絶対に正しい答えはありません。今は最善と思える方法でも、数カ月後には状況が変わることもあります。だからこそ「こうしてください」と答えを示すのではなく、「一緒に考え、悩んでいきましょう」という気持ちで向き合っています。
子どもも保護者も、それぞれに悩みや苦しさを抱えています。その重荷を少しでも和らげながら、より良い方向を探っていく。それが私たちの役割だと思っています。自分が関わったことで、その後の面談などで良い変化が見られた時は、本当にうれしいですね。「やっとこの子と気持ちが通じました」と保護者の方の表情が和らいだ瞬間を、今でも覚えています。
そうした経験を重ねる中で、長坂さんがこれから目指していきたいことはありますか。
児童相談所での経験を大切にしながら、今後はさまざまな部署も経験してみたいと考えています。そして将来的には制度や仕組みづくりに携わりながら、愛知県全体の福祉に貢献していきたいですね。今、子どもたちや家庭と向き合う中で見えてきた課題を現場だけで終わらせるのではなく、県全体の支援につなげていきたいです。
キャリアの変遷
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福祉を学ぶも、最初の就職は総合商社へ 大学卒業後、新卒で総合商社に就職。営業職として社会人生活をスタート
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高齢者支援の現場への転身 福祉への関心から、愛知県内の地域包括支援センターへ。約13年間、高齢者支援に寄り添い続ける
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新たな分野、そして公務員への挑戦 別の福祉分野にも挑戦したいという思いが高まり、34歳で愛知県職員を目指す
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愛知県の福祉を支える存在へ 児童福祉司として子どもや家庭を支援。将来は制度や施策にも携わり、県全体の福祉の充実を目指す







