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Age28 〜28歳から、今の私につながるキャリア〜

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掲載日:2016年9月19日

20代も今も、変わらず悩み続けている
違うのは、壁を越えた先に成長があると今は思えること

2015年6月に創刊された女性向けビジネス誌『PRESIDENT WOMAN』。今井道子さんは初代編集長として、働く女性の悩みや不安に寄り添った誌面づくりに力を入れています。大学を卒業し社会人になって以来、編集ひと筋に歩んできた今井さんですが、28歳のころは、仕事を辞めてほとんど誰にも会わず、ひたすら自分に向き合う長い充電期間を送っていたといいます。約1年のブランクを経て見えてきた、自身にとっての働くことの意味、そして喜びとは。

「PRESIDENT WOMAN」編集長今井 道子さん

神奈川県生まれ。1983年に一橋大学社会学部を卒業後、株式会社サイマル出版会に入社し、書籍の制作を担当。88年に株式会社西武タイム(現・株式会社角川・エス・エス・コミュニケーションズ)に転職し、雑誌『レタスクラブ』『マネージャパン』の編集に携わる。90年に株式会社プレジデント社に移り、ビジネス総合誌『PRESIDENT』編集部に所属。同誌副編集長、編集次長を経て、2014年10月より『PRESIDENT WOMAN』創刊編集長を務める。

~28歳の時~ 仕事があることがどれほど幸せか
身にしみて痛感した失業中の1年間

30年以上ずっと出版業界に身を置いていますが、途中で2度転職しています。新卒で入社した1社目は、現在はもうない出版社で、そこでは制作部に所属し、レイアウトや装丁、資材調達、原価管理、進行管理などを担当しました。つまり本の中身ではなく、本の外側の部分をつくる仕事です。新人の私は毎日のように上司に怒られ、夜中までの残業も日常。なんとか頑張って5年ほど働き続けましたが、あまりにハードな環境に音を上げ、退職することを決めました。ちょうど28歳になったころです。

打ち明けると、その後の1年間は、無職の状態で過ごしました。空き家になっていた両親の田舎の家に1人で住み、外に出るのは食品の買い出しか、自動車教習所に行くくらい。先のことなど何も考えられないような状態でした。引きこもりに近い生活を続けるうちに、だんだんとお金の蓄えもなくなり、安い鶏肉の皮と卵で親子丼を作ったり、パンの耳で空腹を満たしたりしていました。その時にひしひしと感じたのは、どれほどつらくて大変な仕事であっても、働けるということはすごく恵まれているのだ、ということ。仕事とは、生きていく上でなくてはならないものだと痛感しました。「今度仕事に就いたら、二度と辞めない」と心に誓いました。

再び出版の世界に戻りたいと仕事を探し、ちょうど創刊直後で人手を求めていた『レタスクラブ』の編集部で働くことに。創刊してしばらくは編集部も混乱続きで、ここでも連日のように怒られ、深夜まで働きましたが、つらいとは思わなかったですね。仕事がない苦しさが身にしみていたので、自分のやるべきことがある毎日に、幸せを感じました。一つひとつの仕事の意味を考え、どのような仕上がりが望まれているのか、そのために何をしなくてはいけないのか、自分の頭で考えながら取り組むようになったのも、1社目にいた時との大きな変化です。もし1年間のブランクを経ずに2社目に入っていたなら、仕事のつらさにまた嫌気がさして、早々に辞めていたかもしれません。

1社目では本の外側の部分をつくる仕事に従事。「1冊の本を世に送り出すのにいくらお金がかかるのかを最初に学べ、造本やレイアウトなどの技術面も身につけることができたのは、今思えばとても貴重な経験でした」

~28歳から今~ 胸を張って人に言える仕事がない
その悔しさが、新雑誌創刊への原動力に

『レタスクラブ』の後に、『マネージャパン』という金融情報誌の編集部に移りました。そして、31歳の時にプレジデント社に転職しました。何か新しいことを経験できるかもしれない、と期待を胸に転職したわけですが、『PRESIDENT』編集部で私を待っていたのは、予想をはるかに超える難しい仕事でした。求められる仕事の質がそれまでより格段に高くなり、無我夢中で取材をして原稿を書いても、「これでは載せられない」とばっさり。当時、編集部にいた先輩たちが、よく明け方まで私に付き合って原稿の書き方をアドバイスしてくれました。「今はつらいかもしれないけれど、一度覚えてしまえば大丈夫だから」と励まされて…。今でも思い出すと涙が出てきます。あの時に教えてもらったことや、必死にもがいた経験はすべて、今の私の根っことなり、幹となっていると感じます。

44歳の時に『PRESIDENT』編集部の編集委員になり、人生で初めて管理職の立場に。その後、46歳で副編集長、48歳で編集次長に就きました。転機は、50代に入ってすぐのころです。母校でキャリアをテーマに講演をすることになり、今まで自分がやってきた仕事を改めて振り返ってみました。そこではたと気づいたのです。これまで目の前の仕事を一生懸命にやってきたけれど、実際には、上司からの指示に従い、すでに確立されている手順にのっとって、仕事をしてきたに過ぎないと。後輩の学生たちに向かって「私はこれをやりました」と胸を張って言えるものがない、と愕然としました。

それと同じころ、取材に訪れた先々で「『PRESIDENT』の女性版があったら読みたい」という声をいただく機会が増えていました。「働く女性のための雑誌」というマーケットがあるのかもしれないと感じ、女性部員と企画書を作ってみることに。以前の私なら「ほかの誰かがやるだろう」と考えたかもしれません。でも、講演での苦い経験があったからこそ、「自分がやりたい」と強く思ったのです。編集部員だけでなく、書店営業やマーケティング、広告など、社内のさまざまな部署の女性社員にも協力を呼びかけ、昼休みや土日に集まって少しずつ企画書を整えていきました。社内には「リスクが大きい」と創刊に反対する声も多くありましたが、社長に励まされて、仲間たちと一緒に2014年秋に『PRESIDENT WOMAN』を発刊。15年6月から月刊化しました。

創刊に向けた準備期間中、想定読者層である30代の女性に多く会い、悩みをヒアリングしました。仕事とプライベートを両立する難しさ、先のキャリアが見えない不安、上司とうまくコミュニケーションがとれないもどかしさなど、働く女性の悩みは数え切れません。そんなさまざまな悩みや迷いを抱える女性たちに寄り添い、少しでも解決につながるようなヒントを提供できる雑誌でありたい、というコンセプトが固まっていきました。それは今もまったく変わりません。

女性編集部員が中心となり制作される『PRESIDENT WOMAN』。「編集の仕事は女性に向いていると思います。地道に人に会い、話を聞き、それを記事に仕上げていく。チームワークや粘り強さ、相手への共感能力など、女性の持ち味を活かせる仕事だと実感しています」

~28歳の働く女性へのメッセージ~ 皆さんは働く女性の可能性をひらくパイオニア
長く仕事を続けることをあきらめないで

20代、30代と怒られてばかりで、仕事は収入を得るための手段と割り切って考えていた時期もありましたが、40代は経験を積みたい、成長したいという気持ちが強かったですね。そして50代の今、編集長という立場になって思うのは、仕事とは自分のためにするものではないということ。若い編集部員が働きがいを感じながら仕事に打ち込める環境を整えるために、そして、読者や社会の役に立てる雑誌をつくるために、私はいるのだと考えています。

振り返れば、私が社会に出た1983年は、男女雇用機会均等法が施行される3年前。大卒女性の働き口はごくごく限られ、女性のキャリアビジョンなどない時代でした。あれから30年がたった今、働く女性が置かれている環境は、歴史上最も恵まれていると言えるのではないでしょうか。この時代に28歳であるということは、これから何だってできるということ。28歳の皆さんは言わば、働く女性の新たな可能性をどんどん切り開いていくパイオニアなのだと思います。現代の女性はほぼ2人に1人が90歳以上まで生きるといわれ、28歳は、長い人生の3分の1にも満たない地点。まだ若い芽が出たばかりの時期です。どんな経験や失敗も自分の糧となり、次のチャンスへつながっていくと信じて、どんどんチャレンジしてほしいと思います。

そしてこの先、出産や育児、あるいは介護などでキャリアのペースを落とさざるを得ない時期が来たとしても、とにかく仕事は辞めないでほしいと願っています。経験を積んだ優秀な女性が辞めてしまうことは社会にとって大きな損失です。それに、母親が仕事を通して社会とかかわりを持つ姿から、子どもはきっとさまざまなことを感じとりますし、将来にプラスの影響も与えられるはずです。「働き続けることを、どうかあきらめないで」。それは『PRESIDENT WOMAN』の根底にある思いでもあり、そのための力添えができる雑誌でありたいと考えています。

仕事をする上で一番大事にしているのは、読者の存在。「読者の悩みや不安にきちんと応えられているか、読者の心に届く記事をつくれているか、常に自問しています。読者のアンケートで『元気が出た』『役に立った』という感想を見ると本当にうれしいですね」

今、28歳の自分にアドバイスをするとしたら?

20代、30代の女性に取材をすると、「社会に貢献したい」「会社のために役に立ちたい」という意識を持って仕事をしている人が多い印象を受けます。自分のことしか考えられなかった30歳ごろの私とは対照的で、素直にすばらしいなと感心します。力をつけようとがむしゃらに頑張っていた当時の私の働き方は、それはそれで意味はあったと思います。ただその先に、「社会に対して何かの形で役に立てる自分になる」という目標を見いだせていたなら、もっと広い視野を持って、仕事からより多くのものを学べていたかもしれません。

編集後記

長い“修業期間”を経て管理職となり、そして編集長として指揮をとる今もなお、悩みながら仕事をしているという今井さん。読者からの反響に感極まり、トイレで涙ぐむこともあるのだとか。そんな情に厚い今井さんの人柄に触れてからは、雑誌をめくるたび、その奥に作り手の熱い思いや願いが透けて見えるように感じています。

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「自分らしいキャリアを生きる」先輩からのメッセージ

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