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age28 28歳から、今の私につながるキャリア

30歳を目前に、結婚やキャリアなど人生の選択に悩む28歳。
さまざまな分野で活躍する女性たちが28歳の時に何を考え、何に迷い、何を選択したのか。
「自分らしい」キャリアアップを真剣に考える女性たちに贈る、“先輩”からのメッセージを紹介。

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掲載日:2016年12月19日

interview vol.31 株式会社サニーサイドアップキャリア 代表取締役社長 平田 静子さん 「やったことがない」は、「やらない」理由にはならない 何歳になっても仕事こそが私を成長させてくれる

累計400万部のベストセラー『チーズはどこへ消えた?』をはじめ、数々のヒット作品を世に送り出してきた出版プロデューサーの平田静子さん。フジテレビで“ごく普通のOL”として働き始め、その後、扶桑社への出向を経て、女性で初めてフジサンケイグループの取締役を務めました。現在も2社の代表取締役を兼務するなどパラレルキャリアの真っただ中にいる平田さんに、仕事に対する気持ちの変化や、キャリアを通して変わらない思いについて語っていただきました。

平田 静子さん プロフィール株式会社サニーサイドアップキャリア 代表取締役社長

明治大学短期大学を卒業後、1969年に株式会社フジテレビジョンに入社。84年に株式会社扶桑社に出向し、宣伝部を経て書籍編集部の編集長となり、『アメリカインディアンの教え』など数々のベストセラーを生み出す。2000年には累計400万部の大ヒット作となった『チーズはどこへ消えた?』を手掛けた。その後、執行役員、取締役、常務取締役などを歴任。2010年3月に退職後、自らの会社、ヒラタワークス株式会社を設立し、出版・映像・イベント・マーケティングなどのプロデュースに携わっている。並行して2016年7月より株式会社サニーサイドアップキャリアの代表取締役を務める。著書に『そういえば、いつも目の前のことだけやってきた』(マガジンハウス)がある。

career zoom1 〜28歳の時〜“定年”の25歳を目前にして制度が撤廃 2人目の子を出産して仕事に復帰した28歳

短大を卒業後にフジテレビに入ったのは、「テレビ局って面白そう」という単純な好奇心からです。その時点では長く働き続けるイメージもキャリア志向も私にはまったくありませんでした。というのも当時のフジテレビの女性は「25歳定年制」。採用面接ではその点を何度も念押しされたくらいです。私は仕事への熱意も特になかったので、内心「定年まで5年も働かなきゃいけないのか」くらいの気持ちでした。

入社後は総務部文書課で伝票処理やお茶出しなどの事務を担当し、次に配属された電波企画室でも、同じく事務として働きました。そしていよいよ20代も半ばに差し掛かったころ、「女性25歳定年制」が全面撤廃されたのです。それを知ってまず思ったのは、「働いていいんだ」ということ。キャリアへの野望はまったくなかったものの、目の前に真っ白な、自由に選択していい道が開けたという感覚がありました。

24歳の時に1人目、27歳で2人目を出産し、1年間の休職を挟んで仕事に復帰したのが28歳の時です。配属されたグループ会議事務局で、書類作成や伝票整理など事務全般を任されました。中でも私が得意だったのがリライト作業です。当時はまだワープロもなく、上司が走り書きした文章を清書して会議用に資料を作ることも私の役目でした。その時の上司は、誰が見ても読めない悪筆の持ち主だったのですが、私は前後左右の文から内容を推測し、一度も「これは何と書いてあるのですか」と尋ねることなく毎回リライトをやり遂げました。すると上司はとても喜び、のちに上司が別の部署に移ってからもリライトをたびたび頼まれたほどです。

人が喜んでくれるとすごくうれしい、という気持ちは働き始めた当初からありました。ですからリライト作業に限らず、例えば書類はできるだけ見やすいように整えたり、お茶を出す際には各自の好みに合わせて濃さや熱さを調整したりしていました。どれも目立たないことですが、こうした何気ないところに気を利かせることは、実は仕事をする上で大切だと感じています。目の前の仕事にこつこつと取り組みクリアしていくことで、おのずともう少し高いステップが与えられるのだと思います。

出産後に仕事に復帰した女性も、育児のために1年休職した女性も、それまで社内には皆無。「道を切り拓こうと思ったわけではなく、ただ自分の都合で選んできただけです。でもその後、出産を経て仕事に戻る女性社員が続々と出てきて、結果的には私が突破口を開く形になりました」

career zoom2 〜28歳から今〜「なぜだろう」「知りたい」という好奇心が本作りの仕事に打ち込む原動力に

35歳でグループ会社の扶桑社に出向しました。宣伝部を経て、42歳の時に初めて就いた役職がいきなり書籍編集部の編集長でした。本作りの経験がまったくない素人が編集長になることなど異例中の異例で、最初は部員から向けられる目も冷ややか。風当たりは非常にきつかったですね。そんな私を見かねたのか、ある日1人の男性部員が「大変だと思いますが、分からないことがあったら何でも聞いてください」と言ってくれて。その瞬間に思わず涙が出てきて、慌てて後ろを向いて「ありがとう」と答えたのを覚えています。

私の強みは何かを考え、テレビ局にいた経験を活かして、テレビドラマを本にすることを思いつきました。最初に手掛けたのがドラマ『もう誰も愛さない』のノベライゼーションで、40万部の大ヒットに。それを境に、部下の私を見る目ががらりと変わりました。その時に学んだのは、人はどんなに小さくても成功体験をすることがとても大切だということです。成功体験をすると、それは成功“体感”となる。つまり、「こうすれば勝てるんだ」という感覚が身につくのです。私自身がそうでしたし、その後、フジテレビの本を順に担当してヒットさせた部下たちもみな、それぞれ自分の企画もヒットさせるようになりました。

2000年に発行した『チーズはどこへ消えた?』をはじめ、手掛けた本で思い出深いものはたくさんありますが、1冊を挙げるなら、松山ホステス殺害事件で15年近い逃亡の末に逮捕された福田和子元受刑者の手記『涙の谷』です。この本を作る最初のきっかけは、逮捕のニュースを見て「こんなに長い間、いったいどこで何をしていたのか」「時効直前で捕まったのはなぜだろう」と疑問が次々に湧き上がってきたことでした。つてを頼って近しい人に連絡をとるところから始め、拘置所に通い詰め、手紙のやりとりを重ねて手記の出版にこぎ着けました。ゼロからすべて1人で開拓したという点で忘れられない仕事です。

62歳で扶桑社を定年退職し、ヒラタワークスを立ち上げて6年がたちます。2015年の7月からは株式会社サニーサイドアップキャリアの代表取締役も務めています。まったくの異業種である人材の仕事に関わり始めたわけですが、出版業と共通しているのは、どちらも人を幸せにできる仕事だということです。出版なら、面白い本を生み出すことで多くの人に喜んでもらえ、時には読む人の日常を豊かにすることもできるでしょう。人材の仕事も、その人にマッチした仕事を紹介することで、望む働き方や生き方をかなえるお手伝いができます。私の職業人生の根底には、ずっと変わらない軸として「人が喜んでいる姿を見たい」という思いがあるのです。

サニーサイドアップキャリアの代表に就き、「必要な人に必要な仕事を」という企業キャッチフレーズを新たに作った。「『言葉』に携わってきた経験を活かして、会社が目指しているものを明確にすることで、社員が同じ方向を見て仕事ができるようにしたいと考えました」

career zoom3 〜28歳の働く女性へのメッセージ〜経験のないこと、未知のことを不安に思うならなおさら飛び込んで経験してみてほしい

意欲も野心もなく社会人になった私ですが、「しっかり働かないと」と思ったタイミングが人生で三度あります。最初は、フジテレビの女性の「25歳定年制」が撤廃されて道が開けた時です。二度目は31歳で離婚し、私がこの子たちを育てるんだと決めた時。きちんと仕事をして子どもたちに恥じない給料をもらおうと思ったのです。そして三度目は、フジテレビから扶桑社に出向が決まった際に、いつも厳しかった上司に初めて「ここまでよく頑張ったな」と褒められた時です。そこでハッと気付いたのは、今までその上司が私に特に厳しく当たっていたのは、子どもを2人抱えながら男社会でこれからも働いていく私に覚悟をつけさせるためだったのだ、ということ。こんなふうに応援してくれる人もいるんだと勇気づけられ、その気持ちに応えたいと思いました。

仕事ほど人を成長させてくれるものはない、と振り返って改めて思います。仕事を通して出会う多くの人や出来事など、すべてが自分自身の血となり肉となり、人をどんどん大きく、深くしてくれます。学生時代は「仕事なんて別にしなくていいや」と思っていましたが、いま大学生に向けて話す機会があれば必ず、「みなさん仕事は絶対に持ってくださいね」と伝えています。

出産・育児と仕事との両立に不安を抱えている女性たちにも、仕事はぜひ続けてほしいと思っています。仕事とは多くを学べる場であり、自らも日々成長し続けながら、子どもを育てていけるからです。女性がより働きやすい世の中にするために、職場の環境やサポート、公的支援などがもっと整備される必要があるのも事実です。それとは別に、女性自身が自分の心の中の不安だけでブレーキをかけないことも大切だと思います。経験のないことに不安を感じるのは当然で、それを解消するには、飛び込んで実際に経験してみるしかありません。始めてみて本当に嫌だったら別の方法を探せばいいんです。「やったことがない」は、「やらない」ことの理由にはならない。これは私が著書に記し、自分自身にも常に言い聞かせてきた言葉です。もし不安の中に少しでも前向きな気持ちがあるのなら、自分の素直な思いや好奇心に従って、まずは飛び込んでみてほしいと思います。

「サニーサイドアップキャリアの社長就任を打診された際はかなり迷いました。でも『やったことがない、を言い訳にしないで』と自分で本に書いた以上、経験がないからできませんとは言えないと思ったんです。キャリアの最後にチャレンジをしてみようと決めました」

今、28歳の自分にアドバイスをするとしたら?

2人目を出産し、1年の休職を経て職場に戻ったころです。「残業がない部署に」という私の希望を汲んで配属された部署でしたが、ほどなくして体制が大きく変わり、社内でも重要なセクションとして仕事量が急に増えました。夜に行われる会議に合わせて残業をしたり、週末もグループ会社のイベントに参加したりと、自分の時間はまったくない毎日。それでもとにかく目の前の仕事に素直にこつこつと取り組んでいました。だからもし言葉を掛けるなら、ひと言「よく頑張っているね」と自分をねぎらってあげたいですね。

編集後記

女性の「25歳定年制」という今では信じられないようなお話から始まった平田さんのインタビュー。編集長への突然の抜擢など、次々に現れる難所を、持ち前の朗らかさと好奇心でくぐり抜けてきたエピソードに引き込まれました。「人が喜ぶことが私の喜び」と平田さん。長いキャリアを貫く1本の軸がはっきりと見えました。

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「自分らしいキャリアを生きる」先輩からのメッセージ

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