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Age28 〜28歳から、今の私につながるキャリア〜

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掲載日:2016年3月21日

真剣に打ち込んだものには、またいつでも戻っていける
だから安心して、その瞬間に一番ワクワクすることに素直に

IT分野のカンファレンスやプライベートショーのプロデュースなどを手がける株式会社ウィズグループの代表取締役社長、奥田浩美さん。これまで3度の起業を経験し、数多くの企業のスタートアップ支援にも携わっています。IT業界に黎明(れいめい)期から身を置く奥田さんですが、実は社会人になるまでITとは無縁。自分の好きなことや得意なことだけに選択肢を絞らず、好奇心のアンテナを高く張りながら切り開いてきた、これまでのキャリアの道のりを語っていただきました。

株式会社ウィズグループ 代表取締役社長奥田 浩美さん

1964年鹿児島生まれ。1989年、インド国立ボンベイ大学(現州立ムンバイ大学)大学院社会福祉課程を修了後、東京で国際会議の企画運営会社に入社。1991年、ITに特化したカンファレンスサポート事業を起業。数多くの大型ITプライベートショーの事務局として運営に携わる。2001年に株式会社ウィズグループを設立、代表取締役に就任。2012年にITを軸に地域活性を促すメディア、「finder」を立ち上げ、並行して、2013年に「株式会社たからのやま」を創業。徳島県と鹿児島県の限界集落に「ITふれあいカフェ」を設置し、高齢者の日常のニーズをIT製品開発につなげる仕組みづくりに取り組んでいる。著書に『人生は見切り発車でうまくいく』(総合法令出版)『会社を辞めないという選択』(日経BP)、『ワクワクすることだけ、やればいい!』(PHP研究所)。家族は夫と高1の長女。

~28歳の時~ アメリカで見た最先端のカンファレンスに衝撃
日本での実現を目指してゼロから試行錯誤

IT業界に携わり26年になりますが、実はもともと、ITの世界に入りたかったわけでも、起業家になりたかったわけでもありません。両親とも教員という家庭に育ち、大学は教育学部で学びました。教員採用試験にも合格していたのですが、卒業後は、反対する両親を説得してインドの大学院に進むことを選択。父がムンバイで日本人学校の校長をしていた縁もありましたが、まったく予想のつかないところに飛び込んだらどうなるだろうという好奇心だけで決断したようなものです。

インドでは社会福祉の修士課程で学びました。その内容は、ソーシャルワーカーとして社会でリーダーシップをとるための力や知識を身につけるもの。ただ、当時の私は英語も現地語も満足に話せず、インドでリーダーシップをとることなど自分にはとうてい不可能に思え、劣等感に打ちのめされてばかりでした。修士を終えて帰国後は国際機関などで働きたいと考えていましたが、戻って来た時期が採用シーズンからは外れていたため、まずは当座の仕事に就こうと決め、国際会議を企画運営する会社に就職しました。そこで新人の私に割り振られたのが、黎明(れいめい)期だったIT分野の国際会議の仕事。これが、その後の道を方向づけることになりました。1989年当時は、日本の生活の場にはインターネットサービスはまだなく、それどころか一人一台のパソコン、携帯電話やモバイルサービスなどは普及していない時代。そんな世の中で、ITに関わる人たちが熱く語る「ITで世の中を幸せにする」という言葉は、社会を変えるリーダーシップ教育をインドで受けてきた私の心に響き、「この道を究めてみよう」と決めたのです。

就職して1年半後の1991年、26歳のときに、トレード会社の新規事業立ち上げに誘われ、ITに特化した国際会議のサポート事業を設立。これから日本に来そうなアメリカの大きなカンファレンスをリストアップし、片っ端から営業をかけるも、最初の3カ月はまったく仕事に結びつかず途方に暮れました。転機になったのは、アメリカで開催されたカンファレンスを自腹で視察に行ったこと。そこで見たものは何から何まで衝撃的でした。インターネットで申し込む仕組みも、入口でバーコードを読み取る入場システムも、今でこそ珍しくありませんが、当時はまだ日本に存在すらしていなかったものばかり。登壇者がピンマイクをつけてしゃべる、映像をプロジェクターで大きく映し出す、プレゼンを行うなど、目の前で繰り広げられるすべての光景が新鮮でした。

それからの日々は、数回見ただけの記憶を頼りに、日本で同じようなカンファレンスの仕組みや演出方法を再現することに打ち込みました。最初は失敗続きで、入場システムがうまく機能せず、駅から会場まで大行列ができてしまったことも。90年代前半は1年ごとに目まぐるしく技術が変わっていた時代で、挑戦の連続でしたが、迷いや不安はなかったですね。今やっていることは、この先絶対に必要になるものだと確信していたからです。ITが生活の仕組みを根本から変え、人々をつなぎ、今までできなかったことができるようになる。その大きな可能性に共鳴していました。

「最も難しいと感じたのは『カンファレンスとは何か』というマインドの部分を日本で理解してもらうこと。コミュニケーションのありかたや、カンファレンスを運営する側の組織のありかたなど、ゼロから一つひとつ枠組みをつくり上げてきました」

~28歳から今~ 子育てと仕事をどちらも大切にしたいと考えて
忙しすぎる状況から「前に逃げる」ことを選択

その後はさまざまな大型カンファレンスの日本上陸をサポートする機会を得て、がむしゃらに働きました。ある年は、数えてみたら1年の3分の1の日数を幕張メッセで過ごしていたほどです。2000年に長女を出産したことが、次の大きな転機になりました。子育てと仕事の両立を図ろうにも、仕事があまりに多忙で、やりきれないことも多くでてくるように。悩んだ末、設立から10年かけて拡大してきた会社を辞め、子育てと両立できる範囲で取り組める小さな会社を立ち上げることにしました。それが株式会社ウィズグループです。

正直に言えば、パンク寸前の状況からに逃げ出したかったというのが当時の本心です。逃げること自体は悪いことではないと私は考えています。その代わり、自分で自分の選択に対して、前向きでカッコいい理由を与えることが大切。それによって「前に逃げる」ことになるからです。そのときも、考えて考えて、こんなプラスの言葉に転換しました。「娘を育てることと会社を育てることを同じ速度で考えていけるような会社にしよう」「ITの技術で、自分の生活を変え、さらに社会を働きやすくしよう」。それが新しい会社のビジョンにつながりました。

40代になって親の介護をきっかけに「高齢者とIT」というテーマに関心を持つようになり、2012年に「finder」というメディアを立ち上げ、さらに、3回目の起業として2013年7月に「株式会社たからのやま」を徳島県美波町に創業しました。地域の人がスマートフォンやタブレットに気軽に触れることができる「ITふれあいカフェ」を作り、そこで得られた知見やアイデアをIT企業や医療業界などにフィードバックする取り組みを進めています。

今後特に力を入れていきたいのが「教育」と「福祉」です。不思議なもので、学生時代に打ち込み、一度は捨てたと思っていたそれらの分野が今、私の武器となっていることを実感します。真剣に全力を注いで取り組んだものならば、たとえ別の道に進んだとしても、経験として自分の中に蓄積され、再び興味を持ち始めたときにはいつでも戻ることができるのだと気づきました。だから、安心して「捨てる」選択をしながら、その瞬間に一番ワクワクすることに素直に向き合っていけば良いのだと思います。

地方には、ビジネスに直結するような社会課題がたくさんあると感じたことが「たからのやま」の社名の由来。「地方に住む人々のアイデアやエネルギーを取り込むことで、シリコンバレーではつくれない製品もできるはずだと考えています」

~28歳の働く女性へのメッセージ~ 新しい挑戦を面白がってくれる友人知人を
身近に数人持っておくことが大切

自分の好きなことや得意なこと、できることだけに絞ってキャリアを描こうとするのは、実は、自分で選択肢を狭めてしまうことだと思います。私も、もし自分のバックグラウンドの延長線上だけで職業を選んでいたら、今の自分はありませんでした。目の前に現れたものや、求められていることを、まずはやってみる姿勢がとても大切だと思います。「意外と自分に合っているな」と気づくかもしれません。工夫しながら目の前のことにしっかりと取り組んでいれば、やがて自然と次のチャンスが現れ、それを積み重ねる中で自分のフィールドは扇状に広がっていくのだと思います。

私にとって、新しいことに挑戦する原動力はいつも「好奇心」です。好奇心というのは、何もないところに突然芽生えるものではなく、土壌が必要になります。それは、いろいろなものに対するアンテナを持っているかどうか。自分の中の土壌を耕すためにも、一つおすすめしたいのは、職場の内外を問わず、自分が気になる人をウオッチし、気になる理由を分析することです。それは必ずしも好きな人とは限らず、もしかすると「何となく嫌な人」かもしれません。「嫌だな」と感じるのは、その人に対してうらやましさや嫉妬を感じ、「自分もそうなれるのに」と思っていることの裏返し。つまり、気になる人の姿を通して、自分が心の底で本当に望んでいるものを知ることができるのです。

キャリアを難しく考えすぎず、好奇心の赴くままに、小さくてワクワクするようなことを選んでいくことも大切だと思います。そして、何か温めているプランに対して、自分がワクワクするだけではなく、周りの人が1人でもワクワクしてくれるなら、それは「迷わず進め」の合図。自分の選択に自信を持ってください。私も、インドに行くという突拍子もない選択に対し、周りが反対する中で伯母だけが「それは楽しそうね」と言ってくれたことに背中を押されました。みなさんも20代の今こそ、自分の挑戦を面白がってくれそうな友人知人を身近に見つけてほしいと思います。その存在は、この先自分で決めた道を前に進んでいく大きな力になるはずです。

「好奇心を持ち続けるために、『違和感がある場所』に月1回は身を置くようにしています。例えば、太刀打ちできないような優秀な人が集まる場などもそう。いつもの居心地のいい場所からちょっと抜け出してみることが刺激になります」

今、28歳の自分にアドバイスをするとしたら?

もし28歳の自分が目の前にいたら、今の私は負けてしまうかもしれないなと思います。それくらい、当時の私は好奇心の塊であり、エネルギーの塊でした。確かに今の方が、スキルや経験を重ねて、できることは圧倒的に多くなっています。でもあのころ、たくさんの可能性と、どこに進むか分からない楽しさに満ちあふれていたことは、何よりのパワーだったと思います。「先が見えない道をそのまま進んで!」と声をかけたいですね。これまでも、今も、好奇心こそが私の一番の才能だと思っています。

編集後記

カンファレンスのプロデュース、スタートアップ支援、執筆活動、子育て、介護など、現在携わっている仕事や役割の数は30にも上るそうです。好奇心の翼を大きく広げ、そのとき目の前に現れたものを楽しむ奥田さん。「生きるって一つの職業には収まらない、もっと広いこと」というメッセージが温かく心に響きました。

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「自分らしいキャリアを生きる」先輩からのメッセージ

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