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Woman Career

age28 28歳から、今の私につながるキャリア age28 28歳から、今の私につながるキャリア

30歳を目前に、結婚やキャリアなど人生の選択に悩む28歳。
さまざまな分野で活躍する女性たちが28歳の時に何を考え、何に迷い、何を選択したのか。
「自分らしい」キャリアアップを真剣に考える女性たちに贈る、“先輩”からのメッセージを紹介。

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掲載日:2015年11月16日

株式会社ジャパンタイムズ 執行役員編集担当 大門 小百合さん

目の前に来たチャンスは必ずつかむ 新しい出会いも次のステップも、その先にあるから

英字新聞『The Japan Times』の執行役員・編集担当として、紙面全体の編集方針を決め、編集・制作や知財管理の各部署を統括する大門小百合さん。同紙初の女性編集責任者のポジションに就き、育休明けの報道部長時代には、「パートタイムデスク制」を導入するなど、ワーキングママの第一線を走ってきました。しかし、大門さん自身は「初めからキャリア志向だったわけではない」と言い、「自分にこの仕事は向いていないのではないか」といつも悩んでいたそうです。今の肩書きからは想像できない意外なエピソードの数々をお聞きしました。

大門 小百合さんプロフィール 株式会社ジャパンタイムズ 執行役員編集担当

1968年生まれ。高校時代に2年間のアメリカ留学を経験し、上智大学の比較文化学科入学後はニュージーランドのオークランド大学へ留学。91年に上智大学を卒業後、株式会社ジャパンタイムズに入社し、報道部の記者として政治、経済、産業を担当。2000年8月から01年7月までハーバード大学のニーマン特別研究員として留学し、ジャーナリズムとアメリカ政治を研究。03年に編集局報道部次長になり、05年にはキングファイサル研究所研究員として、サウジアラビアに滞在。06年、報道部長に就任し、翌年、編集局次長に。13年10月より現職。プライベートでは95年に結婚し、04年に長女を出産。著書に『ハーバードで語られる世界戦略』(光文社新書)『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)がある。

~28歳の時~ 自信が持てず悩んでいた20代
「もう辞めたい」と何度も思った

入社したての頃は、事件・事故などの社会ネタを追っていたのですが、ちょうど1年ぐらい経ったころ、PKO法案が成立するかどうかで国会が紛糾しました。各メディアが大きく取り上げて報道しており、私もすぐに「国会取材に行け」と言われて、そのまま政治担当になりました。徹夜国会が1週間続くような多忙な現場を新人記者時代から経験し、続いて財務省、日銀などの経済分野も担当するようになりました。担当分野について無我夢中で勉強しましたが、自分はあまりにも物事を知らないし、英語の原稿もうまく書けない。いつになったら一人前の記者になれるのかと、劣等感を抱えていました。そのころ、先輩記者がランチに誘ってくれて、仕事で落ち込んでいる私を励ましてくれたことをよく覚えています。「よく動き回ってネタを取ってくるじゃないか。英文記事は書き続けていればうまくなる。それよりも記者は足で稼ぐことが大事なんだから、今のまま頑張れば大丈夫。考えすぎないほうがいいよ」と。このアドバイスには本当に救われました。

実は20代前半は結婚願望が強かったんです。記者クラブにいる他社の女性記者の中には「結婚より仕事」という感じの先輩もいましたが、私は結婚も仕事もしたいと感じていました。入社から3年経ったころに他社の記者だった今の夫に出会い、26歳で結婚しました。結婚後も、自分の担当が変わるたびに「また何も分からないところからのスタートだ」と自信を失い、「自分は記者に向いていないのではないか。もう辞めたい」と何度も夫に話しましたが、そのたびに、「辞めて何をするの?辞めるのはいつでもできるんだから、ほかにやりたいことが出てきたら辞めれば?」と言われ、今に至っています。

28歳のころは運輸省を担当し、日米の航空交渉を取材していました。航空路線の開設問題で日米が対立していたのですが、英字新聞であるジャパンタイムズは、日本だけでなくアメリカ側にも直接話を聞くことができたので、ほかの新聞とは違う視点で切り込めました。アメリカの運輸長官が日本の運輸大臣に宛てた書簡をスクープするなど、仕事にやりがいを感じていた時期です。しかし一方で、自分は勉強が足りないと改めて考えるようになっていました。例えば取材先で、英字新聞の記者だから詳しいだろうと海外の事例を聞かれても、何も答えられない。もっと勉強しなければ、という思いが強まっていきましたね。

大手新聞社であれば、社会部、経済部などに専門分野が分かれ、頻繁に担当が変わることは少ないと思います。当社は小さな会社ですから、あらゆる分野を担当します。担当替えになると、業界用語や仕組みなど、日本語と英語で一から学ばなければならないので大変。28歳くらいまでは勉強の毎日でした。

~28歳から今~ 立ち止まる機会を与えてくれた留学
世界中のジャーナリストと出会い、自分の進む道が見えた

記者生活の転機になったのは、2000年のハーバード大学への留学です。これは、ニーマン特別研究員制度というジャーナリストの実務経験者向けプログラムで、他社の記者から勧められて応募しました。とても合格できるとは思っていなかったので、合格を知った時は、家庭はどうしようかと迷いましたね。しかし、ちょうど夫がフリージャーナリストへの転身を考えていた時期だったので、一緒に来てくれることになりました。本当にありがたかったです。

ニーマン特別研究員制度では、世界各国から来た24名の記者が、希望する分野を1年間勉強します。私はジャーナリズムとアメリカ政治を選びましたが、その研究もさることながら、世界中のジャーナリストと交流できたのが何よりの収穫でした。内戦を経験したボスニアから来ている記者、汚職を暴こうとして脅迫されているコロンビアの記者など、彼らが向き合っているのは、私と比較にならないほど厳しい世界。自分が大事だと思うテーマに、文字通り命がけで切り込み、突き進んでいく。そんなジャーナリストたちがいるのに、私は目の前の仕事に精一杯で、自分ができないことに悩むばかり。世界との差を思い知らされました。日本で英語の新聞を発行しているという特異性をもう一度考え、外国人に日本のことをどう伝えたら分かってくれるのか。また外から見た日本はどうなのか。ジャパンタイムズの記者だからこそ、見えること、提示できることがあるはずだと、自分の仕事を見つめ直すことができました。

帰国後はデスクとして紙面の編集を担当。その後、報道部の次長となり、2006年に報道部長になりました。実はこの時は、一度は断りました。当時、娘が2歳で「ママ、ママ」と一番甘えてくるころで、急に熱を出すことも多い時期。そんな時に重責を担うのは無理だと思ったのです。しかし、「全部自分でやらなくてもいい。部下がきちんと働けるように、仕事をうまく振り分けてコントロールしてほしいだけだ」と上司に説得されてチャレンジを決めました。そして私を含め、誰かが急に休みを取っても大丈夫なように「パートタイムデスク制」を導入。通常、デスクはページの編集責任を担う人なので、シフトに入ったら何があっても休めないのですが、正規のデスク以外に数人のベテラン記者による「パートタイムデスク」を設置し、デスクが不在になった時には対応してもらうことにしたのです。初めは本当にできるのかという声もありましたが、実際にやってみると、デスクと記者の兼務は記者たちの成長につながりました。こうした柔軟な方法を取り入れたことで、現在、妊娠・子育て中の報道部デスクや記者が増えているのはうれしいことですね。そして、2013年に紙面全体の編集責任者である現職に就任。どの役職も、打診された時は私にできるだろうかという不安もありましたが、「来た球は打つ」という気持ちで引き受けてきました。

株式会社ジャパンタイムズは、日刊紙である『The Japan Times』のほか、日曜版の『The Japan Times on Sunday』、英語学習者向けの週刊英字新聞『The Japan Times ST』を発行

~28歳の働く女性へのメッセージ~ 自分が欲しいチャンスはあきらめない
0歳の娘を連れてサウジアラビアの研究所へ

結婚したころは、出産は今すぐでなくてもいいと考えていました。アメリカ留学後、33歳で子どもを授かった際には、子宮外妊娠で命の危険にさらされる経験もしています。その時には、誰もが望んだとおりに無事に子どもを産めるわけではないということを実感し、生まれてくる命や、失われる命、弱い人たちへの目線を持つことができていなかった自分に気づきました。もう妊娠は難しいと思っていたので、3年後に長女を授かった時は、ただ感謝するばかり。今は周りのたくさんの人に助けられながら子どもを育て、仕事ができています。

長女出産後の育休中にも、周りの人に助けられることがありました。サウジアラビアのキングファイサル研究所にフリージャーナリストの夫とともに、研究員として招かれたのです。しかし、当時、娘はまだ0歳だったので、行くかどうか本当に迷いました。サウジアラビアは、観光ビザでは入れない、異教徒の入国が原則禁止されている国。内部の情報も閉ざされていて、特に女性たちがどんな生活をしているのかは、外にはほとんど知らされていませんでした。私はそのような国に滞在できるこのチャンスを逃したくなかったので、現地に問い合わせたり、中東に詳しい政治家や専門家に相談するなど現地の状況を調べ尽くして、サウジアラビアに行く決断をしました。結果的にサウジアラビアの女性について取材・研究することができ、これは私のキャリアにとって、とても大きな財産になっています。困難なことがあっても、まずはチャンスをつかみとれる可能性を信じることが大事だと実感しました。

チャンスは思いがけない時に、思いがけないところからやってきます。それをつかむかどうかは自分次第。私もたまたま来たチャンスをつかんできたことで、今の自分があると思っています。事情があってチャンスをつかむのが難しいこともあるかもしれません。そんな時も、すぐに諦めるのではなく、誰かに相談したり、今の自分にできることはないか調べたり、とことん考えて行動するべきだと思います。

何人ものワーキングママを部下に持つ大門さん。「上司と育休明けの部下の間では、きめ細かく話し合う、コミュニケーションが大切だと思いますね」

今、28歳の自分にアドバイスをするとしたら?

今の私は28歳の自分が思ってもいなかった立場にいます。しかし、ニュースを通じて世界と日本の距離を縮めたいという、昔から持っていた思いは今も持ち続けていますし、編集責任を担い、経営の視点を持つ今の立場になったからこそ、実現できていることもあると伝えたいですね。そして「とにかく怠けないで。今、やるべきことをしっかりやって」と言いたいです。特に人に会うことに横着すると、チャンスを逃すことが多くなります。たくさんの出会いがある20代だからこそ、メールや電話で済まさず、足を使うべきだとアドバイスしたいです。

編集後記

落ち着いた声で穏やかに話される大門さん。「来た球を打つ」ようにチャンスをつかんできたというエピソードも、朗らかにお話しくださいました。多忙な仕事やママ業の合間を縫ってゴスペルやテニスを楽しみ、お祭りではみこしを担ぐというエネルギッシュな面も。『The Japan Times』を見るたびに大門さんの優しい笑顔が浮かびます。

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「自分らしいキャリアを生きる」先輩からのメッセージ

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