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Age28 〜28歳から、今の私につながるキャリア〜

Age28 〜28歳から、今の私につながるキャリア〜 Age28 〜28歳から、今の私につながるキャリア〜
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掲載日:2015年12月14日
更新日:2020年8月24日

人生の分岐点は繰り返し訪れるもの
軌道修正は利くはずだから、「自分が選択した道が一番正しい」と信じて

2009年に株式会社幻冬舎初の女性誌「GINGER」の創刊に携わり、5年半にわたり初代編集長を務めた片山裕美さん。現在はスマートフォン向けファッション誌「GINGER mirror」を手掛けるなど、紙媒体の枠を超えて、培った編集の手腕を振るっています。28歳の時は、所属していた女性誌の編集部で“筋トレ”の真っ最中だったと振り返る片山さん。当時の経験がその後のキャリアにもたらしたものや、雑誌づくりの現場に身を置き続ける理由について、お話を伺いました。

株式会社幻冬舎 女性誌事業部片山 裕美さん

1963年生まれ。お茶の水女子大学を卒業後、株式会社主婦の友社に入社。OLターゲットのファッション誌「éf(エフ)」編集部で7年間経験を積んだ後、20代前半の女性をターゲットにしたファッション誌「Ray」編集部に異動し、35歳で編集長に就任。最高発行部数40万部の人気雑誌へと押し上げる。2001年、カジュアルファッション誌「mina」の創刊に携わり、編集長に。その後、ヤング女性誌部門の部長を務めた後、07年に退社。フリーランスを経て同年、幻冬舎に入社。「GOETHE」編集部を経て、09年3月、同社初となる女性誌「GINGER」を創刊。以降14年12月号まで編集長を務める。2015年、ネット通信販売の楽天市場と連動したスマートフォン向け無料ファッション誌「GINGER mirror」(15年4月創刊)をスタートさせた。

~28歳の時~ 先輩をお手本にしながら夢中で勉強する日々
互いに力を補完し合いながら一つの雑誌を作り上げていく楽しさを知る

28歳の時は、ファッション誌「éf」の編集部で美容を担当するようになったころです。「éf」編集部には主婦の友社に新卒で入社してから、ずっと所属していました。同じ美容班の先輩にとても優秀な人がいて、タイトルの付け方から写真の撮り方、外部スタッフへの接し方まで、その人をお手本にしながら夢中で勉強する日々。読者アンケートで、主力のファッション企画を抑えて、美容企画が人気1位を連続して取れるようになったときには、読者の心にもっと刺さる企画を載せたいとさらに熱が入りましたね。読者が求めるものを打ち出すことができれば、雑誌の人気や知名度も上がり、売れ行きも伸びる。編集の仕事の面白さを実感し始めた時期だったと思います。

さかのぼると、新人のころは仕事ができないダメ編集者で、毎日のように怒られてばかりでした。編集者に絶対必要なカメラマンやスタイリストなどのスタッフに対する「状況を察した気遣い」や「相手の立場に立って考えること」ができず、撮影現場でもまったく気がきかない。就職活動の中で「なんとなく自分に合っているかも」と軽い気持ちで選んだ編集の道でしたが、自覚が足りていなかったんです。そんなダメな私を周りの先輩は愛情を持って育ててくれました。

大量の原稿に追われ鍛えられた新人時代の経験

こまごまとした仕事はすべて新人の私に回ってくるので、毎号とにかく大量に原稿を書く必要があり、それを何年も続けたことは相当なトレーニングになりました。編集者としての基礎体力がそこで培われたと思います。もう一つ、理想的なチームワークを目の当たりにした経験を積めたことは、その後の自分の仕事に活きていると感じます。“「éf」らしさ”を感性で判断する編集長がいて、それをきちんと言語化して部員に浸透させる副編集長がいて、一番下っ端の私に至るまでいわば美しいヒエラルキーができていて、その中で各自の役割分担がはっきりしている。互いに力を補完し合いながら一つの雑誌を作り上げていく楽しさを知りました。以来、私がずっと雑誌編集を続けて来たのは、そんなふうにチームでものを生み出す過程が好きで仕方がないからです。

「éf」での地道な下積みは、まさに足腰のトレーニング。「おかげで原稿書きや編集作業のスピードがものすごく早くなりました。だからその後の異動でどんなに違う環境に飛び込んでも、ついて行くことができたんです」

~28歳から今~ チームをまとめ上げた30代を経て転職を決断
雑誌編集者のスキルから広がる可能性に心躍らせる

転機は30歳でした。ファッション誌「Ray」の編集部に異動になり、20代前半の女子大生や若手OLを対象とした、いわゆる「赤文字系雑誌」のマーケットの中で他誌との部数競争に直面したのです。シビアなビジネスの側面を初めて突き付けられたのですが、私は数値目標があるとモチベーションが高まる性格だと気づき、部数を上げるために仕事にのめり込みました。読者の意見や感想をただ聞くのではなく、その奥に潜む本音の部分を探り出し、それに応える企画を打ち出していく。女性ファッション誌の編集の本質に触れ、仕事が一気に楽しくなりました。

35歳で「Ray」編集長になり、その後カジュアルファッション誌「mina」の創刊編集長に。初めての大きな挫折はこの時です。創刊に際して社内外から集まった編集部員は、価値観も考え方もばらばらで、意志疎通も思うようにいかない状態。チームをまとめることに気を取られて、読者にきちんと目を向けることができず、部数も伸び悩みました。抜け出すきっかけになったのは、上司に言われた「片山のやりたいようにやっていいんだ」という言葉です。そこからはチームワークに頭を悩ますのはいったんやめ、徹底した読者リサーチを重ねながら、すべての編集工程を私の主導で進めていく方法を採りました。創刊から半年後についに完売を達成。結果が出たことで部員が私を信頼してくれるようになり、そこからチームの心が一つになりました。

「どうしても雑誌作りの現場に戻りたい」40代で転職を決意

その後、雑誌編集部を離れて部長職に就いていた42歳の時、退職を決めました。約1年間、部長職を務めていましたが、どうしても雑誌作りの現場に戻りたいという気持ちを抑えられなかったのです。3カ月ほどフリーランスで働いた後、雑誌編集者を募集していた幻冬舎に入社。男性向け雑誌「GOETHE」の編集に携わりながら、いつか自分がターゲットにしてきた読者層に向けた新しい女性誌、なおかつ幻冬舎にしかできない雑誌を作りたいという思いを温めていました。「カッコイイ系の女性に響く内容で、知的な読み物も盛り込んで…」と、妄想しながら勝手にプレスリリースも作っていたくらいです。その企画がのちに「GINGER」となって実現したわけですが、立ち上げまでの道のりは今思い返しても地獄の険しさ。新しい編集部がチームとして同じ方向を向いて走り出すまでにはやはり時間を要し、「これを目指していたんだ」と心から納得できる号を出せたのは、この時も創刊から半年後でした。

今はスマートフォン向けファッション誌やカード会員誌を手掛けています。これまでは雑誌編集としてアイデアを見開き単位で誌面に落とし込んでいたのですが、スマホというツールになったことで、表現の幅や手法が想像以上に大きく広がりました。情報をセレクトし、分かりやすく並べ替え、効果的なビジュアルで見せるという、雑誌編集者として培ってきた力はスマホやウェブでも必ず活きるはず。ここから広がる可能性の大きさにわくわくしています。

スマホ・マガジン「GINGER mirror」最新号では縦スクロール方式を採用。「雑誌は横に読むものという概念だったので、最初は導入に反対だったのですが、試してみたら確かに見やすいし、機能が加わって今までより飛躍的に面白い。人類の進化に例えるなら、直立二足歩行になったような気分です」

~28歳の働く女性へのメッセージ~ 理屈ではなく“野生の勘”で道を選ぶことも大切
「今を大事にしたい」思いに正直に

「GINGER」の読者リサーチで30歳前後の女性にたくさん会ってきましたが、みんなおしゃれでキラキラして、幸せそうに見える一方で、心の奥にそれぞれ悩みや不安を抱えていると感じます。さまざまな決断を迫られて、「今ここで選択を間違ってしまったら自分の人生は悲惨になるんじゃないか」と必要以上に恐怖を募らせている人も多い印象です。でも人生って、「これが正しい」「これは間違っている」という答えはどこにもない。自分が選択した道が一番正しいのだと信じるしかないと思うんです。

理屈で考えるよりも、気持ちの赴くままに、いわば“野生の勘”で道を選んだ方がいいこともあります。女性は特に、その方が幸せな道を選べることが多い気がします。私もそうですが、人ってみんな心の中に、「今を自由に楽しみたい」と思うアルプスの少女ハイジみたいな自分と、「後で痛い目に遭うわよ」と忠告するロッテンマイヤー先生みたいな自分がいて、二人がせめぎ合いをしている感じではないでしょうか。将来への不安から、ハイジの自分を抑えつけてばかりいては、人間が本来持っている感性も鈍ってしまいます。勘を磨くためにも、日ごろから実体験を通していろんな情報や知識をインプットしたり、恋愛をしたり、時には羽目を外したりして、感性のエンジンをあたためておくことが必要。「今を大事にしたい」という思いに正直に、時には自分を甘やかしながら頑張ることが大切なんだと思います。

30代、40代と、28歳を過ぎても人生の分岐点は何度も巡ってくる

このインタビューのタイトル(編注:「Age28~28歳から今の私につながるキャリア~」)にもある28歳前後は、確かに、その後の仕事や働き方について考えるという意味で人生の分岐点になりやすい時期かもしれません。しかし、私の場合は「Ray」に移った30歳、編集長になった35歳、GINGERを立ち上げた45歳など、どれもが大きな転機。言ってみれば、28歳を過ぎても、分岐点は人生で何度も巡ってくるんです。だから、今これを読んでいるみなさんも、必要以上に年齢を気にして「今決断しなければ」「30歳になる前に…」などと焦る必要はないと思います。たとえ今落ち込むことや後悔することがあっても、この先何度でも軌道修正や挽回は利くはず。だから大丈夫、と伝えたいですね。

「経験上、落ち込んだ時に一番効果的なのは人に会うこと。閉じこもりたくなる気持ちを振り切って、無理にでも外に出てみてほしい。ネット上のつながりではなく、実際に人と会って話すことで救われる部分はとても大きいと思います」

今、28歳の自分にアドバイスをするとしたら?

将来のことは何も考えず、とにかく次の号のことしか頭になかったですね。仕事はもちろん遊びにも全力を注ぎ、デートに行きたいから3日間徹夜してでも頑張る、という感じでした。キャリアを積む中で「これでいいのかな」と悩んだり、「なんでこんなことをしてしまったんだろう」と後悔する場面も多くあったけれど、どんな失敗や挫折にもすべて意味があったのだと、今になってみて分かります。そして「分かれ道では必ず良い方を選んでいるから心配しないで」ということは、当時の私にも、今悩んでいる人たちにも伝えたいメッセージです。

編集後記

人生の転機となるタイミングは人それぞれ異なり、それも繰り返し訪れるもの。「28歳は何回も来る。だから大丈夫」という片山さんの言葉が胸にストンと落ちました。「この選択が間違っていたらどうしよう」と不安を抱えがちな女性たちを勇気づける、何より力強いエールだと感じます。

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「自分らしいキャリアを生きる」先輩からのメッセージ

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